カズンが、父の先王ヴァシレウスも巻き込んでイザベラとジオライドの問題に関わる傍ら。

 その母セシリアは、息子や夫たちを見守りながらも協力は間接的なものに留めて、いつも通り女大公としての社交に精を出していた。

 結果として、昼間の茶会などで「うちの息子から聞いたのだけどね……」とさりげなさを装って、貴族社会へ幼稚なラーフ公爵令息ジオライドの問題行動を広めるのに一役買った。



 後日、夏休みに入ったばかりの頃、護衛のヨシュアと一緒にブルー商会を覗きに行ってみると。

 すぐ建物の上階から、後輩で友人のブルー男爵令息グレンが降りて来た。
 ピンクブロンドの髪の美少女顔美少年グレンは、水色の瞳を輝かせてこんな報告をしてくれた。

「カズン先輩のお母様の紹介で、うちの商会で取り扱ってる口内清浄剤、爆売れです。毎度どうも!」

 息子カズンから、ヨシュアやユーグレンとそれぞれ使っている口内清浄剤をプレゼントし合ったと聞いたセシリアは、しきりに「可愛らしいわ、ロマンチックだわ、今どきの子たちはそういう遊びをするのね!」と繰り返し話題に持ち出しては喜んでいた。
 そのセシリアが、息子たち三人でのやり取りを、どうやら茶会や夜会といった社交の場で暴露してしまったらしい。

「ウフフ。カズン様たち、今日のお口の中は何味だったんです? ミント? 薔薇? アニスー?」

 商会の受付にいた、グレンとよく似た妹カレンにもニヤニヤと笑われて、何とも恥ずかしい思いをしたカズンとヨシュアである。

 何でそういう揶揄い方をするかな!
 ちょっと身内と遊んでいただけなのに。



 当然、帰宅するなりカズンは母親に抗議した。

「お母様? 何をやって下さったので?」
「やだあ、あたくしの可愛いショコラちゃんったら怖い顔!」


『あたくしの可愛い息子がね、こぉんな可愛らしい遊びをしてたのよお』


 と言って、それはもう事細かに息子から聞いたエピソードを披露してくれたらしい。
 当然ながら貴族社会は狭い世界なので、この話題はあっという間に知れ渡ったことだろう。
 カズンたちが三人、とても仲が良くなったという事実とともに。

 ちなみに、国内で生産されている口内清浄剤なら、どこの商会の販売店にも卸されていて店頭で購入できる。
 セシリアは社交の場で、カズンの友人であるブルー男爵家の兄妹がいるブルー商会の話も併せて話していた。
 それを聞いた貴族夫人たちや令嬢たちがこぞって翌日以降、ブルー商会に問い合わせをした結果、爆売れに繋がったということだった。

 カズンが使っているスペアミント、ユーグレン王子愛用のアニス、そしてリースト伯爵ヨシュアの薔薇。
 すべて完売して、次回以降の大量注文の予約まで殺到したそうである。
 一つ一つは廉価なものだが、まとまった数が出るとなかなかの売上になる。

「んっふふふふ、あたくしの可愛いショコラちゃんお気に入りのミントが一番売れたんですって?」
「ええ、単品ではスペアミントが。でもオレたち三人が使ってるもののセットのほうが売れたみたいですね」

 と補足するヨシュア。
 むしろ話を聞いたブルー商会が積極的にセット販売を推奨したらしい。

 カズンの父母はステータスの魔力値が高いので口内清浄剤は使わず、口内の清潔は自分で清浄魔術を使うことで保っていた。
 それでも、カズンたちの話を聞いて興味が出たようで、一通り試してみたくなったということのようだ。



 そんな母親からの暴露が判明した翌日の朝。

 カズンが食後のまだ涼しい時間帯のうちにテラスに出て学園からの宿題に取り掛かっていたところ、セシリアに呼ばれてお使いを頼まれた。

「あのね、グレン君のおうちの商会に口内清浄剤のセットを注文してあるの。受け取りに行ってくれるかしら?」

 ここで、うちは大貴族なのだから商会からこちらへ来させれば良い、などと無粋なことは、カズンはもちろん言わなかった。

「喜んで、お母様。他に何か御入用のものはありますか?」
「今晩はブルー男爵家の生チーズ入りのサラダが食べたいわねえ」
「了解です、では冷却魔導瓶を持参して行って来ますね」

 セシリアの傍らに控えていた執事から、手提げ袋に入った冷却魔導瓶を受け取る。
 それとは別に、布の巾着に入った貨幣も渡される。中身を確認すると、大金貨2枚(約40万円)と小金貨3枚(約3万円)が入っている。

「お釣りはお小遣いでいいわよ。ヨシュアとのデートに使うといいわ」
「デートって。もう、お母様ったら」

 お使い名目で、小遣いを渡すほうがメインなのだろう。
 ヨシュアに連絡を入れると、護衛として当然付いていくと返答が返って来たので、午前中のうちにブルー商会まで向かうことにした。



 ヨシュアと合流したカズンが同じ馬車でブルー男爵家の商会を訪ねると、今日いたのは受付のカレンだけで、グレンは朝からライルと出かけているらしい。

 代わりに、そこに意外な人物の姿があった。
 トークス子爵令嬢イザベラ。
 まもなく伯爵令嬢となる彼女が、商会の受付を手伝っているブルー男爵令嬢カレンと親しげに談笑している。

「イザベラ先輩とはお友達なんです。ロマンス小説の愛好家仲間ですね」
「ねー」

 ちなみに、カレンとは違って特に腐ってはいないらしい。理解はあるらしいが。

「ブルー商会へ、防犯系の魔導具を探しに来たのが縁で親しくなったんです。ほら、例の彼の件もありましたから、身を守るために」

 と言うイザベラは、学園で見ていたような野暮ったさはなく、三つ編みも解かれて豊かに波打つ暗い茶髪はよく練られたビターチョコレートの如く艶やかだった。
 外出着の赤いワンピースがよく似合っている。

 そして、眉を整え丁寧な化粧を施した顔は、なかなか気の強そうな美人だった。
 学園でのときのような地味で大人しい印象が消え、強気な性格がよく表れている。
 ただし、ややぽっちゃり体型なのは変わらなかったが。

「イザベラ先輩、元婚約者が大嫌いだから、彼と会う学園では絶対お洒落しないって決めてたんですって。もう婚約解消されたからこれからはやりたい放題!」
「本当よね、ストレスでやけ食いして太っちゃったし、この夏に頑張って痩せるわ!」

 年頃の女子同士、盛り上がっている。

 対して、カズンとヨシュアはイザベラの変貌ぶりに驚いていた。
 というよりその顔立ちに。

「ぐ、グレイシア様そっくりじゃないか」
「ええ、これは夏休み明け、学園で大騒ぎになりそうですね」

 グレイシアは、ユーグレン王子の母親で次期国王となる王太女にあたる王族女性だ。カズンにとっては年上の姪にあたる。

 これでイザベラの髪色が暗い茶色でなく黒色だったら、実の娘と言われても通るくらいよく似ていた。