「さて、現在、この学園には女傑イザベラの直系子孫にあたるご令嬢が学ばれている。同じ名前のイザベラ・トークス子爵令嬢だ。……何やらこの茶会の前に気の毒な出来事に遭ったようだが……」

 ヴァシレウスの視線が、先ほど騒ぎを起こしていた3年C組へ向く。
 カズンたち事情を知る者は皆、ジオライドに注目していた。当の本人は血の気を失って全身を硬直させている。

「ラーフ公爵令息ジオライド」
「は、ハイィッ」

 ヴァシレウスに名指しされたジオライドは、声を上擦らせて返事と同時に勢いよく立ち上がった。

「わあ、ヴァシレウス様直々の断罪かな? 贅沢ですねえ、カズン様」
「うーん……お父様のことだから、直接詰ることはしないと思うが……どうだろう?」



「君には、王家の血を継ぐ、女傑イザベラの子孫との婚約という幸運が与えられていた。だが先ほど見ていたが、トークス子爵令嬢イザベラとは婚約を破棄したいそうだな。残念だが、王家は承認しよう。私も、異母姉の曾孫には幸せになって欲しいからね」
「あ、ああ、あ……せ、先王陛下、私は、その……ッ」

 ジオライドが必死で言い訳を考えていると、ヴァシレウスの隣に、ラーフ公爵が青ざめた顔色をして現れた。
 大講堂でジオライドが何か問題を起こした場合に備えて控えさせていたのだが、まさか本当に登場させることになるとは、とカズンたちは驚いた。

「ち、父上!?」

 ラーフ公爵が息子に問う。

「ジオライド、我が息子よ。お前がイザベラ嬢を嫌っていることは知っていた。だが彼女は先王陛下の申されるように王族の血を引いている。我が公爵家はどうしても王族と縁戚になりたかった。だからお前たちの不仲を見て見ぬ振りをしていた」
「ち、父上……ですが、ならば何故、イザベラが王族の血筋だと教えてくれなかったのですか! 知っていたなら、俺だって!」
「婚約当初から教えていたはずだ。イザベラ嬢には高貴な血が流れている、その血を公爵家に取り入れるための婚姻だ、と」

 しかし、イザベラの祖先の女傑イザベラが貧民層出身者だというインパクトばかり覚えていたジオライドは、父親からの説明を右から左に聞き流していたようだ。

 またジオライドを溺愛する母親が、常にイザベラを『賎民の子孫』と侮蔑して事あるごとに嫌悪する態度を見せていたこともある。

「どうしても性格が合わず、夫婦となることに困難を覚えるというのなら、お前は独断で婚約破棄などせず、まずは父親である私に相談するべきだった。違うか?」
「そ、それは……」
「ましてや、このように大勢の前でイザベラ嬢に恥をかかせる必要はなかったはずだ」
「………………」

 ぐうの音も出ないほどの正論だった。

「彼、お父上は案外まともなんだね。息子の教育は間違っちゃったみたいだけど」
「……それ以上言ってやるな、イマージ」
「はは、皆同じこと思ってるんじゃない?」

 クラスメイトたちも頷いている。



 とそこへイザベラの父、トークス子爵も登場した。
 先ほど紹介された女傑イザベラのトークス子爵家当主だと簡単に自己紹介してから、子爵はジオライドの方向へ向き直った。

「ジオライド君。イザベラとの婚約破棄は承諾しよう。だが、一言だけ言わせてほしい。……イザベラを好きになれなかったことは仕方ない。政略結婚だしね。でも、だからといってどうして我が娘を侮辱していいことになるんだい?」
「そ、それは……」

 公爵家出身のジオライドからしたら、子爵令嬢のイザベラは遙かに格下の取るに足らない存在だった。

 だが、トークス子爵家が陞爵して伯爵家となると、その差は大きく狭まる。
 公爵令息といえど、伯爵令嬢を侮辱し虐げていたとなれば、貴族社会の見る目は非常に厳しいものになってくる。

「娘の純潔を奪い、婚約は破棄しても違法な隷属の魔導具で縛り、取り巻きたちと弄ぶ玩具として飼い殺しにする予定だったそうだね。なぜ、そのようなおぞましいことが許されると思ったんだい? 私に教えてくれないか」

 すべて筒抜けになっている。
 もはやジオライドは弁明もできなかった。

 会場の生徒や教師たちの視線が突き刺さる。繊細な令嬢たちの中にはあまりのことに気を失いかけている者もいる。

 そして傲慢な貴族主義のジオライドは理解していなかったが、ジオライドがイザベラにしようとしていたことは、たとえ平民相手であっても重罪となり、厳罰に処される卑劣で俗悪な行為だった。

(……隷属の魔導具、か。またロットハーナ絡みでないといいのだが)

 カズンの小さな呟きを、隣の席にいたイマージの耳は拾った。
 だが特にそれ以上の反応はせずに、壇上にまた視線を戻した。



「ヴァシレウス大王陛下の異母姉、女傑イザベラの流れを組む我がトークス子爵家は、君とラーフ公爵家とは縁がなかった。婚約破棄は君の有責で処理させてもらう。慰謝料と、娘と我が家への名誉毀損、性的暴行未遂罪への賠償請求は後日」

 終わったな、と会場内で誰かが呟いた。
 ジオライドが? それともラーフ公爵や公爵家が?



「貴族主義も悪くはないが、追求し過ぎると自滅する。だから頭の良い者たちの中に純血主義を掲げる者はいない」
「は?」

 ヴァシレウスの言葉に、意味がわからないとジオライドが間抜けな声をあげた。
 そんなジオライドを憐れむように見つめて、ヴァシレウスは先を続けた。

「王族も貴族もな、家を繋ぐために様々な外部の血を入れて生き残ってきているわけだ。その中に貴族の血しかないなどと、有り得るわけがない」
「し、しかし先王陛下! 我がラーフ公爵家の系図には、私に至るまで本家の直系血族には由緒正しき者しか書かれておりません!」

 必死に言い募るジオライドに、溜め息をつくヴァシレウス。
 そして職員席に座っていた学園長のエルフィンを見た。
 エルフィンは頷いて席を立ち、ヴァシレウスの傍らに立った。

「完璧な“人物鑑定”スキルの持ち主が見れば、その者の血に連なる系譜が判明する。そこまで言うなら、学園長であるライノール伯爵の人物鑑定を受けるが良い」
「お、お待ち下さい先王陛下! それだけはご容赦を!」

 ラーフ公爵が非難の声を挙げるも、愚かな息子ジオライドは胸を張った。

「良いでしょう、受けて立ちます。私には貴き血しか流れていないことが判明するでしょうから!」



 悲しげな表情で、エルフィン学園長は人物鑑定スキルを発動させた。
 彼の人物鑑定スキルのランクは“特級”のスペシャルランクだ。少なくとも父母それぞれ十代は遡って人物と出自の経歴を明らかにできる。
 種族として魔力量の多いエルフ族の血を引く彼らしい、極めて高度な人物鑑定スキルだった。

「父方の男系からいきましょうか。……父親は先代ラーフ公爵と娼婦との庶子を養子縁組した者」
「は?」

 会場の視線が一斉にラーフ公爵に向かう。もちろんジオライドも。
 居た堪れないようで、公爵は唇を噛み締めて屈辱に耐えた。

(えっと……あれ、のっけから終わってる……よね? カズン君)
(いや、まあ……うむ、僕もまさかいきなり終了とは思わなかった)

 思わずずり落ちた眼鏡を、慌てて押し上げる。
 物腰穏やかなイマージも呆気に取られている。

「祖父はラーフ公爵と他国の伯爵令嬢との子。伯爵令嬢の母は奴隷の楽士」
「な、ななな……ッ」
「曾祖父はラーフ公爵と、当時のマイノ子爵夫人との不義の子。四代前は……」

 ひとまず五代前まで見た時点で、次に母方の女系を鑑定する。

「母はフォーセット侯爵と分家伯爵家次女との子」

 筋目正しき貴族令嬢だ。
 だが安堵できたのはそこまでで、祖父母の代まで遡ると、不倫による不義の子、使用人との子、また兄妹間や父娘間の近親相姦の子まで判明し、会場は騒然となった。

「ば、馬鹿な……この私の身体に、娼婦や奴隷、貴族ですらない使用人や近親相姦で産まれた者の血まで入っているというのか……?」

 床に両手両足をついて項垂れるジオライド。
 反面、学園生の半分近くを占める貴族階級の者たちの視線は冷ややかだった。
 何を当然のことを、という目だ。

「この国の王侯貴族は、子孫に魔力を継がせたいから、婚姻関係にはとても気を遣うわ。でもね、そういつもいつも上手くいくわけじゃないでしょ? 王族や貴族以外の血が混ざることなんて、普通にあることよ。ただ外聞が悪いからあまり表立って言わないだけで」

 それに、貴族間だけで婚姻を繰り返すと、近親婚による弊害も出てくる。
 だから適度に当主や夫人が不貞を犯して外部の血を取り入れるのも、貴族社会ではある程度までなら黙認されているところがある。



 ゲストの先王ヴァシレウスだけでなく、全校生徒と全教員たちも事態を見守っていた。
 これだけの衆目の前で醜態をさらしたジオライドは、もはや貴族社会では生きて行けまい。

「い、イザベラ!」

 最後の手とばかりに元婚約者の名を叫んだ。
 だが、呼ばれたイザベラは落ち着いた表情で、静かに告げる。

「もう、何もかも遅いのです。何一つ取り返しがつくものはありません。さようなら、ラーフ公爵令息様」

 ジオライドの名前すら口にしなかった。

 ユーグレン王子が学園の衛兵に、ジオライドを拘束させ大講堂から連れ出すよう指示を出した。

 本人は何の疑問も抱いていなかったようだが、先王ヴァシレウスの式辞を許可なく遮断したことは、王族への重大な不敬となる。

 私的な場では気さくで多少の無礼なら笑って流すヴァシレウスだが、ここには公人として参加しているのだ。貴族の一員として侵してはならない一線を超えてしまっている。

 イザベラに対する問題行動については、また別件で取調べられることになるだろう。



 トークス子爵令嬢イザベラを虐げるラーフ公爵令息ジオライドの悪虐は、こうして幕を閉じた。