エルフィン学園長は伯爵だが、領地運営は家臣に任せており、学期中は学園の職員寮に住んでいる。

「ま、楽にして頂戴」

 リビングに通され、ソファに座ってしばらく待っていると、キッチンからエルフィンと彼付きの執事が軽食を持ってきた。
 料理だけリビングのテーブルに置かせて執事には席を外させる。

「簡単なもので悪いけど、お腹空いてるでしょ。食べながら話を聞いてくれる?」

 エルフィンが用意してくれたのは、玉子サラダのサンドイッチとミルクで伸ばした缶詰の濃縮スープだった。スープは手に取って食べやすいようマグカップに入れられ、スプーンが添えられている。
 もう日も暮れて、時刻は夜だ。言われてみれば街中を疾走してきて、グレンもライルもかなり空腹だった。自覚するとますます腹が減ってくる。

「お。これうちの領地の缶詰じゃん」

 アサリの剥き身と細かく刻んだ玉ねぎ、ジャガイモなどがホワイトソースベースで煮込まれた、クラムチャウダー系のミルクスープだ。

 アサリなどの二枚貝は、漁港のあるホーライル侯爵領の名産品のひとつだった。
 濃いめの味付けで濃縮された缶詰で、材料が新鮮なうちに加工されていてミルクや好みのスープベースで伸ばして加熱すればすぐ食べられることから、アケロニア王国では貴賤を問わず一般に普及している。

「ホーライル侯爵領産の貝入りのやつ好きなのよう。お気に入りの缶開けたの、食べてね」

 しばし、エルフィンも一緒になってサンドイッチとミルクスープを黙々と食す。
 缶詰スープは品質の安定したおいしさだし、サンドイッチに挟まれた玉子サラダがまたものすごく美味い。

「このサンドイッチ美味しいでしょ。カズン君がコツを教えてくれたの、茹で卵とマヨネーズに、ちょっとだけ辛子入れると味が引き締まるんですって。塩胡椒やハーブ入れるならともかく、その発想はなかったわー」



 それで、どんな説教が来るかと身構えていたグレンとライルだったが。

「まあ、何でこんな時間に学園にいたのかは聞かないわ。ちょうど二人に話したいことがあったから、来てもらったの」

 食事がひと段落ついた頃を見計らって、キッチンから執事が食後のお茶を入れに来た。
 また執事が下がった後で、エルフィンがそう切り出してきた。

「多分もう大丈夫だとは思うんだけどね。ドマ伯爵令息ナイサーの関係者が、まだ学園内にいるかもしれないの。彼が騎士団に拘束されたことで、逆恨みする奴らが出ないとも限らないのよね」
「あの野郎、ほんと後引きやがるな」
「まったくだわ。学園側もその都度対処してきたつもりだけど、困ったものよ」

 白くしなやかな指先が、ティーカップの持ち手を掴む。

「でね。ライル君なら自分のことは自分で守れるでしょ。グレン君はどう?」
「……ボクも最低限の身体強化は使えます。でもボクより魔力の強い大柄な相手に来られると、ちょっと」
「そうよね。それで、提案なんだけど」

 しばらくの間、ライルにはグレンの護衛をするようエルフィンは提案してきた。

「もちろん学年が違うし、校内にいる間、できる範囲だけでいいの。でも高位貴族のライル君が近くにいれば、色々と牽制になるから。ね? お願い」

 お願い、と言いながら実質命令なのは明らかだった。
 グレンとライルは互いに顔を見合わせ、しかしグレンの方からすぐに顔を逸らされた。

「護衛なんて、」
「わかった。このライル・ホーライル、責任を持ってブルー男爵令息グレンの護衛を務める」

 護衛なんて不要だ、と言いかけたグレンの台詞に被せて、ライルが勝手に請け負ってしまった。



 それから学園長の部屋を辞して、グレンはライルに自宅まで送られることになった。
 王都の大通りを徒歩で。

「ヨシュア先輩のこと、部屋に置いてきちゃったんです。怒ってるかなあ」
「ん? あいつなら平気だろ。ヨシュアもお前のこと心配してたんだ。カズンもな」
「……はい」

 ブルー男爵の商会まで戻ると受付には妹のカレンがいて、既にヨシュアは帰宅した後だという。
 妹の様子がどこかぎこちない。

(あ、これひょっとして、ライル先輩だけじゃなくてカレンにも聞かれてたやつ……?)

 隠しておきたかったが、カレンに知られたということは仲の良い両親にも筒抜けだろう。
 余計な心配をかけたくなかったが、どうにも上手くいかないものだとグレンは嘆息するのだった。