「八神くん……っ」
手紙を読み終えた私の目からは、涙が溢れる。
彼は一体今までどんな気持ちで、私に嘘をついていたのだろう。考えただけで胸が張り裂けそうになる。
「八神くんに会いたい。会って、あのときはごめんって謝りたい」
でも、それは叶わないことなんだ。だって八神くんは、もうこの世にいないのだから。
「泣かないで、朝井さん」
汐野くんが私にハンカチを渡してくれる。
「……会えるよ」
「え?」
「今ならまだ、朔夜に会える」
「でも汐野くん、八神くんは亡くなったんじゃ?」
「俺が先に手紙を渡したせいで、勘違いさせてごめん。あいつは今もまだ懸命に闘ってるよ。だから今すぐ行こう、病院へ」
汐野くんと私は、公園からバス停へと急いで向かう。
病院へと向かうバスの中で、汐野くんは私に話してくれた。
一昨日汐野くんが病院へお見舞いに行ったとき『俺が死んだあと、これを朝井さんに渡してくれ』と、八神くんから手紙を受け取ったらしいが、それではダメだと思った汐野くんは今日私にそれを渡してくれたらしい。
「朔夜、一昨日まではまだ会話もできていたんだけど。昨日容態が急変して。それからずっと意識がないんだ。朔夜の親も、医師から覚悟するようにと言われたみたいで」
「そんな……」
隣町の総合病院に到着し、受付でもらった面会証を首にぶら下げると、私は汐野くんについていく。
「朔夜の病室はここだよ」
エレベーターに乗り、汐野くんに連れられやってきたのは、五階の一番奥の個室だった。
『五一二号室』
この扉の向こうに八神くんが……。そう思うと途端に緊張して、口から心臓が飛び出そうになる。
コンコン。
「はーい」
汐野くんが病室の扉をノックすると、中からは女性の声が。
「失礼します」
「あら汐野くん。来てくれてありがとう」
出迎えてくれたのは、茶髪のショートヘアの女性。
「えっと、そちらの方は?」
「初めまして。八神くんのクラスメイトの朝井梨央です」
「そう、あなたが朝井さん……。朔夜の母です。今日は来てくれてありがとう」
笑った目元が、八神くんによく似ている。
「どうぞ、中に入って。朔夜、お友達が来てくれたわよ」
病室に入りベッドのそばに立った瞬間、私は固まってしまう。
ベッドに仰向けで眠る八神くんは、酸素マスクをつけていて。頬は痩せこけ、点滴の管が通された腕はとても細い。そして彼のトレードマークであった金髪は、抗がん剤のせいだろうか。全て抜けてなくなってしまっていた。
「八神く……」
目の前の八神くんは学校で見ていた彼とはあまりにも違い、まるで別人のようだった。私はショックでその場に崩れ落ちてしまう。
「八神くんごめん、ごめ……っう」
頬には涙が伝い、私は嗚咽で上手く喋れなくなる。
「辛かったよね。私全然気づかなくて。ひどいことを言ってしまって本当にごめ……っ」
私が泣きながら話していると、頭を誰かにそっと撫でられる感触がした。ハッとして私が俯いていた顔を上げると、眠っていたはずの八神くんが薄らと目を開けこちらを見ていた。
「朝井さ……泣かない、で」
私を見て、ニコッと弱々しく笑う八神くん。
「君は、笑顔が一番似合う……から」
「八神くん……! 良かった、気がついて」
ホッとしたら、また涙が溢れそうになる。
「あのときは、最低とか言っちゃってごめんね」
「ううん。俺のほうこそごめ……っ」
八神くんが話す度に、半透明の酸素マスクが白く曇る。
「でも、なんで朝井さんがここに……もしかしてこれは……夢?」
私は首を横に振る。
「そっか。夢なら言っても良いかな。俺は朝井さんのことが……好きだ」
「八神くんにそう言ってもらえて嬉しい」
「本当?」
「うん、うんっ」
「ね、俺のこと……嫌いじゃない?」
私は、彼の手をそっと握りしめる。
「嫌いなわけないよ。だって八神くんは私の……大切な友達なんだから」
「そっか。良かっ、たぁ」
八神くんが私に儚げに微笑む。
「ねぇ、朝井さ……泣かないで、笑って?」
「うん……っ」
私は口角を上げ、八神くんに心からの笑顔を向ける。
「あぁ、朝井さん……やっと、笑ってくれた。良かっ……た」
八神くんはとても安心したような顔になる。
「梨央ちゃんには……これからもずっと、笑ってて欲しい」
「分かった。約束する」
「ああ。約束……」
そう言うと、八神くんはまた目を閉じてしまう。
「八神くん!? 八神くんっ!」
それから私が何度名前を呼んでも、八神くんが目を開けてくれることはなかった。
そして翌日の朝早くに、彼は息を引き取ったという。