2年後ーー
重い足を無理矢理動かして、前へ進む。止まろうとしても、背後から迫る圧のせいで無意識に足が動いてしまう。そんな私は、見た目こそなんとか普通に戻ったけど、心の中はズタズタにされていた。
いじめは加害者に問題がある、と一般的には考えられている。だが、被害者にこそ問題がある、と私は思う。
その例が私だ。原因は一つ。私という人間が邪魔で迷惑な存在だから、彼らは私をいじめるのだ。つまり、私という人間さえ消えて仕舞えば全ては丸く収まる。そんな悲しい結論に、とうとう辿り着いてしまっていた。
「じゃあなー」
ひぐらしの鳴く茜色の時間、嗤いを堪えた様子で教室を去っていく彼らに、にっこりと微笑みかけた。
「じゃあね」
私がそう言うと、彼らは滑稽なものを目にしたようにケタケタと笑い声を一層高め、廊下に響かせた。
「ふーっ」
息を吐くと、抑えていた涙がこぼれそうになって慌てて目頭に力を込める。折角洗ってきた顔がまた汚れる。それに、泣いたら負けだ。あいつらがいつ見ているかわからない。
自分の心に従って泣くこともできない私は、ポケットからシャーペンを取り出して芯を机に当てる。
そして殴り書いた。
『世界が息苦しい』
なんの形容もない。その文字どおり。ひたすらに笑って、泣くことを許されないこの世界は呼吸するのにも一苦労する。
「……っ、はぁーぁ」
机に突っ伏して、悪い空気を吐き出すように声を発する。私が何をしたのだろう。身に覚えのない悪意から、誰かに見られないようにしないと感情を吐けないなんて。
一体私は、いつまでこんなことをすれば良いのだろう。
それは永久の地獄だった。あるいは、出口の見えない暗闇のトンネル。彷徨っては見つけるのは絶望なのが世界のように、いつしか感じていた。
唯一の光といえば、一つ。毎日机の落書きが消えていること。それは線香花火にも六等星にも満たないが、私には確実な光だった。
誰がやっているのか、何故こんなことをするのかは分からない。けれど、不思議とそれは私のためだと思えた。
落書きしては消えていることが続くある日、私はとある文字を目にした。いつもは消えている落書きの隣に、丸い文字で小さくあった。
『あなたが知らない世界はあまりにも広いです。諦めるのはまだ早い。お願い、自分を認めて』
私が本気で苦しんでいるのを見越してだろうか。そんな、死を免ぐことを求めるかのような文章に、手に持っていたロープを落とす。
「ああ……そっか、そうだったんだ……」
ボロボロと涙が溢れた。これは辛さの涙ではない。喜びと感動の涙だ。大きな雫は、机の上に落ちて文字に染み込む。
「あなたは……私だったのか」
そして、私はあなた。簡単なことだった。
「……ありがとう……あの日の私」
私はシャーペンをしまって立ち上がる。
その日から、過去の自分に綴られた文章と共にいじめはなくなった。