後日、事件の関係者たちとドマ伯爵らとの話し合いを行った。

 立会人は王弟カズン、ホーライル侯爵の二名。カズンは未成年のため、進行はホーライル侯爵主導で行われる。

 加害者側は、ナイサーの父親であるドマ伯爵、ナイサーの取り巻き二人の両親の子爵、男爵の三名。
 加害者本人の子息二人は、被害者たちの心情を慮って不参加にさせている。というより、既に去勢手術を制裁として受けているため、ダメージでしばらく動けない状態にある。

 被害者側は、グレンの他、暴行を受けた男子生徒一人、性的暴行を受けた女生徒や学園外の女性の五人の計七名。
 実際はこの倍以上の人数がいるが、話し合いに参加を希望したのは七名に留まった。
 うち一人は子爵令嬢で、車椅子に座って虚な目をしている。車椅子を押している年上の男性は騎士団の制服を身に纏っていた。

 グレン側の証拠品として、透明な魔術樹脂に封入された学園女生徒の制服が出された。
 魔法魔術騎士団の術者に封入してもらったもので、制服の破損や汚れがよくわかるよう立体的に封入され台座に据えられている。



「この度は愚息が大変申し訳ないことをした。心から謝罪する。慰謝料は一人につき大金貨100枚(約2000万円)を支払う。ドマ伯爵家に示せる誠意だ」

 話し合いの開始直後、恰幅の良い中年のドマ伯爵が立ち上がり、被害者たちに深く頭を下げた後でそう提示した。
 逆にいえばそれ以上は払えない、という意思表示だ。
 子爵家からは大金貨30枚(約600万円)。男爵家からは20枚(約400万円)を支払うと申し出があった。
 性的暴行事件の示談金に相場はない。だが各家から提示された金額は、それぞれの家の経済力を考慮して出せるギリギリといったところだろう。
 合計で一人当たり大金貨150枚(約3000万円)。平民にとってはもちろん、貴族にとっても決して少ない金額ではない。

「合計、大金貨150枚。これで手打ちとするかね?」

 立会人の一人であるホーライル侯爵が被害者一同に確認する。
 今回、被害者たちは性的暴行に加え、暴力行為で肉体的にも少なからず負傷させられている。この場に参加した者だけでも、一人は足を折られ、もう一人は腕にヒビが入った。顔に跡が残る傷を作った令嬢もいる。

 そして一番の大怪我を負ったのが、車椅子に座る子爵令嬢だ。彼女は学園の3年生。ナイサーと同学年である。
 ナイサーらに暴行される際に強く暴れて抵抗したことから、足の脛部分が折れ、股関節にも重大な障害が残った。
 被害に遭ってから半年以上経過していると聞くが、いまだ彼女は自力で立ち上がることもできない。

 示談決裂で裁判に持ち込めば、更に慰謝料の金額を釣り上げることもできる。
 だが、事件を表沙汰にするということは、加害者だけでなく、被害者の名誉にも傷が付くということだ。
 それは誰も望まなかった。

 大金貨150枚。
 心にも身体にも消えない傷を負った代償の金額だった。



「すいません。ひとつだけ、いいですか」

 グレン自身は慰謝料の金額に文句は付けなかった。といって喜んだ様子も見せなかったが。
 その代わり、ひとつだけ子爵、男爵ら加害者の親たちに条件を付けた。

「彼らをお家から除籍して放逐するのだけは、やめてください。犯罪者を出した責任を取って、当主の管理下に置くよう希望します」

 つまり、犯罪の加害者本人を追放してそれで終わりにはさせるなと。
 これには他の被害者と家族らも同意し、示談の契約書に盛り込まれることとなる。

 示談は、ホーライル侯爵家の顧問弁護士がアケロニア王国の法律に基づいて書類を作成し、別途依頼された法務局所属の魔術師が契約魔術を関係者一同に施して成立、完了する。
 契約書類には、まず事件の加害者のドマ伯爵令息ナイサーと取り巻きだった子爵令息、男爵令息の犯行内容と処罰が記載される。
 次に、被害者たちとの話し合いの結果決まった慰謝料の金額と、支払い方法、支払い期限の記載。
 最後に、示談成立により、被害者側は加害者側を以降は裁判で訴えず、また無関係な第三者に事件内容を伝達不可にする魔術契約を結ぶこととの記載。

 被害者、加害者双方の代表者が契約書の最後にサインをし、立会人、弁護士、契約魔術を執行する魔術師のサインを入れて完了となる。

 以降、契約内容に違反する行為を侵せば、契約魔術を行使した魔術師に自動的に違反内容が伝達されることになる。
 その際は設定された慰謝料に三割増しの違反金を支払う義務が生じる。



 これでドマ伯爵令息ナイサーが引き起こした事件は、ひとまずの終息を見た。

 と関係者の誰もが一息ついていたところで、話し合いのとき車椅子に座っていた子爵令嬢が自殺した。
 間を置かず、それぞれ王都のタウンハウスで謹慎していたはずのナイサーの取り巻きだった男子生徒二人が、何者かに襲われ殺害されたとの報せが入る。
 犯人は被害者の子爵令嬢の婚約者。話し合いのとき、子爵令嬢の車椅子を押していた青年だ。
 騎士団員だった彼は、話し合いの後で騎士団に辞表を提出して、実家の子爵家から除籍されていたことが判明する。加害者二人の殺害の余波が実家に及ばぬよう、事前に準備していたものと思われる。

 これらは、一連の経緯を記した手紙が、彼が宿を取っていた王都内の外れの宿屋の部屋から発見され、犯人が明らかとなった。

 手紙には、最愛の婚約者を辱めた男たちを許すことができないこと。
 子爵令嬢が死を選ぶ前に止められなかったことの自責の念。
 協力者を得て、これから取り巻きの貴族令息二人の息の根を止めに行くことなどが、端的に書かれていた。

 そして犯行を行った青年は、婚約者だった子爵令嬢の墓の前で毒を飲み事切れているところを発見された。

 取り巻きの令息二人は、それぞれの家で見張りを付けられ部屋に閉じ込められていたはずだが、いつの間にか部屋の中から消えていた。
 大量の、致死量間違いなしの血痕だけを残して。

 そう、ドマ伯爵令息ナイサーと同じ手口で殺され、遺体だけが盗まれたことになる。