カズンの幼馴染み、ヨシュアは幼い頃からの親友だ。
リースト伯爵家という、国内でも屈指の魔法の大家の嫡男である。
学園のクラスメイトでもあるので、ほとんど毎日顔を合わせている大の仲良しなのだが、最近休みがちで心配だった。
ヨシュアは青みがかった絹糸のように滑らかな銀髪と、湖面の水色の瞳に銀の花が咲いたようなアースアイを持つ、優美な美少年だ。
背はカズンと似たり寄ったりで、もう少し細身か。
一見すると儚げな美人で、麗しの美貌を愛され、学年や男女を問わず人気がある。
学内には非公式のファンクラブがあり、絵姿が出回っているともっぱらの噂である。
そんなヨシュアだったが、父親の伯爵が事故で急死し、後妻とその連れ子に虐げられているとの噂が広がりだした。
元々身体が弱く休みがちな生徒ではあったが、最近では不登校の日数が以前より増えていた。
その上、リースト伯爵家では伯爵の実子であるヨシュアではなく、義弟になる後妻の連れ子が後継者になるのだと、社交界で後妻本人が言い出すようになった。
その連れ子にはリースト伯爵家の血は一滴も入っていない。後妻の前の嫁ぎ先での子供である。
伯爵家の血の入っていない連れ子がその家を継ぐことは、この国の法律上、まず不可能なのだが。
「……今日で無断欠席七日目かあ」
朝のホームルームでクラスの出席簿を眺めて、担任教師ロダンは溜め息をついた。
「先生、ヨシュアは今日も欠席ですか?」
「残念ながらそのようだ。おうちから連絡はないんだけどねえ」
リースト伯爵令息ヨシュアは、今年に入って父親が事故で急死し、混乱していることが知られている。
まだ学生で成人前だから急遽、父方の叔父が後見人となったが、亡父の後妻とその連れ子との関係がとにかく悪い。
最近では学園でも憔悴した様子を見せることが多かった。
担任のロダンは伯爵家を幾度か訪問していたのだが、不在だったり不調で寝込んでいるなどと応対した後妻に言われて、なかなかヨシュア本人に会えないでいた。
安否を確認したいのだが、強引に貴族家に押し入るわけにもいかない。
そこで担任は、同じクラスで元から仲の良い学級委員長のカズンを頼ってきた。
とはいえ、王弟ではあっても、まだ学生のカズンには大した権力がない。
父親の先王陛下に頼っても良かったが、ここは現役世代に相談するのがベストだろう。
「お兄ちゃま、学園のことで相談乗ってください」
王宮へ登城し、顔パス・フリーパスで国王陛下の執務室へ向かったカズンは、部屋の主にそう切り出した。
「カズン! 何でもお兄ちゃまに任せなさい!」
久し振りに顔を見る弟を、ぎゅううっとハグするのはアケロニア王国の現国王、テオドロスだ。
齢は六十を過ぎていて傍から見ると祖父と孫だが、異母兄弟ながら、れっきとした兄弟である。
年は大きく離れているが、ふたりとも同じ黒髪と黒い瞳、顔立ちはどちらも父親のヴァシレウスとよく似ている。
「ありがとうです。でもお兄ちゃま、話を聞く前にそんなこと言っちゃ駄目ですよ?」
「カズンだからいいのだ!」
書類仕事をほっぽり出して、溺愛する孫ほど年の離れた弟を連れて、応接室へと向かうのだった。
「なるほど、友人の伯爵令息の安否を確認したいのだね」
侍女に入れさせた紅茶を飲みながら、詳しく話を聞いた。
「はい。リースト伯爵家のことはお兄ちゃまたちも把握されてますよね?」
テオドロスは一緒に応接室へ来ていた、傍らに控えている宰相に確認を取った。
「ええ、伯爵が急死されてから家中が混乱して、貴族達の間でもきな臭い噂が流れていますね。後に残されたのが成人前の嫡子ひとりと、伯爵の後妻とその連れ子ですから、円滑な爵位継承が行われるかどうかの監視対象になっています」
しかもその後妻は男爵家出身の出戻り未亡人で、伯爵家に嫁ぐには元々の身分が低い。
だからこそ、“危ない”のだ。余計な野望を持たせないよう、公的な監視が必要だった。
「僕がリースト伯爵家に入れるように、手配してもらえないでしょうか?」
「それなら、父を亡くして心細かろうと心配する陛下からの労りの手紙を託された、というストーリーは如何でしょうか。本人に直接渡すよう王命を受けたと言えば、王印の入った手紙ですから来訪を拒否できないはずです」
それから執務室に戻った国王にすぐ王印入りの手紙を書いて貰い、そのままカズンはリースト伯爵家へ向かうことにした。
あえて先触れは出さないことにして、直接だ。
リースト伯爵家へ向かえば、タイミングの良いことに後妻とその連れ子の息子はお茶会に出かけていて留守だった。
カズンの訪問を受けて、王印の入った手紙を受け取った老執事は青ざめて、
「よ、ヨシュア坊ちゃまをどうかお助けください、王弟殿下……!」
と深く頭を下げて、カズンをヨシュアのいる部屋へと足早に案内した。
「執事さん、随分前に引退したんじゃなかったか?」
カズンはヨシュアやリースト伯爵家とは幼い頃からの付き合いだ。
今のリースト伯爵家は、親戚筋の者が家令を兼ねた執事長として家政を取り仕切っているはずだった。その執事長の姿が見えない。
カズンを案内してくれている彼は、先代の執事長の補佐だった人物だ。
「……新しく来られた奥様が、執事長を口うるさいからと厭うて領地へ追いやってしまったのです。ですが彼がいない分、屋敷の中が回らぬからと、引退していた私が引っ張り出されることになりました」
「……それは、それは」
由々しき事態ではないか。
リースト伯爵家という、国内でも屈指の魔法の大家の嫡男である。
学園のクラスメイトでもあるので、ほとんど毎日顔を合わせている大の仲良しなのだが、最近休みがちで心配だった。
ヨシュアは青みがかった絹糸のように滑らかな銀髪と、湖面の水色の瞳に銀の花が咲いたようなアースアイを持つ、優美な美少年だ。
背はカズンと似たり寄ったりで、もう少し細身か。
一見すると儚げな美人で、麗しの美貌を愛され、学年や男女を問わず人気がある。
学内には非公式のファンクラブがあり、絵姿が出回っているともっぱらの噂である。
そんなヨシュアだったが、父親の伯爵が事故で急死し、後妻とその連れ子に虐げられているとの噂が広がりだした。
元々身体が弱く休みがちな生徒ではあったが、最近では不登校の日数が以前より増えていた。
その上、リースト伯爵家では伯爵の実子であるヨシュアではなく、義弟になる後妻の連れ子が後継者になるのだと、社交界で後妻本人が言い出すようになった。
その連れ子にはリースト伯爵家の血は一滴も入っていない。後妻の前の嫁ぎ先での子供である。
伯爵家の血の入っていない連れ子がその家を継ぐことは、この国の法律上、まず不可能なのだが。
「……今日で無断欠席七日目かあ」
朝のホームルームでクラスの出席簿を眺めて、担任教師ロダンは溜め息をついた。
「先生、ヨシュアは今日も欠席ですか?」
「残念ながらそのようだ。おうちから連絡はないんだけどねえ」
リースト伯爵令息ヨシュアは、今年に入って父親が事故で急死し、混乱していることが知られている。
まだ学生で成人前だから急遽、父方の叔父が後見人となったが、亡父の後妻とその連れ子との関係がとにかく悪い。
最近では学園でも憔悴した様子を見せることが多かった。
担任のロダンは伯爵家を幾度か訪問していたのだが、不在だったり不調で寝込んでいるなどと応対した後妻に言われて、なかなかヨシュア本人に会えないでいた。
安否を確認したいのだが、強引に貴族家に押し入るわけにもいかない。
そこで担任は、同じクラスで元から仲の良い学級委員長のカズンを頼ってきた。
とはいえ、王弟ではあっても、まだ学生のカズンには大した権力がない。
父親の先王陛下に頼っても良かったが、ここは現役世代に相談するのがベストだろう。
「お兄ちゃま、学園のことで相談乗ってください」
王宮へ登城し、顔パス・フリーパスで国王陛下の執務室へ向かったカズンは、部屋の主にそう切り出した。
「カズン! 何でもお兄ちゃまに任せなさい!」
久し振りに顔を見る弟を、ぎゅううっとハグするのはアケロニア王国の現国王、テオドロスだ。
齢は六十を過ぎていて傍から見ると祖父と孫だが、異母兄弟ながら、れっきとした兄弟である。
年は大きく離れているが、ふたりとも同じ黒髪と黒い瞳、顔立ちはどちらも父親のヴァシレウスとよく似ている。
「ありがとうです。でもお兄ちゃま、話を聞く前にそんなこと言っちゃ駄目ですよ?」
「カズンだからいいのだ!」
書類仕事をほっぽり出して、溺愛する孫ほど年の離れた弟を連れて、応接室へと向かうのだった。
「なるほど、友人の伯爵令息の安否を確認したいのだね」
侍女に入れさせた紅茶を飲みながら、詳しく話を聞いた。
「はい。リースト伯爵家のことはお兄ちゃまたちも把握されてますよね?」
テオドロスは一緒に応接室へ来ていた、傍らに控えている宰相に確認を取った。
「ええ、伯爵が急死されてから家中が混乱して、貴族達の間でもきな臭い噂が流れていますね。後に残されたのが成人前の嫡子ひとりと、伯爵の後妻とその連れ子ですから、円滑な爵位継承が行われるかどうかの監視対象になっています」
しかもその後妻は男爵家出身の出戻り未亡人で、伯爵家に嫁ぐには元々の身分が低い。
だからこそ、“危ない”のだ。余計な野望を持たせないよう、公的な監視が必要だった。
「僕がリースト伯爵家に入れるように、手配してもらえないでしょうか?」
「それなら、父を亡くして心細かろうと心配する陛下からの労りの手紙を託された、というストーリーは如何でしょうか。本人に直接渡すよう王命を受けたと言えば、王印の入った手紙ですから来訪を拒否できないはずです」
それから執務室に戻った国王にすぐ王印入りの手紙を書いて貰い、そのままカズンはリースト伯爵家へ向かうことにした。
あえて先触れは出さないことにして、直接だ。
リースト伯爵家へ向かえば、タイミングの良いことに後妻とその連れ子の息子はお茶会に出かけていて留守だった。
カズンの訪問を受けて、王印の入った手紙を受け取った老執事は青ざめて、
「よ、ヨシュア坊ちゃまをどうかお助けください、王弟殿下……!」
と深く頭を下げて、カズンをヨシュアのいる部屋へと足早に案内した。
「執事さん、随分前に引退したんじゃなかったか?」
カズンはヨシュアやリースト伯爵家とは幼い頃からの付き合いだ。
今のリースト伯爵家は、親戚筋の者が家令を兼ねた執事長として家政を取り仕切っているはずだった。その執事長の姿が見えない。
カズンを案内してくれている彼は、先代の執事長の補佐だった人物だ。
「……新しく来られた奥様が、執事長を口うるさいからと厭うて領地へ追いやってしまったのです。ですが彼がいない分、屋敷の中が回らぬからと、引退していた私が引っ張り出されることになりました」
「……それは、それは」
由々しき事態ではないか。