王族のカズンやユーグレン王子が睨みを利かせている3年A組やB組には少ないのだが、他のクラスでは生徒間の身分差によるトラブルが不定期に発生している。
学園内の校則では、身分差別を禁じる項目がある。
学園の生徒であるうちは王族や貴族と、平民は平等であると定められている。
身分の高い者が、低い者を不当に虐げ貶めないよう設けられた決まりだが、残念ながら、やはり徹底されているとは言い難かった。
風紀委員長でもあるカズンの元には、毎週、各学年各クラスの風紀委員たちからの報告書が上がってくる。
これをまとめて生徒会に提出するのが仕事なのだが、内容には毎回頭が痛くなる。
そして、ここ最近とみに増えているのが、例のラーフ公爵令息ジオライドとその婚約者のトークス子爵令嬢イザベラの揉めごとに関する報告だった。
実名で報告書に記入されているから、嫌でも目立つ。
昼休み、食堂から戻ってきてまだクラスメイトたちが少ない教室で、カズンは風紀委員会の報告書に目を通していた。
隣の机にはヨシュアがいて、彼もざっと報告書の内容を把握している。
今のヨシュアはカズンの正式な護衛のため、カズンが関わる可能性の高い問題を把握しておく必要があるためだ。
(彼らとは相性が悪いのだな……。あの二人のことを考えるとやはり調子が悪い)
相変わらず、胸や喉の辺りが押さえつけられているかのように痛む。
「カズン様。魔力ポーション、どうぞ」
先日から、この手の不調が出ると魔力が乱れる。
ただでさえ魔力値が10段階で2しかないというのに、乱れると限りなく最低数値まで落ちるようだった。
一番近くにいるヨシュアが心配してくれているのだが、何がどうなっているか自分でもよくわかっていない。
ハッキリ説明するための、状況把握も覚束ない状況だった。
ヨシュアもそんなカズンの戸惑いを感じているようで、側にいてカズンの魔力が不安定に乱れるときは、こうして自作の魔力ポーションを差し出してくるようになった。
「ヨシュア。ポーションは高いだろう。後で代金を請求してほしい」
「ふふ。無粋なことは言いっこ無しですよ、カズン様」
「でも」
魔力回復用のポーションは、初級でも小金貨1枚(約一万円)以上する。金貨を飲むような代物と言われていた。
「ユーグレン殿下の推しはオレ。そのオレの推しはカズン様です。わかっていただけますね?」
「強引だなあ」
銀の花咲く湖面の水色の瞳で、有無を言わさず麗しく微笑まれた。圧が強い。
何とも不思議な一方通行の三角関係なわけだ。
好かれてるなあとは昔から思っていたが、ついに“推し”呼びまでされてしまった。
ともあれ、背に腹はかえられない。
「助かる。ありがとう」
その場で開栓し、一気に飲み干す。
清涼感ある、かすかに柑橘系の風味が付けられた、リースト伯爵領産に特有のポーションの味だ。少しだけ、前世で疲れたとき飲んでいたエナジードリンクに似た味をしている。
物心付くか付かないかの頃、大量に飲まされた記憶があるような気がするのだが、いまひとつ思い出せない。
もう少し安ければ常備するのだがなあと思うが、それを言うとヨシュアに大量に貢がれそうなので辛うじて口に出さずに堪えている。
「カズン君。今日は早退するね、先生によろしく言っておいてくれる?」
とそこへ後ろから、先日転校してきたばかりのイマージ・ロットから声をかけられた。
振り向くと、灰色の髪にペールブルーの瞳の、物腰の品の良い青年が帰り支度を済ませて立っていた。
彼はあまりクラスメイトたちとは馴染まなかったが、浮かない程度に挨拶ぐらいはしている。
日常的に会話するのは、学級委員長のカズンぐらいだろう。実際、今もカズンの隣にいるヨシュアとは少し目を合わせただけですぐ視線を外している。
「早退? 何かあるのか?」
「ちょっと言いにくいんだけど、仕事があって。学園の学費は特待生だから奨学金が出てるけど、生活費が心もとなくなってきててね……」
しばらくの間、生活費を稼ぐため短期労働に出ているのだという。
王族や貴族には無縁の悩みだが、平民も通うこの学園では、彼のように在学中に労働する生徒は少なくなかった。
「あ、ちゃんと学園側に許可は貰ってるよ。授業を休む代わりに指定されたレポート提出もしてるから、安心して」
「そうか。授業のノートは取っておこう。気をつけてな」
まだ昼休みは時間が残っている。
風紀委員会の報告書も最後まで目を通せそうだなと考えて、紙面にまた視線を落としたとき。
イマージが去ったのと入れ違いに、3年C組の風紀委員が慌ててA組の教室に駆け込んできた。
「アルトレイ風紀委員長! お助け下さい、うちの組のトークス子爵令嬢が!」
学園内の校則では、身分差別を禁じる項目がある。
学園の生徒であるうちは王族や貴族と、平民は平等であると定められている。
身分の高い者が、低い者を不当に虐げ貶めないよう設けられた決まりだが、残念ながら、やはり徹底されているとは言い難かった。
風紀委員長でもあるカズンの元には、毎週、各学年各クラスの風紀委員たちからの報告書が上がってくる。
これをまとめて生徒会に提出するのが仕事なのだが、内容には毎回頭が痛くなる。
そして、ここ最近とみに増えているのが、例のラーフ公爵令息ジオライドとその婚約者のトークス子爵令嬢イザベラの揉めごとに関する報告だった。
実名で報告書に記入されているから、嫌でも目立つ。
昼休み、食堂から戻ってきてまだクラスメイトたちが少ない教室で、カズンは風紀委員会の報告書に目を通していた。
隣の机にはヨシュアがいて、彼もざっと報告書の内容を把握している。
今のヨシュアはカズンの正式な護衛のため、カズンが関わる可能性の高い問題を把握しておく必要があるためだ。
(彼らとは相性が悪いのだな……。あの二人のことを考えるとやはり調子が悪い)
相変わらず、胸や喉の辺りが押さえつけられているかのように痛む。
「カズン様。魔力ポーション、どうぞ」
先日から、この手の不調が出ると魔力が乱れる。
ただでさえ魔力値が10段階で2しかないというのに、乱れると限りなく最低数値まで落ちるようだった。
一番近くにいるヨシュアが心配してくれているのだが、何がどうなっているか自分でもよくわかっていない。
ハッキリ説明するための、状況把握も覚束ない状況だった。
ヨシュアもそんなカズンの戸惑いを感じているようで、側にいてカズンの魔力が不安定に乱れるときは、こうして自作の魔力ポーションを差し出してくるようになった。
「ヨシュア。ポーションは高いだろう。後で代金を請求してほしい」
「ふふ。無粋なことは言いっこ無しですよ、カズン様」
「でも」
魔力回復用のポーションは、初級でも小金貨1枚(約一万円)以上する。金貨を飲むような代物と言われていた。
「ユーグレン殿下の推しはオレ。そのオレの推しはカズン様です。わかっていただけますね?」
「強引だなあ」
銀の花咲く湖面の水色の瞳で、有無を言わさず麗しく微笑まれた。圧が強い。
何とも不思議な一方通行の三角関係なわけだ。
好かれてるなあとは昔から思っていたが、ついに“推し”呼びまでされてしまった。
ともあれ、背に腹はかえられない。
「助かる。ありがとう」
その場で開栓し、一気に飲み干す。
清涼感ある、かすかに柑橘系の風味が付けられた、リースト伯爵領産に特有のポーションの味だ。少しだけ、前世で疲れたとき飲んでいたエナジードリンクに似た味をしている。
物心付くか付かないかの頃、大量に飲まされた記憶があるような気がするのだが、いまひとつ思い出せない。
もう少し安ければ常備するのだがなあと思うが、それを言うとヨシュアに大量に貢がれそうなので辛うじて口に出さずに堪えている。
「カズン君。今日は早退するね、先生によろしく言っておいてくれる?」
とそこへ後ろから、先日転校してきたばかりのイマージ・ロットから声をかけられた。
振り向くと、灰色の髪にペールブルーの瞳の、物腰の品の良い青年が帰り支度を済ませて立っていた。
彼はあまりクラスメイトたちとは馴染まなかったが、浮かない程度に挨拶ぐらいはしている。
日常的に会話するのは、学級委員長のカズンぐらいだろう。実際、今もカズンの隣にいるヨシュアとは少し目を合わせただけですぐ視線を外している。
「早退? 何かあるのか?」
「ちょっと言いにくいんだけど、仕事があって。学園の学費は特待生だから奨学金が出てるけど、生活費が心もとなくなってきててね……」
しばらくの間、生活費を稼ぐため短期労働に出ているのだという。
王族や貴族には無縁の悩みだが、平民も通うこの学園では、彼のように在学中に労働する生徒は少なくなかった。
「あ、ちゃんと学園側に許可は貰ってるよ。授業を休む代わりに指定されたレポート提出もしてるから、安心して」
「そうか。授業のノートは取っておこう。気をつけてな」
まだ昼休みは時間が残っている。
風紀委員会の報告書も最後まで目を通せそうだなと考えて、紙面にまた視線を落としたとき。
イマージが去ったのと入れ違いに、3年C組の風紀委員が慌ててA組の教室に駆け込んできた。
「アルトレイ風紀委員長! お助け下さい、うちの組のトークス子爵令嬢が!」