そろそろブルー商会を辞そうとしたところで、商会の職員がカズンの母からの注文品を持ってきた。
 ひとつは、現在国内で流通している口内清浄剤のタブレットのうち、人気のフレーバーを集めたもので、薄型の四角い宝石箱に詰め替えられたもの。

「なるほど、お母様はこの入れ物を注文していたのだな」

 道理で代金として渡された中に、大金貨という大金が入っていたわけだ。
 中身のタブレットより、外側の宝石箱のほうがお高い。
 セシリアと夫ヴァシレウス用に二つ、更に仲の良い貴族夫人への土産用に十数箱が用意された。



「で、ジャジャーン! こっちは自信作ですよ、超特急で缶からデザインしてみました!」

 出てきた細長い缶のタブレットケースに、カズンもヨシュアも目を瞠った。
 日常使いしている口内洗浄剤の缶ケースを単純に3倍した大きさのそれの、パッケージイラストが問題だった。

「カズン様のお母様から見本にお借りしていた絵姿を参考に、新たな描き下ろしで製作しました! ユーグレン王子×王弟カズン×リースト伯爵、これで更に爆売れ間違いなし!」

 三人が好んで使っている口内洗浄剤タブレットを、縦に並べて三連結した製品を新たに作ったということらしい。

 中央のスペアミント部分のイラストにはカズンの王族としての黒い軍服の正装姿。
 左にはユーグレンの同じく正装姿でアニス。
 右には薔薇のタブレットでヨシュアの、これまた白地にネイビーの差し色のリースト伯爵としての正装姿がイラストで描かれている。

 中身のタブレットを取り出すときは、通常と同じように上へ蓋をスライドすれば良いようになっていた。

「御三方の交際を記念してのスペッシャルエディションってやつですよ! あ、ちゃあんとお母様からの正式発注ですから、不敬とかそういうの勘弁してくださいね?」
「セシリア様、やってくれましたねえ」

 と言いながら、自分用にとりあえず今日持ち帰りたいからと、十箱注文するヨシュア。
 ちなみにカズンの母セシリアはこれを百箱注文していたらしい。いったいどこで誰に配ろうというのか、考えるだけで恐ろしい。

(お母様! お母様! いったい何やってくれてるのですか、息子弄りも大概にしていただきたい……!)

 価格は特別パッケージということで、元の価格より倍以上跳ね上がっている。
 帰りの馬車に載せきれない分は、後ほどアルトレイ女大公家まで配達しに来てくれるらしい。



「口内洗浄剤の有名人パッケージ、流行りそうですよねえ。で、こっちがイザベラ先輩へ」

 カズンの母が注文したものとは別の箱から、カレンはひとつ缶のタブレットケースを取り出してテーブルの上、イザベラに向けて差し出した。
 カズンたちもケースを覗き込む。

「これ……“女傑イザベラ”ですか?」

 タブレットケースは一般的な長方形・薄型のものではなく、楕円形でやや厚みがあるタイプのものだった。
 表面のパッケージには、黒髪黒目の豊かに波打つ髪を棚引かせた、赤い騎士服を身に纏う十代後半の女性の絵姿が描かれている。

「そう。伝記の挿絵や一般的に出回ってる絵姿だと、髪色が茶色なんですよね。でも本当は黒髪を染めてただけだってカズン様のお母様から伺いました。なので修正したバージョンの絵姿です」

 今年、女傑イザベラ没後五十周年で、彼女が先王ヴァシレウスの異母姉であった事実を公表する。
 その際の記念品として、ヴァシレウスの伴侶セシリアが発注したということだった。

「女傑イザベラは……そうですね、セシリア様にとっては義姉になりますものね」

 パッケージの中の女傑イザベラは真正面を向いて、力強く凛とした瞳を輝かせている。
 眉がこの場にいるイザベラよりやや太いことを除けば、彼女とほとんど同じ顔だった。

「これ……いただいちゃってもいいの? カレンちゃん」
「もちろんです。セシリア様からお代は前もって頂戴してますから、じゃんじゃん持って帰っちゃってください。あと千個ほど」
「せん……っ!?」

 突拍子もない数だが、そちらはまた別口で王都のトークス子爵家のタウンハウスへ別配送してくれるという。



「ちなみにですねえ、ガスター菓子店の本店限定で、女傑イザベラ没後五十周年記念の特別セレクションボックスが販売されるそうですよ。女傑イザベラのお母様と先々王の馬小屋でのエピソードにちなんでお馬さんのぬいぐるみ付き!」

 ガスター菓子店はチョコレート菓子で有名な、王都の老舗名店だ。
 毎年、国のイベントに応じてセレクションボックスを販売することで知られている。今年は女傑イザベラにちなんだものになるようだ。

「ボックスの表面に、女傑イザベラの一生を描いた絵画がプリントされるそうです。プレミア付きそう〜」

 ブルー男爵家も予約開始と同時に予約を入れる予定だそうだ。