「ウワーハハハハハ! たーのしーいっ!!!」
幼い頃のカズンには、魔力が10段階評価の最大値まであった。
魔力使いの最高峰である魔法魔術騎士団の団長ですら9だから、実質、当時のアケロニア王国内で最高の魔力を持っていたことになる。
その莫大な魔力を体力に変換して、カズンはいつも自由自在に離宮の敷地内を駆け回っていた。
あるとき、既に独り立ちしていたルシウスというヨシュアの叔父の家にふたりで遊びに行ったことがある。
その叔父から身体強化のコツを教わるなり、カズンは建物の外壁を走るようになった。
地面ではない。外壁だ。
レンガ造りの叔父の家の壁を平気で垂直に駆け登っていく様には、ヨシュアも唖然とさせられたものだ。
そのカズンはヨシュアにも同じことを要求した。
ここに至って、なぜ離宮を訪れるカズンの友人が、ヨシュアしかいないのかがわかる。
魔力量が多く、幼年の身ながら身体強化の術にも長けたリースト伯爵家のヨシュアぐらいしか、同年代でカズンについていける者がいなかったからだ。
「いっしょにはしりたいからヨシュアもおぼえて!」
と強請られて苦労して覚えた術が、学園の高等部に入学後、竜の襲撃時に生かされることになるのである。
もっとも、本人は幼い頃のそんな出来事も忘れて、危ないことはするなとヨシュアを叱りつけてくるのだから、笑ってしまう。
どうしてヴァシレウスが、いつもカズンを見つけるたび抱き上げていたのかの理由もわかった。
抱き上げるだけでなく、自分が行く場所に文字通り“持ち運んで”いた。
あれは、自分の子供だから抱いているのもあるのだろうが、ホールドしていないと、すぐ駆け回ってどこに行くかわからないからだろう。
(オレは彼の紐代わりだったんだろうなあ)
カズンと手を繋いで、あちこち駆け回るヨシュアを、周囲の大人たちはとても嬉しそうに見守っていたものだ。
カズンとヨシュアが初めて顔を合わせたのは、お互いが4歳のときが初顔合わせだ。
カズンが異母兄の国王テオドロスや王太女、ユーグレン王子に紹介された後のことになる。
そうしてカズンと親しくなった頃、国内最高峰の魔力を持つカズンこそが次期王太子になるとの噂が流れ始めた。
実際、父親の先王ヴァシレウスは老年期に至ってから儲けたカズンを、殊の外可愛がっていた。
ヴァシレウスの後に国王に即位したテオドロスは既に老年の域に入っていた。それに彼が立太子させた王女はあくまでも中継ぎで、早く次の世代に王太子の座を譲りたいと王太女自ら、常々公言していたということもある。
それを危惧したユーグレン王子派閥の貴族が独断で、カズンの魔力を封じ込める呪詛をかける事件が起こる。
その呪詛の原動力に使ったのが、カズンが親しく交友していた、リースト伯爵令息のヨシュアだった。
貴族は侍従に変装して離宮に入り込み、少しずつ先王夫妻やカズン、使用人たちと信頼関係を築いていった。
その中には、もちろん、たびたび離宮を訪れるヨシュアも含まれる。
そうして彼は言葉巧みにヨシュアを誘導して、カズンのためだからといって魔力を提供させた。
離宮の灯りに使う魔石に、魔力を少しだけくれないか、と言って。
呪詛に用いる魔導具の起動に使う魔石に、まだ幼かったヨシュアの魔力を馴染ませて利用したのだ。
離宮にもカズン自身にも、防御の術式や、護符などによるガードは完備されている。
その隙を掻い潜って呪詛を仕掛けた貴族は、よほど有能だったのだろう。
幸い、術者はすぐに判明し捕縛されたが、当人が自決したことで呪詛の解除が困難になってしまった。
そのユーグレン王子派の貴族の術者が仕掛けた呪詛は、対象者の魔力を封じる類の“魔法”だった。
これが魔法でなく魔術なら、術式を解析すれば解除の可能性があった。
魔法の場合、術者本人にしかわからない設定が多く、今回の呪詛も解析不能のままになってしまった。
魔法をかけた貴族以上の魔力があれば、カズンにかけられた魔力封印の魔法は解除できるはずだったが、やはり魔法の解析は難しい。
秘密裏に国内外の魔法使いや魔術師たちが集められたが、誰一人としてカズンの呪詛を解除できなかった。
王族のカズンには元々、術除けの魔術がかけられている。
下手に本人を害する魔法や魔術を使うと、術者に反作用が返るはずだった。
(その反作用の返る先にオレが設定されていた。そのために術者はオレの魔力を利用したのだろう)
そうしてヨシュアが負った術返しのペナルティが、ステータスの傷である幸運値1だ。
既に術者が自決してしまったためカズンの封じられた魔力を戻す術はなく、ヨシュアの最低値まで落ちた幸運値も1のまま戻らなくなってしまった。
それから、呪詛をかけられたカズンは高熱を出して、十日近く生死の境を彷徨った。
王族カズンの魔力封じに息子の魔力が使われたことを償うため、ヨシュアの父リースト伯爵カイルは、当時予定されていた侯爵への陞爵を辞退した。
彼はまた、当時は魔法魔術騎士団の副団長で次期団長候補だったが、それも辞退することを決めた。
騎士団を退団することだけは、上司の団長が許さなかった。代わりに副団長から、団長補佐官に降格となる。
カズンが呪詛の影響から立ち直り熱も下がると、本人の魔力値は2まで低下していた。
その上、高熱のダメージで、倒れる前後の記憶まで失ってしまった。
直後、カズンに異世界の日本で生きていた前世の記憶が戻り、本人どころか周囲の人間も大混乱に陥る。
ヨシュアが再びカズンに会う許可が降りたのは、カズンの容態が落ち着いた翌年、5歳になってからだった。
カズン本人は、ヨシュアと仲良く遊んでいた記憶を忘れていて、再会したときは「はじめまして」と挨拶された。
(あれは本当に泣くかと思った。本当は久し振りだねって言って笑ってほしかったんだ)
再会したとき、自分の記憶がカズンから失われていることを知った。
ヨシュアはてっきり彼との付き合いはこれっきりになるものと覚悟して、胸が塞がれるような思いでいたのだが。
ところが、カズンの両親も自分の父も、あえて自分たちを引き離そうとはしなかった。
再び、親しく交流することを許されたと知ったときは、本当に嬉しかった。
(オレのことを忘れてしまっても、また一から友達になれるなら些細なことだと思った)
だって、カズンの側にいたいのはヨシュアのほうなのだ。
カズンに記憶を取り戻してくれと頼むのは筋が違うと思った。
ならば、努力すべきはヨシュア。頑張るべきは己だった。
幼い頃のカズンには、魔力が10段階評価の最大値まであった。
魔力使いの最高峰である魔法魔術騎士団の団長ですら9だから、実質、当時のアケロニア王国内で最高の魔力を持っていたことになる。
その莫大な魔力を体力に変換して、カズンはいつも自由自在に離宮の敷地内を駆け回っていた。
あるとき、既に独り立ちしていたルシウスというヨシュアの叔父の家にふたりで遊びに行ったことがある。
その叔父から身体強化のコツを教わるなり、カズンは建物の外壁を走るようになった。
地面ではない。外壁だ。
レンガ造りの叔父の家の壁を平気で垂直に駆け登っていく様には、ヨシュアも唖然とさせられたものだ。
そのカズンはヨシュアにも同じことを要求した。
ここに至って、なぜ離宮を訪れるカズンの友人が、ヨシュアしかいないのかがわかる。
魔力量が多く、幼年の身ながら身体強化の術にも長けたリースト伯爵家のヨシュアぐらいしか、同年代でカズンについていける者がいなかったからだ。
「いっしょにはしりたいからヨシュアもおぼえて!」
と強請られて苦労して覚えた術が、学園の高等部に入学後、竜の襲撃時に生かされることになるのである。
もっとも、本人は幼い頃のそんな出来事も忘れて、危ないことはするなとヨシュアを叱りつけてくるのだから、笑ってしまう。
どうしてヴァシレウスが、いつもカズンを見つけるたび抱き上げていたのかの理由もわかった。
抱き上げるだけでなく、自分が行く場所に文字通り“持ち運んで”いた。
あれは、自分の子供だから抱いているのもあるのだろうが、ホールドしていないと、すぐ駆け回ってどこに行くかわからないからだろう。
(オレは彼の紐代わりだったんだろうなあ)
カズンと手を繋いで、あちこち駆け回るヨシュアを、周囲の大人たちはとても嬉しそうに見守っていたものだ。
カズンとヨシュアが初めて顔を合わせたのは、お互いが4歳のときが初顔合わせだ。
カズンが異母兄の国王テオドロスや王太女、ユーグレン王子に紹介された後のことになる。
そうしてカズンと親しくなった頃、国内最高峰の魔力を持つカズンこそが次期王太子になるとの噂が流れ始めた。
実際、父親の先王ヴァシレウスは老年期に至ってから儲けたカズンを、殊の外可愛がっていた。
ヴァシレウスの後に国王に即位したテオドロスは既に老年の域に入っていた。それに彼が立太子させた王女はあくまでも中継ぎで、早く次の世代に王太子の座を譲りたいと王太女自ら、常々公言していたということもある。
それを危惧したユーグレン王子派閥の貴族が独断で、カズンの魔力を封じ込める呪詛をかける事件が起こる。
その呪詛の原動力に使ったのが、カズンが親しく交友していた、リースト伯爵令息のヨシュアだった。
貴族は侍従に変装して離宮に入り込み、少しずつ先王夫妻やカズン、使用人たちと信頼関係を築いていった。
その中には、もちろん、たびたび離宮を訪れるヨシュアも含まれる。
そうして彼は言葉巧みにヨシュアを誘導して、カズンのためだからといって魔力を提供させた。
離宮の灯りに使う魔石に、魔力を少しだけくれないか、と言って。
呪詛に用いる魔導具の起動に使う魔石に、まだ幼かったヨシュアの魔力を馴染ませて利用したのだ。
離宮にもカズン自身にも、防御の術式や、護符などによるガードは完備されている。
その隙を掻い潜って呪詛を仕掛けた貴族は、よほど有能だったのだろう。
幸い、術者はすぐに判明し捕縛されたが、当人が自決したことで呪詛の解除が困難になってしまった。
そのユーグレン王子派の貴族の術者が仕掛けた呪詛は、対象者の魔力を封じる類の“魔法”だった。
これが魔法でなく魔術なら、術式を解析すれば解除の可能性があった。
魔法の場合、術者本人にしかわからない設定が多く、今回の呪詛も解析不能のままになってしまった。
魔法をかけた貴族以上の魔力があれば、カズンにかけられた魔力封印の魔法は解除できるはずだったが、やはり魔法の解析は難しい。
秘密裏に国内外の魔法使いや魔術師たちが集められたが、誰一人としてカズンの呪詛を解除できなかった。
王族のカズンには元々、術除けの魔術がかけられている。
下手に本人を害する魔法や魔術を使うと、術者に反作用が返るはずだった。
(その反作用の返る先にオレが設定されていた。そのために術者はオレの魔力を利用したのだろう)
そうしてヨシュアが負った術返しのペナルティが、ステータスの傷である幸運値1だ。
既に術者が自決してしまったためカズンの封じられた魔力を戻す術はなく、ヨシュアの最低値まで落ちた幸運値も1のまま戻らなくなってしまった。
それから、呪詛をかけられたカズンは高熱を出して、十日近く生死の境を彷徨った。
王族カズンの魔力封じに息子の魔力が使われたことを償うため、ヨシュアの父リースト伯爵カイルは、当時予定されていた侯爵への陞爵を辞退した。
彼はまた、当時は魔法魔術騎士団の副団長で次期団長候補だったが、それも辞退することを決めた。
騎士団を退団することだけは、上司の団長が許さなかった。代わりに副団長から、団長補佐官に降格となる。
カズンが呪詛の影響から立ち直り熱も下がると、本人の魔力値は2まで低下していた。
その上、高熱のダメージで、倒れる前後の記憶まで失ってしまった。
直後、カズンに異世界の日本で生きていた前世の記憶が戻り、本人どころか周囲の人間も大混乱に陥る。
ヨシュアが再びカズンに会う許可が降りたのは、カズンの容態が落ち着いた翌年、5歳になってからだった。
カズン本人は、ヨシュアと仲良く遊んでいた記憶を忘れていて、再会したときは「はじめまして」と挨拶された。
(あれは本当に泣くかと思った。本当は久し振りだねって言って笑ってほしかったんだ)
再会したとき、自分の記憶がカズンから失われていることを知った。
ヨシュアはてっきり彼との付き合いはこれっきりになるものと覚悟して、胸が塞がれるような思いでいたのだが。
ところが、カズンの両親も自分の父も、あえて自分たちを引き離そうとはしなかった。
再び、親しく交流することを許されたと知ったときは、本当に嬉しかった。
(オレのことを忘れてしまっても、また一から友達になれるなら些細なことだと思った)
だって、カズンの側にいたいのはヨシュアのほうなのだ。
カズンに記憶を取り戻してくれと頼むのは筋が違うと思った。
ならば、努力すべきはヨシュア。頑張るべきは己だった。