「川村さん、聞いたわよ。初めてとは思えないほどの見事なプレゼンテーションだったらしいわね。きっと私がお願いした指導者が良かったのよね~」

プレゼンテーションを終えた翌日、仁科部長はわたしの努力を絶賛してくれました。
けれどもわたしは嬉しくもなんともありませんでした。ただ、にきび様に恩を返すことができたという安堵があっただけです。

静寂が支配する会議室でぽつんとひとり、自分のスライドが映しだされたスクリーンを見上げます。これはわたしとにきび様の努力の結晶なのです。その努力が実り、プレゼンを行った病院の先生のひとりが、『モーデルBV』の採用を約束してくださいました。
これで高坂先輩もわたしの指導をする必要はなくなりました。きっと重苦しい肩の荷が降りたことでしょう。

前髪をつまんで弄んでみます。おでこに手をあてがいましたが、なんのでこぼこもありません。
もう、わたしはひとりになってしまったのです。

背後から声をかけられ振り向くと、高坂先輩が微笑んでいました。はじめて見るやわらかい表情です。

「よく頑張った。昨日は予想以上の出来で正直驚いたよ」
「高坂先輩にそう言われるなんて恐縮です」
「それからプレゼンの時の前髪をアップした髪型、すっきりとして賢そうに見えたな」
「……先輩もお世辞をおっしゃるんですね。でも、高坂先輩に言われたからプレゼンの時限定ですよ」
「綺麗なおでこを隠すなんてもったいない。視界が明るくなる髪型は、君によく似合うと俺は思う」

そのひとことに胸がどきんと脈打ちました。先輩がそう言えばたいていの女性は喜びますよね。確かにわたしなりに努力はしたのです。褒められて嬉しくないはずがありません。

でも。
でも……。

ひとりきりになった寂しさが胸の中にどんどん溢れてきます。もう、自分を繋ぎ止めることなんてできなくなりました。

「……ひーん」

うつむいたとたん、涙がぼろぼろとこぼれてきます。
別れの悲しさを知ることも、にきび様が教えてくれた、社会人としての成長なのでしょうか。

「もっと一緒にいたかったんです……まだまだいろんなことを教えてもらいたかったんです……」

わたしはにきび様のことを思い出し、つい、そうもらしてしまいました。
でも、世の中には勘違いってあるんですね。たとえそれが高坂先輩のような有能な方であっても。