部屋の外で待機しているよう言われた、ユーグレン王子の護衛兼側近の名をウェイザー騎士爵ローレンツという。
本人は騎士爵だが、出身は王家の親戚ウェイザー公爵家の次男だった。
榛色の短い髪と、黒に近いグレーの瞳をした背の高い好青年だ。
ユーグレンと同じ学園の3年B組の生徒で、学生の身ながら既に騎士爵を授かる騎士としての実力を買われて、学友を兼ねた護衛を請け負っている。
「ウェイザー卿。サロンでお茶でも如何ですか」
リースト伯爵家の執事長が声をかけてきたが、ローレンツは結構と断った。
ユーグレン王子の護衛なので、この場を離れるわけにはいかなかった。
「そうですか。ではこちらを」
と執事長は傍らの侍女が引いてきたワゴンの簡易ティーセットを示した。
「中でお話が弾んでいるようです。よろしければこちらをどうぞ」
「感謝します、いただきましょう」
立ったままになるが、入れたての紅茶を味わいつつ、主ユーグレンが出てくるのを待つことになった。
部屋の中からは、この家の当主ヨシュア、ユーグレン王子、そして王弟カズンの三人の声が途切れ途切れに聞こえてくる。
『カズン、お前は、私がヨシュアを……、…………!』
『そうだな、殿下の………………』
『………………、私を、……』
「うーん。痴話喧嘩っぽいですねえ」
思わずローレンツが呟くと、ローレンツと同じように廊下に控えていた執事長が苦笑した。
「当家のご当代様が王弟殿下をお慕いしていること、王子殿下はご存じなかったようですね」
「仲が良いのは知っていましたが……いやあ、拗れてますね」
部屋の中では怒っていたり、焦っていたり、大声も聞こえてくる。
『誤解だ、ユーグレン。ヨシュアには、…………!』
『いいえ。オレの、………………、子供の頃からずっと、………………』
『は? …………、僕を?』
要はヨシュアを慕うユーグレンのことを知っていたのに、当のヨシュアはカズンの配下となることを自分の中で決めていた。
わかっていてユーグレンが右往左往する姿を見て腹の中では笑っていたのだろうと、カズン相手に王子が怒っている。
ちなみにヨシュアは「そんなの最初からです」としれっと王族二人に伝えていた。
「なるほど。ヨシュア君はそういう感じだったのか」
そうとわかると、いろいろ納得するものがある。
ユーグレン王子の側近候補として幼い頃から学友だったローレンツは、周囲の大人たちやその影響を受けた高位貴族の子息たちが王弟カズンの友人ヨシュアに圧力をかけていることを知っていた。
現在、アケロニア王族はとても数が少ない。
王位継承権は一位がグレイシア王太女、二位がその息子ユーグレン王子、そして三位が先王ヴァシレウス大王の末っ子カズン。
ユーグレンの周りは既にローレンツなど公爵家や侯爵家の子息たちで固められている。
代わりに、カズンに取り入りたい者たちは多かった。
だが、側には常にリースト伯爵令息だったヨシュアがいて、カズンと親しくしたい者たちには非常に邪魔な存在だった。
ヨシュアはリースト伯爵家の嫡男として麗しの美貌を持ち人々を魅了しているが、さすがに皮一枚だけで野心ある貴族たちの思惑を退けることはできなかったとみえる。
「4歳で王弟殿下とお会いしてからずっと、如何にお側に侍るかがご当代様の至上命題なのです。専属騎士を目指しておりましたが、先日のお家乗っ取り事件でリースト伯爵を襲名したことで、少し遠くなってしまいました」
「領地のない名前だけの伯爵なら問題ないですけどね。リースト伯爵家は規模もそこそこ大きいから、しばらくは治めるのも大変でしょう」
とこれまたリースト伯爵家に特有の青銀の髪と湖面の水色の瞳を持った、要するにヨシュアとよく似た容貌の執事長と雑談して時間を潰していた。
この家は、下働きの家人に至るまで自分たちの一族で家内を固めているので、この執事長のように当主と似た麗しの容貌を持つ者が少なくなかった。
『ええと、つまりだな。ユーグレンはヨシュアが、…………。ヨシュアは………………、合ってるか?』
「これが男女なら三角関係なのかな」
「さて、どうでしょうか。ワタクシどもはご当代様の意志に従うのみですが」
室内からは啜り泣きが聞こえてくる。
この声はユーグレン王子のものだ。
「青春が終わってしまいましたかねえ。ユーグレン様の」
護衛を兼ねた側近候補として、一番ユーグレンの側にいたのはローレンツだ。
ユーグレンが、竜殺しを果たしたヨシュアに強烈に魅せられたときも護衛としてすぐ隣にいて、その瞬間を目撃している。
学園でも友人のカズンと一緒にいる姿を羨ましそうに眺めていたことも、もちろん知っていた。
それでいて自分から話しかけることができず、躊躇う姿も。
「ウェイザー卿。これ以上は野暮でしょう。部屋の護衛には家の者を付けますので、こちらへ」
立ち聞きを続けるのは良くないと、執事長に促されてローレンツは素直に従った。
ローレンツの代わりに、当主の部屋の前にはリースト伯爵家のメイビーのライン入りの白い軍服姿の青年が立った。
彼もまたヨシュアたちとよく似た青銀の髪と湖面の水色の瞳を持っていた。
本人は騎士爵だが、出身は王家の親戚ウェイザー公爵家の次男だった。
榛色の短い髪と、黒に近いグレーの瞳をした背の高い好青年だ。
ユーグレンと同じ学園の3年B組の生徒で、学生の身ながら既に騎士爵を授かる騎士としての実力を買われて、学友を兼ねた護衛を請け負っている。
「ウェイザー卿。サロンでお茶でも如何ですか」
リースト伯爵家の執事長が声をかけてきたが、ローレンツは結構と断った。
ユーグレン王子の護衛なので、この場を離れるわけにはいかなかった。
「そうですか。ではこちらを」
と執事長は傍らの侍女が引いてきたワゴンの簡易ティーセットを示した。
「中でお話が弾んでいるようです。よろしければこちらをどうぞ」
「感謝します、いただきましょう」
立ったままになるが、入れたての紅茶を味わいつつ、主ユーグレンが出てくるのを待つことになった。
部屋の中からは、この家の当主ヨシュア、ユーグレン王子、そして王弟カズンの三人の声が途切れ途切れに聞こえてくる。
『カズン、お前は、私がヨシュアを……、…………!』
『そうだな、殿下の………………』
『………………、私を、……』
「うーん。痴話喧嘩っぽいですねえ」
思わずローレンツが呟くと、ローレンツと同じように廊下に控えていた執事長が苦笑した。
「当家のご当代様が王弟殿下をお慕いしていること、王子殿下はご存じなかったようですね」
「仲が良いのは知っていましたが……いやあ、拗れてますね」
部屋の中では怒っていたり、焦っていたり、大声も聞こえてくる。
『誤解だ、ユーグレン。ヨシュアには、…………!』
『いいえ。オレの、………………、子供の頃からずっと、………………』
『は? …………、僕を?』
要はヨシュアを慕うユーグレンのことを知っていたのに、当のヨシュアはカズンの配下となることを自分の中で決めていた。
わかっていてユーグレンが右往左往する姿を見て腹の中では笑っていたのだろうと、カズン相手に王子が怒っている。
ちなみにヨシュアは「そんなの最初からです」としれっと王族二人に伝えていた。
「なるほど。ヨシュア君はそういう感じだったのか」
そうとわかると、いろいろ納得するものがある。
ユーグレン王子の側近候補として幼い頃から学友だったローレンツは、周囲の大人たちやその影響を受けた高位貴族の子息たちが王弟カズンの友人ヨシュアに圧力をかけていることを知っていた。
現在、アケロニア王族はとても数が少ない。
王位継承権は一位がグレイシア王太女、二位がその息子ユーグレン王子、そして三位が先王ヴァシレウス大王の末っ子カズン。
ユーグレンの周りは既にローレンツなど公爵家や侯爵家の子息たちで固められている。
代わりに、カズンに取り入りたい者たちは多かった。
だが、側には常にリースト伯爵令息だったヨシュアがいて、カズンと親しくしたい者たちには非常に邪魔な存在だった。
ヨシュアはリースト伯爵家の嫡男として麗しの美貌を持ち人々を魅了しているが、さすがに皮一枚だけで野心ある貴族たちの思惑を退けることはできなかったとみえる。
「4歳で王弟殿下とお会いしてからずっと、如何にお側に侍るかがご当代様の至上命題なのです。専属騎士を目指しておりましたが、先日のお家乗っ取り事件でリースト伯爵を襲名したことで、少し遠くなってしまいました」
「領地のない名前だけの伯爵なら問題ないですけどね。リースト伯爵家は規模もそこそこ大きいから、しばらくは治めるのも大変でしょう」
とこれまたリースト伯爵家に特有の青銀の髪と湖面の水色の瞳を持った、要するにヨシュアとよく似た容貌の執事長と雑談して時間を潰していた。
この家は、下働きの家人に至るまで自分たちの一族で家内を固めているので、この執事長のように当主と似た麗しの容貌を持つ者が少なくなかった。
『ええと、つまりだな。ユーグレンはヨシュアが、…………。ヨシュアは………………、合ってるか?』
「これが男女なら三角関係なのかな」
「さて、どうでしょうか。ワタクシどもはご当代様の意志に従うのみですが」
室内からは啜り泣きが聞こえてくる。
この声はユーグレン王子のものだ。
「青春が終わってしまいましたかねえ。ユーグレン様の」
護衛を兼ねた側近候補として、一番ユーグレンの側にいたのはローレンツだ。
ユーグレンが、竜殺しを果たしたヨシュアに強烈に魅せられたときも護衛としてすぐ隣にいて、その瞬間を目撃している。
学園でも友人のカズンと一緒にいる姿を羨ましそうに眺めていたことも、もちろん知っていた。
それでいて自分から話しかけることができず、躊躇う姿も。
「ウェイザー卿。これ以上は野暮でしょう。部屋の護衛には家の者を付けますので、こちらへ」
立ち聞きを続けるのは良くないと、執事長に促されてローレンツは素直に従った。
ローレンツの代わりに、当主の部屋の前にはリースト伯爵家のメイビーのライン入りの白い軍服姿の青年が立った。
彼もまたヨシュアたちとよく似た青銀の髪と湖面の水色の瞳を持っていた。