国王テオドロスから一連の説明を受けて、カズンたち同い年の三人は言葉を失った。

「ロットハーナ一族……歴史で習ってはおりましたが、まさかそのようなおぞましい術を使う者たちとは」

 何とか絶句して固まった状態から、ユーグレンが頭を振って気を取り戻した。

「民を虐げ搾取する愚王の一族としか習ってなかったですよね。その一族の者が今、この国にいる、と」

 カズンもまさか、という気持ちで黒縁眼鏡のブリッジを押し上げた。

 隣に座るヨシュアは、自分がカズンやユーグレンと一緒に呼ばれた理由にようやく納得した。
 リースト伯爵家に生まれたヨシュアも、貴族であるからには前王朝ロットハーナ一族のことは学んでいる。しかし表面的なことだけで、ここまで詳しくは知らなかった。
 手を挙げて国王に発言の許可を求める。

「ロットハーナの錬金術、“黄金錬成”も魔法であるからにはセーフティ設定があるはずです。生きたまま人間を黄金に変えるなど、通常では考えられないのですが」

 魔力使いとして一家言あるリースト伯爵の指摘に、国王テオドロスと先王ヴァシレウスは黒髪黒目のよく似た顔を見合わせた。
 説明のため口を開いたのは、ヴァシレウスだ。

「そこが、邪法を扱う邪道に落ちた一族と呼ばれる所以でな。倫理や道徳観念を持たぬがゆえに、元からあった錬金術を改変したと伝わっている」
「改変……ですか? しかし、そのようなことをすれば反作用としてのペナルティが」
「うむ……」

 今ひとつ意味がよくわからない。
 隣から腕に触れてきたカズンの意図を汲んで、ヨシュアはわかりやすく説明することにした。

「魔法は特に、悪徳的で有害な使い方ができないよう、最初の開発者がセーフティ設定を組み込んであるんです。例えば我がリースト伯爵家が使う魔法樹脂も、古の時代に最初にこの魔法を生み出した魔力使いによって使い方に制限がかけられています」

 試しに、とヨシュアは自分の右の拳に群青色の魔力を集中させた。
 すぐに魔力は光のモヤとなって、拳の周りに透明な樹脂を形作る。
 が、魔法樹脂はすぐに霧散して消え失せた。

「魔法樹脂の場合は、“意思を持つ生きた人間を封入することはできない”。これがセーフティ設定です。同じように、黄金錬成も“素材に生きた人間を用いることはできない”等のセーフティ設定がかけられているはずなのですが」

 リースト伯爵家の当主が死の直前に封入できるのは、仮死状態時に限るという条件と、当主が肉体に刻んでいる術式の保存という明確な目標があるためだ。

「生きた人間を封入できる仕様だと、見目良く珍しい人間を誘拐して観賞用に保存したり、敵対者を封入して無力化できたりしてしまいますから。そういう、俗悪な輩がやらかしそうな有害な使い方は最初からできないようになっているんです」

 と説明するヨシュア自身が、見る者を陶酔させる麗しの美貌の持ち主だ。説得力がある。

「セーフティ設定を出し抜く手段には、いくつか思い当たるものがあります。ですがそれも見越した上で、違反する使い方をした術者には反作用としてペナルティが下されるようになっています。文字通り“天罰”級のね」



 さて、ロットハーナが受けたペナルティとは如何なるものか。

「これまでの話を聞いて、見当が付くのではないか?」

 ヴァシレウスが若者三人の顔を一人ずつ見回す。

「邪道に堕ちる者は、良心を失うといいます。人道に背く行為を犯すことと、人の心を失うことは同義と言えるでしょう」

 ユーグレンの見解に、ヴァシレウスだけでなくテオドロスも満足そうに頷いた。

「然り。ロットハーナが失ったのは人の心であり、感情だ。ゆえに、常人なら良心が咎めて出来ぬことでも平気で行えるようになった」
「何という悪循環……」

 この場にいる者全員が嫌悪感で顔を顰めている。



「……ロットハーナは何が目的でこの国へやってきたのでしょうか?」

 カズンの問いかけに、わからない、とテオドロスは首を振った。

「再び、アケロニア王国の覇権を奪うつもり、とか」
「それもわからん。現時点でロットハーナの邪法の影響が確認できているものは、すべて術の跡があるだけで、術者本人を誰も見ていないからな」

 隷属魔法に関しては、リースト伯爵家で前当主の後妻と連れ子が持っていたものと、先日のドマ伯爵令息ナイサーの事件で彼が持っていた魔導具の効果が共通だった。

 だがやはり問題は、多量の血痕を残して消えたドマ伯爵令息ナイサーと、その取り巻き二人だろう。
 死の寸前まで苦痛を与えられ、息絶える直前に黄金に変えられているのなら、亡骸は消えたのではなく“使われた”とするのが正しいということか。

 ロットハーナの件は、親しい者には内密にすることを条件に伝えてもいいと言われる。
 今同年代で親しい者は、学園の生徒だ。カズンはライルとグレンにも、後日伝えることを決めた。



「現状では王太女主導で騎士団が調査に当たっているが、……ユーグレン、カズン。若い王族であるお前たち二人が狙われる可能性は高い。そのため緊急招集をかけた」

 王子のユーグレンには専属護衛がいるが、カズンにはまだいなかった。
 そもそも、このアケロニア王国の王都は比較的安全な地域だし、カズンは移動も馬車がほとんどで、単独で出歩くこともない。大半の外出には幼馴染みのヨシュアが伴う。

 ロットハーナを警戒して、王弟カズンにも護衛を付けることが決定されたと、国王テオドロスが告げる。

「リースト伯爵ヨシュア。魔法剣士にして竜殺しの称号持ちである貴殿を見込んで、王弟カズン・アルトレイの護衛騎士に任命する」
「謹んで拝命致します」

 どうやら、こちらの用件が本命だったらしい。
 驚いているカズンに、ソファから立ち上がってヨシュアはその場で跪き、手を取って甲に口づけ、忠誠を示した。

 そのときヨシュアが浮かべた満面の笑みの美しさに、誰もが見惚れた。

「何でそんなに嬉しそうなんだ? 面倒を押し付けられたんだぞ?」
「嬉しいですとも。堂々とカズン様のお側にいられる権利を獲得したんですから」
「そう……なのか?」
「ええ。そろそろ、幼馴染みというだけで侍り続けるのも厳しくなっていて。周りからも色々忠告されてましたし」

 あら無粋、とそれまで口を挟むことのなかったカズンの母セシリアが思わずといったように呟く。

「これからは遊び友達や学友という以外にも、ご一緒致しますね」

 この上ない至福の表情を浮かべるヨシュアに、やっぱりな、とユーグレンは内心で肩を落とした。

(結局、最初から彼は自分の心を決めていたということか)

 もうとっくに、ヨシュアは己の仕える相手を選んでいたのだ。

 ユーグレンのほのかな期待が打ち砕かれた瞬間であった。