わたしは黙ってうなずきました。スライドの質を改善するのも、自分自身を磨くことも、どちらも全力を尽くしました。

今までいろんなことを中途半端にしていた自分を反省し、努力と向き合うようにしたのです。
けれども褒め言葉はそこまででした。高坂先輩は最後にこう付け加えます。

「ただ、あとひとつ。表情が暗いのが気になる。特にこのまつ毛にかかるような前髪が印象を悪くしているな」

そう言ってわたしの前髪を指差しました。確かに垂れ下がった前髪は、ほの暗い雰囲気を醸し出します。
けれども、この前髪を上げるつもりは毛頭ありません。なぜならこの髪の下には、でっかいにきびがおでこを陣取っているからです。

いくら神様とはいえ、人様に見せられるような代物ではないのですから。



「では、いよいよ明日が本番じゃな」
「……はい」
「む? なんだか浮かない顔じゃのう。近頃の川村殿にしては珍しい」
「……分かってますよね、にきび様」

わたしが尋ねても、おでこのにきび様は何も答えませんでした。
それもそのはずです。高坂先輩に最後に指摘されたのが、こともあろうに「おでこのにきび様」の存在だったのですから。

けれどもにきび様はこうなる運命を悟っていたのかもしれません。まるでおとぎ話のように、やわらかな笑顔で言うのです。

「もしも川村殿がワシに頼らず独り立ちすることができたのなら、社会人として一人前になったと認めてしんぜよう」
「にきび様……」

わたしが前向きになること。社会人として、女性として成長すること。
にきび様は、そのためにわたしのおでこに現れてくれたのかもしれません。
にきび様の言葉の意味を悟り、胸の奥がじんと熱くなります。

「にきび様……最後の特訓になるんですね」
「ふふ、それはおぬし次第じゃろうな。だが、ワシはすべてのにきびを従える神じゃ。そうやすやすとは折れぬぞ?」

わたしはバスルームの鏡と向かい合いました。おでこには、今までわたしを支えてくれたにきび様が隆々と立ちはだかっています。

「理想の自分になりたいという想いを込めて、ワシにかかってこい!」

にきび様を乗り越えること。それこそがにきび様の恩義に報いる、たったひとつの方法なのです。
わたしは鏡を睨みつけ、クレンジングリキッドを手に取りました。小さく息を吸い、そしてつぶやきます。

「それでは参ります、にきび様――」