アケロニア王国の王都は、メイン通りである大通りから離れるほど治安は低下する。
 だが、庶民にも手を出しやすい価格の賃貸住宅がひしめく地区があることで助かっている者は多いだろう。

 そんな庶民の居住区のアパートに下宿していた灰色の髪の青年イマージ・ロットは、早朝、まだかなり早い時刻に部屋のドアを遠慮なく叩く音で目が覚めた。

「ちょいと、坊ちゃん! 今月の家賃、今週末までですからね! 忘れないでお願いしますよ!」
「大家さん……はい、わかっています。わざわざすいません」
「わかってるならいいのよ。朝から悪いわね! でも坊ちゃんどこかボケッとしてるから、忘れてたらと思ってさ!」

 寝起きの寝癖の付いたままの寝ぼけた声で、それでもしっかり頷くと、大家の恰幅の良い中年女性は大きく頷いて階下へ戻っていった。

「………………」

 部屋に戻る。ワンルームの部屋には小さな机と、背もたれに学生鞄が掛けられた椅子、脇に腰の高さまでの本棚がひとつ。
 入り口から入ってすぐの右側には小さいが手洗い場兼シャワールームが。
 壁際の窓の近くにベッドが一台。

 引き出しが二つ付いたクローゼットには、この王都で一番格式の高い王立学園高等部の男子生徒用の制服がかかっている。
 この鮮やかなビリジアングリーンのブレザーに、グレーのチェック柄のズボンで王都を歩くと、人々が羨望の眼差しで見つめてくる。
 制服を着ていると学生割引がきく店も多かった。

 机の上には、革製の財布がある。
 手に取って中身を確認すると、小金貨3枚(約3万円)と大銀貨1枚(約5千円)、銅貨5枚(約5百円)が入っている。

 この下宿は、学園在籍中の生徒なら朝食と夕食が付いて月に小金貨3枚(約3万円)の家賃で済む。
 今日すぐ支払える分はあったが、それをしてしまうと月末までに学園に登校後、昼食を買う分が足りなくなるのは目に見えていた。

 それに今月は良くても、来月分の家賃をどう調達したものか。

 クローゼットの横には、冒険者仕様の革の丈夫なブーツが置いてある。
 以前は王都から一番近い第4号ダンジョンに潜って素材などを調達し、それを生活費に当てていた。
 だが先日から、危険な魔物が出没するからといって一時閉鎖されてしまい、潜ることができなくなってしまった。

 他のダンジョンはこの王都からは遠く、学園が休みの週末に日帰りできそうなところが見当たらない。

 移動に使う馬車だってタダではないのだ。無駄遣いはできなかった。