案内されたのは伯爵家別宅の屋根裏部屋だった。

「鍵がかかっているな。外から開けられないのか?」
「そ、それが、屋根裏部屋の鍵は奥様がお持ちでして」
「スペアキーは?」
「それも奥様が……しかも何やら術がかけられているようで、外部から開けることもできぬのです」

 ここに来るまでに、老執事から詳細を聞き出している。

 やはり噂通り、ヨシュアは後妻となった義母やその連れ子から虐げられ、本宅から別宅へと追いやられてしまったという。

 終いには屋根裏部屋へ押し込められて、執事や他の家人たちが抗議すると、伯爵家から首にするぞと脅されたり、鞭で暴力を振るわれたりと手が付けられなかったと悔しげに言う。

 今はヨシュアの後見人となった彼の叔父が当主の急死でひとまず当主代理となったが、領地での実務処理にかかりきりになっていて、なかなか王都のこの屋敷に戻ってこれないのだという。
 彼さえ戻ってくれば、ほとんど解決したも同然なのだが。

「……ヨシュアがここに入れられてから、どのくらい日数が経っている?」

 少なくとも学園を無断欠席するようになった七日間より前のはずだ。
 執事に確認すると、ほぼその頃で間違いないという。

「まずいな、七日間も監禁されて外から鍵までかけられているとなると……おい、鍵を壊すぞ。修理費用は後で僕の家まで請求してくれ!」
「は、はい、お願いします!」

 見たところ、カズンの持つ魔力でならドアノブ部分から破壊できそうだ。
 最も強く魔力を載せられるのは足技だ。黒革の学生靴の踵で一気に、ドアノブとその下の鍵穴を蹴り飛ばし、開いた扉の中へと駆け込んだ。



 屋根裏部屋の室内はホコリっぽく空気が淀んでいる。

 ここは子供の頃はヨシュアと一緒にかくれんぼなどで遊んでいた秘密基地だったが、もう何年も足を踏み入れていない。
 近年は確か物置きになっていたはずだった。

 室内奥、壁際に薄汚れたマットレスと毛布。その上に、目的の人物であるリースト伯爵令息ヨシュアが目を閉じて横たわっていた。
 鍵を壊すときに大きく音を立てたが、ヨシュアはピクリとも動かない。

「ヨシュア! ……執事殿、力のある家人を連れてきてくれ、あと早急に医師の手配を!」
「は、はいぃいいっ!」

 駆け寄って、まず手首と首筋で脈を確認する。どちらも温かく、脈もあった。

 良かった、生きている。

 しかし目を覚ます気配はない。
 唇がガサガサに乾いてヒビ割れている。
 その口元から白いシャツの胸元にかけて、広い範囲で汚れていた。

「吐いたのか……」

 吐瀉物は乾ききっている。吐いてからかなりの時間が経っているようだ。
 室内を見回すと、封が開いたワイン瓶が二本、転がっている。
 他に飲食物の形跡はない。
 一本は空、二本目は辺りに中身がほとんど零れている。

「ぶどう酒でギリギリ水分を取っていたか……。……いや待て、吐いたものに赤紫色の色素が混ざっている。だとすると」

 ワインの中には何か、嘔吐させるような毒が入っていた可能性が高い。

「くそ、もっと早く来ていれば……!」

 想定していた最悪の事態に近かった。

 カズンはすぐに王弟の名前と印入りの手紙を王都騎士団に出して、騎士たちを派遣して貰った。
 ヨシュアが閉じ込められていた屋根裏部屋の現場の確認と、保存をしてもらうためだ。

 何よりヨシュア本人の状況を第三者の目で確認させ、監禁し毒を飲ませた犯人の確保に早急に動いてもらう必要があった。
 犯人、即ちリースト伯爵の後妻ブリジットとその連れ子のアベルをだ。



 結果はすぐにカズンへ報告された。

 本人たちはヨシュア監禁や毒殺の罪状を認めなかったが、倒れていたヨシュアと物品が何よりの証拠だ。
 屋根裏部屋の鍵も後妻の荷物から押収されている。

 その上、参加していた茶会でも平気で、自分の連れ子が間もなくリースト伯爵を襲名するのだと公言していた。

 心ある貴族夫人たちは、リースト伯爵家の血筋ではない連れ子が爵位継承することは不可能だと知っており扇の裏で顔を顰めていたと聞く。
 そんな茶会の空気を、後妻はまったく読めていなかったようだ。

 そう、早かれ遅かれ彼らの自滅は確実だった。