「昨日は大変迷惑をかけた! 済まなかった!」



 朝のホームルームで、クラスの担任に許可を得て、開口一番そう謝罪した男子生徒がいた。

 学級委員長カズンの所属する3年A組にホーライル侯爵令息ライルがやってきて、昨日教室を騒がせたことを謝罪しに来たのだ。

 本来、三枚目寄りだが男臭く整っていたはずのその顔は赤くパンパンに腫れ、ところどころ青黒いアザになっている。

 ああ、父親の侯爵に殴られたんですね、と誰もが思った。
 ホーライル侯爵は現役の騎士団の副団長だ。剣の腕だけでなく腕っぷしが強いことでも知られている。

 婚約者だったシルドット侯爵令嬢ロザマリアとの婚約は、もちろん破棄だ。
 当然ながら、ホーライル侯爵令息ライル側の有責で既に話が進んでいた。

 クラスメイトたちの視線を受けて、ロザマリア嬢は慎ましげに苦笑している。



 ハニートラップ犯のアナ・ペイルは窃盗犯として国から指名手配されることになったという。

 本人を見かけたらホーライル侯爵家か騎士団本部に知らせて欲しいと言って、ライルはもう一度深く頭を下げて去って行った。



 昼休みになって、改めてカズンに謝罪と世話になった礼をしに来たライルと、話しがてら昼食を共にすることになった。

 朝は真っ赤に腫れていたライルの顔も、治癒魔法が得意な者に治して貰ったようで、ほぼ元通りになっていた。
 昨日の今日で、さすがにいつもの目立つ赤茶の髪もどことなく艶がない。

「その様子だと、昨日は侯爵閣下に絞られたようだな」
「ああ……うっかり、亡くなった母上がお花畑で微笑んでる光景が見えたぜ」
「関係各所に迷惑をかけまくったが、君が五体満足で無事だったことは幸いだ」
「……まあ、それは親父にも言われた」

 会話しながら、食堂の注文カウンターで特別メニューを注文するカズン。
 出てきた料理をトレーに乗せて、カズンは嬉しそうに席に着いた。

「ん?」

 ふと、自分の定番のランチ定食と比べたライルは、カズンのトレー上の料理に驚愕した。

「お、お前、それって……!」
「ん? ああ、これはラーメンという麺料理だ。この国になかった料理だが、家庭科の先生と食堂の料理人の皆さんの協力を得て研究してきて、ようやく形になってきてな。安定して調理できるようになったら食堂のメニューに入れて貰おうと思ってる」
「……醤油だけか?」
「んん?」

 何やら意味深な問いかけだ。

「俺はラーメンなら味噌派なんだ」

 生憎とこの学園のあるアケロニア王国に、味噌なる調味料は存在しない。あるかもしれないが、一般的ではないはずだ。

 ず、と麺を一口啜ってから、カズンは湯気で曇った眼鏡を無言で外して、口を開いた。

「……ラーメンはどこの国発祥の料理か知ってるか?」
「中国だろ。でも現地とは違う独自の発展を日本でしたんだよな」

 中国も日本も、この世界にはない国名だ。

「……ラーメンには醤油味、味噌味の他に何がある?」
「俺が知ってるのは、塩味、海老出汁、鯛とかの海鮮出汁、あと豚骨や担々麺なんかもあるな!」

「……麺は何麺が好きだ?」
「俺は断然太麺だぜ。食い応えのある感じが好きでさ」
「……そうか。僕は佐野ラーメン系の幅広の縮れ麺派だ」

 おっといけない、麺が伸びてしまう。
 とりあえず麺とあらかたの具、スープまで美味しく飲み干して、カズンはライルをじっと見つめた。

「………………おまえ、転生者か」
「おう。お前もなー」

 がし、とフィストバンプで男ふたりの拳が合わさった。同士。

「俺もラーメン食っていいか? 醤油も味噌の次に好きなんだ」
「良かろう。存分に食すがいい。カズンの許可を得たと注文カウンターで言えば出してくれるぞ」
「おっけー、行ってくる!」

 思わぬところで異世界転生仲間、ゲットである。



 ちなみに後日、ライルのホーライル侯爵家から盗まれた貴重品や装飾品は、送り主不明で送り返されてきたらしい。

 どうやら、アナ・ペイル嬢なる女は、貴族令息を鴨にした愉快犯の一種ではないか、とのことである。

 ホーライル侯爵令息ライルによる婚約破棄事件は、ひとまずこれで終息となった。



 と、ここまでが、王弟にして学級委員長カズンが、自分と同じ異世界転生の友人ライルを得るまでの経緯である。