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願いをつないで、あの日の僕らに会いに行く。
――初恋の人が死んだ。
その訃報は、瞬く間に拡散された。
私は今日、彼の通夜に参列するため、約一年半ぶりに帰省する。
でも、いまだに現実を受け止められない。
だって信じられない、信じたくない。
憧れの的だった彼が〝自殺〟したなんて……。
信じられるはずがないんだ。
『もしも……ひとつだけ願いを叶えられるとしたら、どうする?』
世界が混乱していたあの日、きみに問われた言葉を思い出す。
あの日の私は弱虫な臆病者で、答えることができなかったけれど。
今なら、間違いなくこう言うよ。
「もう一度、きみに会いたい」
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【第0章】二〇二三年八月
【今年は各地で花火大会が開催される予定で、会場も多くの人で賑わうことが予想されます】
二〇二三年、八月九日水曜日。
私、滝瀬 六花は電車に揺られながら、スマホでニュースを読んでいた。
耳に押し込んだイヤホンからは、夏らしいアップテンポな曲が流れ始める。
とてもじゃないけど今の気分には合わない曲だ。
イヤホンを外した私はスマホも一緒に閉じてカバンにしまうと、懐かしい景色が流れる窓の外を眺めた。
真っすぐな水平線と、水面に反射する陽の光がとてもきれい。
地元に帰ってくるのは大学入学を機に都内でひとり暮らしをするようになってから初めてなので、約一年半ぶりだった。
通っている都内の大学から実家までは二時間かからないくらいの距離だけど、実家には九十歳になる祖母がいるから帰りづらかった。
《次は海凪高校前駅、次は海凪高校前駅。降り口は左側です》
聞き慣れた駅名のアナウンスが流れた。
席を立った私は電車を降りると、海凪高校前駅の改札を出た。
そして、家を出てからここまでずっとつけっぱなしだったマスクを外した。
「はぁ……息苦しかった」
深呼吸をすると潮の香りが身体に染みて、心が解放感で満たされる。
今年の五月にコロナが五類になって以降、マスクをしない人はずいぶん増えた。
だけど私は電車内やお店の中、人の多い場所ではいまだにマスクをしないと落ち着かなかった。
いったい、いつになったらマスクを完全に手放せる日がくるのだろう。
なんて、つい後ろ向きに考えてしまうけれど。
目の前に広がる海で海水浴を楽しむ人たちを見たら、世界が〝コロナ前の生活〟を取り戻すために前進していることを実感した。
「あ……」
そのとき、肩にかけたカバンの中でスマホが震えた。
慌てて取り出して画面を見ると、【河野 智恵理】という親友の名前が表示されていた。
「はい、もしもし」
《六花~。今、どのあたり?》
電話に出ると、鈴を転がすような声が聞こえた。
だけどその声は、普段と比べると元気がない。
「予定よりも一時間早い電車に乗ったから、もう海凪高校前駅についたよ」
《マジ? 私は、もう少ししたら家を出る予定だったんだけど……。六花が早くつきそうなら、私も早めに会場に向かおうか?》
「あー、いいよいいよ。私もこっちに帰ってくるの久しぶりだし、ちょっと寄り道していこうかなって思ってるから」
曖昧に笑うと、智恵理は少しだけ沈黙してから《わかった》と、やっぱり元気のない声で答えた。
「会場の場所は、昨日の夜にグループメッセージで送られてきたところであってるよね?」
《うん。念のため、連絡くれた大夢にも個人的にメッセして確認したけど、場所も時間も昨日の夜に送った内容で間違いないって》
――間違いない。
それは、これから私たちが参列予定の、〝彼の通夜〟の詳細についてだということは、わかっている。
だけど私は、彼は〝間違いなく〟もうこの世にはいないのだと告げられたように感じて、胸が苦しくなった。
《……六花、大丈夫?》
私が黙り込んだせいで、智恵理の声のトーンがさらに落ちた。
「ごめん、大丈夫。でも、やっぱり……なんていうか、まだちょっと信じられなくて」
彼と出会い、同じ時間を共有した海凪高校――母校の近くにいるからだろうか。
悲しみを誤魔化しきれなくて、声が震えてしまった。
すると、智恵理も小さく鼻をすすったのが、受話器越しに聞こえた。
《ほんと……信じられないよね。まさか、あの優吾くんが、自殺するなんてさ》
優吾――。〝彼〟の本名は、高槻 優吾という。
私と智恵理の同級生で、生きていれば大学二年生。今年、二十歳を迎える年だった。
《優吾くんは、どちらかというと自殺しそうな人を止めるタイプっていうか。絶対にやめろとか言いそうな感じだったのに》
私と智恵理は高校時代、高槻くんが所属していた海凪高校男子バスケットボール部のマネージャーをしていた。
当時の高槻くんは智恵理が今言ったとおりリーダーシップがあって、悩んでいるチームメイトがいたらさり気なく声をかける人格者で、常にチームの中心にいる人だった。
ちなみに、当時のまま残されていた男バスのグループメッセージに高槻くんの訃報を知らせてくれたのは、高槻くんの親友でチームメイトだった深田 大夢くんだ。
《昨日、大夢からちょっと話を聞いたんだけどさ……。優吾くんの遺体は、海で見つかったんだって。目立った外傷がない上に、ちゃんと服を着ていたってことで、警察には事件性はないって判断されたみたい》
遺体が見つかった場所の近くの浜辺に、高槻くんの靴が揃えて置いてあったのも発見されたらしい。
諸々の状況を鑑みた結果、自殺と断定されたということだった。
《……やっぱりさ、優吾くんが自殺したのって、〝あの事件〟が原因なのかな》
智恵理が、ほんの少し言いづらそうにつぶやいた。
「それ……大夢くんが、電話でそう言ってたの?」
間髪を容れずに尋ねると、智恵理は《ううん、言ってないけど》と、ひと呼吸置いてから答えた。
智恵理が言う〝あの事件〟とは、私たちが高校三年生のときに起きた〝ある出来事〟のことだ。
高校三年生になった高槻くんは、部活動の集大成ともいえる大会――いわゆるインターハイの予選が始まる直前にコロナに感染してしまった。
結果として海凪高校男子バスケットボール部は、その年のインターハイの出場辞退を余儀なくされた。
責任を感じた高槻くんは男バスのみんなと距離を取るようになり、数年経っても傷が癒えることはなく、ついには自死を選択するまで追い込まれてしまった――。