さて、ヨシュアの私室の中ではというと。
「ユーグレン殿下がオレを望んでくれるのは大変光栄なことです。ですが、これまでオレはあえて殿下から距離を置くよう努めていました」
別の王族のカズンと親友だからという他に理由がある。
ここで初めて、ヨシュアは自分が置かれている立場や周囲からの圧力のことを、王族二人に語った。
その中には、幼い頃の自分たちが受けた呪詛の話も含まれている。
「私の派閥の者が、お前たちに呪詛を仕掛けていただと!?」
(ほらやっぱりね。殿下は知らなかった)
知っていたら、ヨシュアのファンクラブを作ろうなどと考えもしなかったはずだ。
最初、カズンの紹介があったにせよ、どうしてこんなに親しみを込めて付き合ってくれるのだろうと疑問に思っていた。
まったく知らなかったから、あれだけ良くしてくれていたわけだ。
この情報は使える、とヨシュアは思った。
ユーグレン派閥が、ユーグレン本人に隠れて暗躍していることが明らかになったのだ。
先日、ヨシュアまで忠告に来た宰相令息のグロリオーサ侯爵令息といい、良かれと思って行動しながら、主君たるユーグレンを蔑ろにしていることに気づいていない。
それはとても危険なことなのだ。
仕える王族を蔑ろにすることの愚を、彼らはわかっていない。
この国の王族は人柄が良いことで有名だが、道理を弁えない者にはとても厳しい。
「ええ。この話は、機を見てユーグレン殿下に話しても良いとヴァシレウス様から許可を頂いてました」
詳しい話は、王宮に戻ってから国王のテオドロスから聞けばいい。
また、ヨシュアは自分がカズンの側に侍ることで周囲から受けていた圧力についても、詳細を二人に話した。
一通り聴き終わって、神妙な表情でカズンはヨシュアに頭を下げた。
「まさかおまえが、そのような状況にあったとは知らなかった。長い付き合いなのに……すまない」
「謝罪は不要ですよ、カズン様。知られないようにしてたので、当然です」
ユーグレンも自分の派閥がヨシュアに仕掛けている圧力や工作を知って、血の気が引いていた。
「そ、早急に状況を改善する、いやさせる!」
「いえ、それも不要です、殿下」
「なぜだ!?」
「殿下が動くと、その分の皺寄せがまたオレに来てしまいます。報復はオレが自分でやりますから、殿下はそれに見て見ぬ振りをしてくださればと」
報復や制裁は、眼に見える、わかりやすいことばかりとは限らない。
例えば、ユーグレンを窮地に陥れかけた宰相令息に、今回ヨシュアはひとつ大きな貸しを作った。
主君の想いに余計な口を挟んだ失態は、後々彼や彼の侯爵家相手のカードとして有用に使える。
真っ向から勝負するより、貴族らしく回りくどいやり方での報復なら、いくらでも手段はあるのだ。
「オレに良い考えがあります。次に三人で時間を作るときまでに話せるようまとめておきたいと思います」
結局、どのような関係を築くにも、この三人の場合は政争や周囲の思惑が絡んでくることになる。
カズンとユーグレン王子の派閥問題のこともあった。
中途半端だが話を一区切りした。
その後、カズンとユーグレンはリースト伯爵家で夕飯を馳走になり、解散してそれぞれ帰路に就いた。
◇◇◇
帰宅して両親に事の次第を報告すると、案の定というべきか大爆笑されてしまった。
淑女の母すら腹を抱えている。
部屋に控えている執事や侍女たちも、必死で笑いたいのを堪えているようだ。
ユーグレンがヨシュアに強く憧れていたこの数年のことを皆知っているから、カズンが巻き込まれることを当然、想定していたわけだ。
「ははは。ようやくヨシュアに伝わったのか、ユーグレンのあの面倒臭さが!」
「憧れてるだけじゃ満足できなくて、いつかは側近として側に置きたかったらしいですけどね。でもロットハーナの件で僕の護衛になってしまったから」
「もう自分のものにならないと思って落ち込んでしまったのねえ」
父のヴァシレウスも母のセシリアも訳知り顔で頷いていた。
「学園の卒業後を見据えると、ただの友人というだけでは満足できなかったのでしょうねえ」
「いずれにせよ、これで王族を巡る勢力図に変化が出る。ヨシュアを真ん中に挟んで、お前とユーグレンの仲が良いことを周りに示すのが良いだろう」
青春してるなあと、父が顎髭をいじりながらしみじみ呟いた。
「ヨシュアから呪詛の話は聞いたのだろう? 5歳より前のことはほとんど覚えていないのだったな」
「……はい」
「あの事件が起こるまでは、それはもう私もセシリアもお前に振り回されたものだ。目を離すと弾丸のように猛スピードで走り出して、離宮の中から探し出すのが大変だった」
ヴァシレウスもまさか自分が八十にもなって、子育てに奔走することになるとは思わなかったと言って笑っている。
「あらあ、あたくしは楽しかったですわよ。あの広い離宮の中や敷地を毎日朝から晩まで全力疾走で、お腹やお尻に贅肉が付く暇がなくなりましたもの」
と見事に括れたウエストを撫でている。
「自由な立ち回りができるのも、学生のうちだけだろう。好きなようにしなさい」
「そうね。後悔のないようにね。あたくしの可愛いショコラちゃん」
というのが両親のコメントであった。
そして翌朝、登校後に馬車から降りるカズンを満面の笑みで迎えるヨシュアの麗しの顔を見て、いろいろ考えるのが馬鹿らしくなったカズンだった。
(あれだけユーグレンに拘られてるのに、こいつは本当に変わらんなあ)
カズンの一番の親友は結局のところ、不動のままなのだった。
「ユーグレン殿下がオレを望んでくれるのは大変光栄なことです。ですが、これまでオレはあえて殿下から距離を置くよう努めていました」
別の王族のカズンと親友だからという他に理由がある。
ここで初めて、ヨシュアは自分が置かれている立場や周囲からの圧力のことを、王族二人に語った。
その中には、幼い頃の自分たちが受けた呪詛の話も含まれている。
「私の派閥の者が、お前たちに呪詛を仕掛けていただと!?」
(ほらやっぱりね。殿下は知らなかった)
知っていたら、ヨシュアのファンクラブを作ろうなどと考えもしなかったはずだ。
最初、カズンの紹介があったにせよ、どうしてこんなに親しみを込めて付き合ってくれるのだろうと疑問に思っていた。
まったく知らなかったから、あれだけ良くしてくれていたわけだ。
この情報は使える、とヨシュアは思った。
ユーグレン派閥が、ユーグレン本人に隠れて暗躍していることが明らかになったのだ。
先日、ヨシュアまで忠告に来た宰相令息のグロリオーサ侯爵令息といい、良かれと思って行動しながら、主君たるユーグレンを蔑ろにしていることに気づいていない。
それはとても危険なことなのだ。
仕える王族を蔑ろにすることの愚を、彼らはわかっていない。
この国の王族は人柄が良いことで有名だが、道理を弁えない者にはとても厳しい。
「ええ。この話は、機を見てユーグレン殿下に話しても良いとヴァシレウス様から許可を頂いてました」
詳しい話は、王宮に戻ってから国王のテオドロスから聞けばいい。
また、ヨシュアは自分がカズンの側に侍ることで周囲から受けていた圧力についても、詳細を二人に話した。
一通り聴き終わって、神妙な表情でカズンはヨシュアに頭を下げた。
「まさかおまえが、そのような状況にあったとは知らなかった。長い付き合いなのに……すまない」
「謝罪は不要ですよ、カズン様。知られないようにしてたので、当然です」
ユーグレンも自分の派閥がヨシュアに仕掛けている圧力や工作を知って、血の気が引いていた。
「そ、早急に状況を改善する、いやさせる!」
「いえ、それも不要です、殿下」
「なぜだ!?」
「殿下が動くと、その分の皺寄せがまたオレに来てしまいます。報復はオレが自分でやりますから、殿下はそれに見て見ぬ振りをしてくださればと」
報復や制裁は、眼に見える、わかりやすいことばかりとは限らない。
例えば、ユーグレンを窮地に陥れかけた宰相令息に、今回ヨシュアはひとつ大きな貸しを作った。
主君の想いに余計な口を挟んだ失態は、後々彼や彼の侯爵家相手のカードとして有用に使える。
真っ向から勝負するより、貴族らしく回りくどいやり方での報復なら、いくらでも手段はあるのだ。
「オレに良い考えがあります。次に三人で時間を作るときまでに話せるようまとめておきたいと思います」
結局、どのような関係を築くにも、この三人の場合は政争や周囲の思惑が絡んでくることになる。
カズンとユーグレン王子の派閥問題のこともあった。
中途半端だが話を一区切りした。
その後、カズンとユーグレンはリースト伯爵家で夕飯を馳走になり、解散してそれぞれ帰路に就いた。
◇◇◇
帰宅して両親に事の次第を報告すると、案の定というべきか大爆笑されてしまった。
淑女の母すら腹を抱えている。
部屋に控えている執事や侍女たちも、必死で笑いたいのを堪えているようだ。
ユーグレンがヨシュアに強く憧れていたこの数年のことを皆知っているから、カズンが巻き込まれることを当然、想定していたわけだ。
「ははは。ようやくヨシュアに伝わったのか、ユーグレンのあの面倒臭さが!」
「憧れてるだけじゃ満足できなくて、いつかは側近として側に置きたかったらしいですけどね。でもロットハーナの件で僕の護衛になってしまったから」
「もう自分のものにならないと思って落ち込んでしまったのねえ」
父のヴァシレウスも母のセシリアも訳知り顔で頷いていた。
「学園の卒業後を見据えると、ただの友人というだけでは満足できなかったのでしょうねえ」
「いずれにせよ、これで王族を巡る勢力図に変化が出る。ヨシュアを真ん中に挟んで、お前とユーグレンの仲が良いことを周りに示すのが良いだろう」
青春してるなあと、父が顎髭をいじりながらしみじみ呟いた。
「ヨシュアから呪詛の話は聞いたのだろう? 5歳より前のことはほとんど覚えていないのだったな」
「……はい」
「あの事件が起こるまでは、それはもう私もセシリアもお前に振り回されたものだ。目を離すと弾丸のように猛スピードで走り出して、離宮の中から探し出すのが大変だった」
ヴァシレウスもまさか自分が八十にもなって、子育てに奔走することになるとは思わなかったと言って笑っている。
「あらあ、あたくしは楽しかったですわよ。あの広い離宮の中や敷地を毎日朝から晩まで全力疾走で、お腹やお尻に贅肉が付く暇がなくなりましたもの」
と見事に括れたウエストを撫でている。
「自由な立ち回りができるのも、学生のうちだけだろう。好きなようにしなさい」
「そうね。後悔のないようにね。あたくしの可愛いショコラちゃん」
というのが両親のコメントであった。
そして翌朝、登校後に馬車から降りるカズンを満面の笑みで迎えるヨシュアの麗しの顔を見て、いろいろ考えるのが馬鹿らしくなったカズンだった。
(あれだけユーグレンに拘られてるのに、こいつは本当に変わらんなあ)
カズンの一番の親友は結局のところ、不動のままなのだった。