大仕事を当てられた時、「わたし、絶対にプレゼンしませんから!」と悪あがきをしました。けれど仁科部長はその返事を想定していたようで対策を講じていました。

「大丈夫、プレゼンテーションを指導してくれる人がいるから」

そう言って部長はとある社員を指差しました。その人の姿を確かめた瞬間、わたしの背中はぞっと冷たくなりました。

部長が指導を頼んだのは、高坂仁(たかさかひとし)先輩という、イケメンの上司です。
高坂先輩は若手ナンバーワンの実力者で、すでに海外のグローバル部門で活躍しており、プレゼンテーション能力の高さには定評があるらしいのです。

一方で指導者としては悪魔的に厳しく、指導された後輩の流す涙は床を剥ぎ落とすほどだと、まことしやかに噂されています。だから「氷の悪魔」の二つ名で知られています。
自分に厳しく、他人にも厳しい。ああ、あなたと違ってこちらのメンタルは豆腐なのですけれども。

断るという選択肢はありえないので、まずは平身低頭で挨拶をします。

「高坂先輩、ご指導よろしくお願いします」
「ああ? 指導してほしいならまず、自分なりに仕上げてきてからにしろ。最初から手を引いてもらえるなんて思うなよ」

高坂先輩の強烈なカウンターに動悸と目眩を感じました。

「ちなみに俺がお前の指導者に任命された以上、些細なミスも許さないからな」

わたしのハートはプレゼン前から砕け散りそうです。もう、そこに平穏な日常は存在しませんでした。



「に、に、にきびが喋ったぁ~!」
「ワシはおぬしを助けるために……むぐっ!」

喋り出したにきびをすかさず両手で押さえ込み思考を巡らせます。

――夢だ、これは夢だ、にきびが喋るわけがない。

なかったことにしたつもりでしたが、手のひらの下で何かがもごもごと動いています。
突然、手のひらに鋭い痛みが走りました。

「いたっ!」

にきびの仕業です! こともあろうに、にきびがわたしの手を噛んだのです!
手を離すとにきびは怒った顔をして、うろたえるわたしに向かってまくし立てます。

「逃げたってなんにも始まらないんじゃ! ワシに従い覚悟を決めて戦いに挑むが良い!」
「無理です! だって担当している病院のお医者様、毒々しいドクターばかりなんですもの!」