ああ、まさか入社一年目にしてこんな仕打ちを受けるとは。
バスルームで熱いお湯を被りながら、わたし、川村由紀(かわむらゆき)は悪夢の日々を思い出しています。

わたしが入社した製薬企業「明星製薬」では、新しいメカニズムで効くお腹に優しい便秘薬、『モーデルBV』を絶賛売り出し中でございます。
けれど新薬を病院で採用してもらうには、お医者様に需要があると認めていただかなくてはなりません。

でもまさか新人であるわたしが、お医者様たちの前で新薬のプレゼンテーションをさせられるなんて。仁科部長から突き付けられた、まさに身も凍る命がけの使命です。

シャワーを鏡にひとかけすると、見るに堪えない顔がそこに映りました。
要領の悪いわたしは残業続きで睡眠不足。口にするのはチンでできるレトルト食品。そして大仕事に襲われた底知れないストレス。

それらの三重苦の結果として、わたしの顔には隆々とそびえるにきび連邦が出現いたしました。先っちょは赤々としていて今にも噴火してしまいそうです。

バスルームで絶望に瀕していると、どこからか渋みのある声が聞こえてきました。

「おぬし、さては自身の無能さに悩んでおるな」
「だっ、誰!?」

驚き辺りを見回しますが人の気配はありません。幻聴だったのでしょうか、いや違います。

「ここじゃよ、ここ」
「ひえっ!?」

二度目の声を聞くと、どうやら声は至近距離から発せられているようでした。骨伝導に近い感覚です。

「川村殿よ、おぬしのおでこを見るがよい」

声の主はそういうので、わたしは慌てて自分の前髪をかき上げます。普段は前髪を下げておりますので、おでことは久しぶりのご対面です。

よく見てみますと、おおきいにきびがみっつ、ありました。

前髪の生え際のすぐ下にふたつ、眉間のすぐ上にひとつあるにきびは、ひとの顔のように見えてしまいます。人間は点がみっつあると顔として認識するらしいのです。

そのとき、高い位置にあるふたつのにきびがふにゃりと細長くなり、低い位置にあるにきびがぱっくりと口を開きました。

「ほっほ、ワシはにきびの神じゃ」

その声は確かに、ひたいのにきびから発せられていました。

「に、に、にきびが喋ったぁ~!」