五月下旬。高校二年生の最初の席替えで私・朝井梨央の隣の席になったのは、クラスの問題児だった。
「俺、八神朔夜。よろしく、朝井さん」
彼が自己紹介し、爽やかな笑みをこちらへ向けてくる。
「……知ってます」
私は思わず八神くんから視線を逸らす。
なんでこの人が私の隣?
八神くんは金髪で耳にはピアスをしており、制服も着崩していて、見るからにチャラそう。彼は校則違反の染髪やピアスだけでなく、たまに授業もサボってるから。
私、そういう人って正直苦手。だから、なるべく彼とは関わらないでおこう。そう思っていたのに……。
「なぁ、朝井さん。昨日の英語のノート見せてくれない?」
八神くんと隣の席になって以来、彼は休んだ日のノートをなぜかいつも私に見せてと言ってくるようになった。
「ていうか、どうしていつも私に頼むの? もしかして八神くんって友達いないとか?」
「いや、友達はいるけど……」
苦笑いしながら八神くんは、一人のクラスメイトを指さす。
「あいつ、汐野は字がめっちゃ下手だから。あいつのノートは見れたもんじゃない」
「そうなの!?」
汐野くんは、バスケ部の爽やかイケメンだ。
見れたもんじゃないって、彼は一体どんな字を書くのだろう。
「ね。だからノート見せてよ朝井さん」
「分かったよ。はい」
「サンキュ。なるべく早く返すわ」
八神くんは派手な風貌のせいか、威圧的に見えるときがあるけれど。彼のクシャッとした笑顔は、何だか子供みたいに可愛くて……嫌いじゃない。
その日の放課後。
「朝井さん」
帰ろうと席を立った私に、八神くんが声をかけてきた。
「英語のノートありがとう」
「どういたしまして」
「ほんと助かったよ。ああ、そうだ。朝井さんって甘いもの好き?」
「えっ、うん。好きだけど」
私は毎日欠かさずスイーツを食べるくらいの甘党だけど、いきなりどうしたんだろう。
「それじゃあ良いこと教えてあげる。駅前のクレープ屋さん、今日全品半額で食べられるらしいよ」
「え、ほんとに!? 私あそこのクレープ大好きなの」
「そうなんだ。先着順らしいから急いだほうが良いかも」
「分かった。ありがとう!」
私は話を聞くや否や、猛ダッシュで教室を出た。
ところがクレープ屋さんに行くと、今日はそんなキャンペーンなどやっていなかった。
「……やられた」
八神くんの話を鵜呑みにした私が悪いけど。
私は拳をぎゅっと握りしめる。
明日学校で八神くんに会ったら、絶対文句を言ってやろう。そう心に決め、いざ次の日登校してみると。
「え、休み?」
「ああ。朔夜、今日は怠いからサボるって」
朝のSHR開始五分前になっても教室に姿を現さない彼を不思議に思った私は、彼の友達である汐野くんに八神くんのことを聞いた。
「まあ、朔夜がサボるのはいつものことだけどね」
「確かに」
八神くんは、毎週一回は必ず学校を休む。
「もしかして朝井さん、朔夜のことが気になる?」
「べっ、別に。昨日八神くんに嘘をつかれたから、怒ってあげようと思っただけ」
「あー……ごめんね。あいつの代わりに俺が謝るから。昨日のことは許してあげて?」
顔の前で、パンと両手を合わせる汐野くん。
「……分かった」
昨日のことは汐野くんに免じて許すことにした。
数日後。
「ねぇ、梨央。昨日のドラマの大翔、めっちゃかっこよくなかった?」
学校の休み時間。私に興奮気味に恋愛ドラマの話をするのは、友達のまひる。
「やばかったね。特に、ラストのヒロインを後ろからハグするところが!」
私もまひると一緒になって、キャーキャー言いながら話していると。
授業開始を告げるチャイムが鳴り、まひるが自分の席へと戻っていく。
友達と話していると、時間が経つのもあっという間だな。
「ねぇ。朝井さんたち、めっちゃ盛り上がってたね」
隣の席の八神くんが私に話しかけてきた。
「もしかしてうるさかった? ごめんね。昨日の月9のヒーローがかっこよくてつい」
「ああ。その役やってるの、最近話題の八神大翔だっけ? 朝井さん、もしかして大翔のファンなの?」
彼の問いかけに私は頷く。
「そうなんだ。かっこいいもんな。あのさ、ここだけの話なんだけど……」
八神くんが急に小声になり、私の耳元へ唇を寄せてくる。
「実は俺、大翔と親戚なんだよね」
「うそ!?」
思わず大きな声を出してしまった私に、クラスメイト数人がこちらをジロジロ見てくる。
「朝井さん、声でかすぎ」
「ごっ、ごめん」
言われてみれば、大翔の苗字も八神だけど。
「本当に?」
私は、つい疑いの眼差しで八神くんを見てしまう。
「ほんとほんと。だから、良ければ大翔のサインもらってきてあげようか?」
「えっ、サイン!?」
どうしよう。大翔は、ここ数年私がずっと一途に応援している俳優だ。そんな彼のサインは、喉から手が出るほど欲しい。
この前のクレープのこともあったから、一瞬本当かな? と思ったけれど。八神ってそう多くない苗字だし、何よりこんな機会は滅多にないだろうから。
「欲しい」
気づいたら私はそう口にしていた。
「分かった。いつも朝井さんには授業のノートを見せてもらったりして、世話になってるから。そのお礼に特別にサインもらってきてあげるよ」
「ありがとう。楽しみにしてる」
それから一週間後。
「はい。この前、約束してたサイン」
朝登校してきた八神くんに会ってすぐに渡されたサイン色紙を見て、私は首を傾げる。