それ以来私は、八神くんと一切話すことはなくなった。八神くんはあれから学校を休むことが増えたけれど、以前のように彼が私にノートを見せてと言ってくることもなくなった。

そうして私が八神くんと話さなくなって、二週間が過ぎた頃。

「えーっ、急なんだが……八神が昨日で高校を退学した」

朝のSHRで、担任の先生が突然そのようなことを口にした。

八神くんが退学って。えっ、なんで!?
私が隣の席に目をやると、もちろんそこには誰も座ってなどいない。

退学だなんて、いくらなんでも急すぎるよ。


「ねぇ汐野くん。八神くん、なんで学校辞めちゃったの?」

SHR後、私は汐野くんに尋ねる。

「八神くんから何か聞いてない?」
「俺も詳しくは……。あいつ学校はあまり好きじゃなかったみたいだしな」

そういや、そんなこと言ってたな。

「まぁ、朔夜にも色々あるんだよ」
「色々って?」
「何? 朔夜の退学の話を聞いて、真っ先に俺のところに来るなんて。やっぱり朝井さん、朔夜のこと気になる?」

汐野くんに聞かれて、私は八神くんとのこの間の一件が頭を過ぎる。

「きっ、気になんてならないから。あんな嘘つきで最低な人のことなんか、大嫌い」
「大嫌い、か。朔夜は、朝井さんを傷つけて本当にダメな奴だけど……」

汐野くんが八神くんの席のほうを見つめる。

「あいつの友人として、朝井さんには朔夜のことあまり嫌わないでやって欲しいって思うよ」

八神くんなんて、どうでも良いって思うのに。

「こんなこと言ってごめんね、朝井さん」

このときの汐野くんの少し悲しげな笑顔が、私の頭にこびりついて離れなかった。



それから四ヶ月が過ぎ、季節は夏から秋へと移り変わった。

八神くんとはあのまま喧嘩別れしたみたいになってしまい、しばらくは何となくモヤモヤしていた私だったが。
慣れとは怖いもので、八神くんが退学して四ヶ月が経つ今、私の中で徐々に彼は過去の人になりつつある。

「んー、いい香り」

家の近所を歩いていると、金木犀の甘い香りが漂うようになったある日の昼。私のスマホに着信があった。

「もしもし?」
『もしもし、朝井さん!?』

着信は、クラスメイトの汐野くんからだった。

『ごめんね、今日は日曜日なのにいきなり電話して。今から会えないかな?』

心なしか、汐野くんの声がいつもより早口に聞こえる。

『朝井さんに大事な話があるんだけど』
「大事な話?」
『うん。急で悪いけど、もし来られそうなら学校近くの公園まで来てくれる?』
「分かった」

いつもと少し違う汐野くんの焦った様子に、すぐさま公園に行かなくてはという思いに駆られた私は、その足で約束の場所へと向かった。


私が公園に行くと、すでに汐野くんは来ていた。

「ごめん、待った?」
「いや、俺も今来たところ。急に呼び出してごめんね。あそこ座ろうか」

汐野くんが指さした公園のベンチに、私は彼と少し距離を空けて座る。

「それで汐野くん。私に話というのは?」
「ああ。これなんだけど」

汐野くんが、私に真っ白な封筒を渡してくる。

それを受け取った私は、封筒に書かれた文字を見て目を大きく見開く。