人数分のカニ炒飯作りはエルフィンに任せて、カズンはヨシュアと一緒に餃子の焼きに入った。

「あ、オーブンで焼くんじゃないんですね。フライパンでなんだ」
「酵母で発酵した生地を使う、そういう料理もあるぞ。それはそれで美味だから、今度試してみよう」
「このヨシュア、もちろんお供致します!」

 カズンが提案する料理はどれも美味しく、調理方法もアケロニア王国では珍しいものが多くて楽しいのだ。

 家庭科室なので、コンロもフライパンも幾つも設置され備品も揃っている。
 鉄の大鍋を振るうエルフィンの邪魔にならないよう、少し離れたコンロで調理することにした。

「フライパンに油を引いて、加熱。餃子を詰めて並べて……」

 大きめのフライパンを使ったので、一度に三十個ほどまとめて焼ける。
 隣のコンロで、ヨシュアにも同じように焼いてもらうことにした。
 火加減は強火と中火の中間ぐらいだろうか。うっすらと餃子の底面に焦げ目が付き始めたかというところで、コップ半杯弱の水を入れて蓋をする。

「こうして蒸し焼きにする。あとはフライパンから水が蒸発する音がしなくなってきたら中まで火が通っているから完成だ」

 小麦粉の皮が焼ける香ばしい匂いに、期待が高まる。

「カズン君、この炒飯、食器はどうすればいいー?」
「丸皿で大丈夫です。盛り付けるとき、椀に一度詰めて形を丸く整えてから皿に置くと見栄えが良くなりますよ」

 廊下から聞き覚えのある三人の声が聞こえてくる。
 そろそろ全員集まりそうだ。



 結論からいえば、カニ炒飯も餃子も最高だった。
 最高オブ最高、と誰かが呟いた。まさに至言であった。

「嘘でしょ……絶対餃子、半分は余ると思ってたのに。先生、思春期の男の子の食欲舐めてたわあ……」

 10カップ分蒸し上げていた米飯での炒飯はもちろん、二百個以上あった大きめサイズの餃子もすべて消えた。
 調理師たちとの試食用と言いながらも、本日の夜のお楽しみに取っておく気満々だったエルフィンが項垂れている。

「いやあ、旨かったですよエルフィン先生。今までカズンが作った料理の中では断トツ一位でした」
「芸術だったよな。さすが炒飯と餃子」

 ユーグレンとライルが絶賛している。特にライルは前世で食べたものより上品な味で旨かったとご満悦だ。
 その隣では、さすがに食べ過ぎたと、小柄なわりに健啖家なはずのグレンが胃袋の辺りを押さえている。
 ちなみにライルは、もう少し食いたいからと言って、追加でカズンにラーメンをリクエストしていた。さすが体育会系の剣士といったところか。胃袋のサイズも段違いだ。

「炒飯もすごいけど、餃子もなかなかね! 小麦の皮がパリッと焼けてて、噛むと中の具からじゅわっと肉汁が滲み出てくるのが堪らなかったわ。一つ一つの材料はシンプルなんだけど、タレにバリエーションがあるから飽きなくていいわね」

 ラガーが欲しい、キンキンに冷凍寸前の冷却魔術で冷やしたラガーと合わせたい、としきりにエルフィンが唸っている。
 本人、エルフ族特有の幻想的な容貌の持ち主だが、言動はその辺の飲み屋で騒いでいるおっさんと大して変わらない。

 なお、タレはオーソドックスな酢醤油が、ユーグレンとグレンは苦手だった。
 ならばと、家庭科教師のエルフィンがレモンを保存庫から出して来て絞りレモン醤油にしてくれたのだが、こちらは口に合ったようだ。酢よりレモンのほうが爽やかな酸味で食べやすいらしい。

 ライルは辛子を多めに付けて、酢醤油で食べるのが前世から好きだったという。辛子単体だけで食べるのも好きなようだ。

 カズン、ヨシュアは準備したすべてのタレを試した。
 カズンは特に嫌いだったり苦手だったりする調味料はなかったが、ヨシュアは辣油に似た、赤唐辛子漬けオイルの風味が苦手だと言って避けていた。

「私は酢醤油に多めの新鮮なオリーブオイルを垂らしたやつが気に入ったわ。レモン醤油でやっても美味しいわね」
「……オリーブオイル増し増しとは……僕も初めて知るタレの食べ方です。確かにいける……」

 餃子の表面を包み込む、エキストラバージンオリーブオイルのかすかな苦味と、オリーブオイル特有のかすかにピリリと舌を刺激する風味、そして後から遅れて酢醤油の濃い味がやってくる。端的にいって絶妙だった。
 さすがの調理スキル上級の持ち主、基本から応用への広げ方には目を瞠るものがある。
 ただし、注意点があった。

「エルフィン先生。餃子は、主菜や副菜にもなりますが、小麦粉の皮で包むから主食とすることもあるようなんです。あまりタレに油を入れすぎないほうがいいかもれしません」
「……くっ。美味なものには落とし穴もあるってことね!」
「あと、焼くだけでなく、茹でてタレをかけて食べる食べ方も一般的だったように記憶しています。スープの具にもなるようですし」

 カズンがいた前世の日本では焼き餃子のほうが人気だったが、元々の本場である中国などでは水餃子のほうが一般的だったそうだ。



 最高の美味を堪能した後で出したい話題ではなかったが、調理に付き合ってくれたエルフィンに、カズンは学園内の問題のことを確認することにした。
 こう見えて彼は学園の最高責任者の学園長だ。

 ラーフ公爵令息ジオライドの、婚約者に対する暴言や暴力は次第にエスカレートしている。
 風紀委員長のカズンにはその情報が随時入ってきていた。

 食後、やや脂っこい料理の脂を洗い流すような半発酵茶を楽しんでいた一同の目が、エルフィン学園長に向く。
 食事を終えた食器の乗るテーブルに両肘をつき、握り締めた拳で額を押さえてエルフィンは腹の底から絞り出したような声で呻いた。

「ラーフ公爵令息はね……学園側としてはアンタッチャブルなのよ……」
「どういうことです?」

 寄付金の額が、王家より多い。これに尽きる。
 下手に突っついて寄付金が減額されると、今年度の学園運営に支障をきたすという。

「私のところまで、他の生徒や教師たちからも苦情と報告が入ってるから、さすがにもう静観はできないところね。次に何かあれば、学園側としても厳正な対処を行うと決めてるわ」

 今年はまだ一学期も終わっていないのに、悪質なトラブルを起こす生徒が続々出ている。

 エルフィンの口調では、彼も既に最悪の事態を想定して覚悟を決めているようだ。