「はーい、ソーセージとサラミのピザお待ち! どっちもブルー男爵領の名産品ですよ! カプレーゼと温野菜サラダも持ってきました、野菜も少しは食べなきゃね!」
器用に何枚も皿を持って、カレンが戻ってきた。
「えーと。それでどこまで話しましたっけ?」
「もっと活躍できる異世界に行きたいと思ってた、ってところまで」
「あ、そうそう、それ!」
小型のトングでピザやトマトとモッツァレラチーズ、バジルと思しき生ハーブの載ったカプレーゼなどを取り皿に分けてくれながら、カレンは大きく頷いた。
「今の人生、どう考えても前世でできなかったことの取り返しなんですよ。だって前世じゃあれだけ苦労して沢山勉強したのに、自分の知識や能力なんて全然活かせなかった。でも今は違う。やりたいと思ったことが、結構ストレートにそのまま実現しやすいっていうか」
「魔導具開発のことか?」
「そ。魔法使いじゃなくて、魔術師として魔導具開発するようになったところに、あたしの場合は前世の影響を感じるかなあ」
「魔法はイメージする力があればいいが、魔術は魔力の働く道筋を一から設計せねばならないものな。そういうところだろ?」
「ご名答、その通り! 魔法を使いこなせるほど魔力がないっていうのもあるんだけど。……まあ、魔導具作るのが、そのまま前世で勉強してた量子工学と一緒かっていえば、全然違うんですけどね」
カレンが言うには、前世で実力を発揮できなかった悔しさを、転生した今の人生で全力で晴らしているような感じだという。
生まれた家が、ぱっとしない商会持ちの弱小男爵家だったのも良かったと考えている。
活気のある家や商会でなかったからこそ、まだ子供だったカレンのアイデアが採用される余地があった。
だがカズンにしてみれば、自分の今の人生がカレンが言うほど実力発揮できているとは、とてもじゃないが思えなかった。
(どう見ても僕はヨシュアやユーグレンの“背景モブ”だ。比べようとすると悲しくなる)
そこで、カズンも自分の前世を掻い摘んで話して見せた。そういえば、最初に彼女たちブルー男爵家の家族がアルトレイ女大公家にやって来たときには、互いに転生者としか明かしていなかった。
簡単に前世のことをまとめたカズンの話を黙って聞いていたカレンは、ソーセージのピザを一切れ口に運んでゆっくり咀嚼しながら、何か考え込んでいるようだった。
「まだ高校入ってちょっと経ったぐらいで亡くなったってことなんですね。じゃあ、まだ未来に希望を感じつつも、何をどうしたいなんて進路も考えてなかったと」
「そうなる」
「で、転生したら王族の一員。しかもめっちゃサラブレッド。その環境に生まれなきゃできなかった何かがあるってことだと思いますよ」
本当なら、こんな気安い口を聞けるお人ではないですよね、とカレンが言う。
「確かに僕は王族だが、まだ未成年だし何の爵位や役職もなければ、叙勲を受けたわけでもない。ただの学生さ」
「ふふ。カズン様のそういう偉ぶらないとこ、いいなあ。あんまり自覚がないのかもだけど、カズン様が王族だからこそ、介入してくれたお陰であたしたちブルー男爵家は救われたわけだし」
それは確かに、と自分でも思った。
たとえば、ドマ伯爵令息ナイサーの被害に遭って苦悩していたカレンの兄グレンが、カズンに会わないまま生徒会長のユーグレン王子を頼っていたらどうなっていただろう。
実際、グレンが生徒会室を訪れようとした日、ユーグレンは既に下校して生徒会室にはいなかった。
残っていた生徒会の役員たちに相談していただろうか?
あるいは、意外と面倒見のいい学園長のエルフィンを頼ることになったか?
そもそも、ナイサーは狙っていたシルドット侯爵令嬢ロザマリアに日々詰め寄り、いつ手を出してもおかしくない危険な状態にあった。
あの日、放課後の階段でカズンとぶつかったからこそ、グレンは最終的にお咎めなしで問題解決まで至ることができたといえる。
「いま一気に考えなくてもいいと思いますよ。あたしで良ければいつでも話、聞きますし。あたし、放課後から日が暮れる頃までなら王都のブルー商会の本部で受付やってるから、その頃来てくれてもいいし、お手紙くれてもいいし」
「……そうだな。まずは頭の中を整理して、手紙を書くよ。ありがとう、カレン嬢」
「どういたしまして! あ、手紙ならついでに、ヨシュア様とユーグレン殿下のご様子も知りたいなあ、なんて……」
ここで腐女子を出してきたかー! と苦笑する。
「BLっぽさはそんなにないぞ? 何せ殿下はヨシュア教の教祖みたいな奴だし」
「え。まさかのヘタレ攻め!?」
「いや、殿下が攻め……かどうかもまだわからないが」
攻めって何だっけ? と思うがいまいち思い出せない。
ともあれ、ユーグレンもヨシュアを一方的に信奉するだけで、いまだにちっともアクションを起こせていなかった。
差し障りのない表現でそう教えてやると、カレンはその薔薇色の頬に手を当てて、気の毒そうな溜め息をついた。
「人生なんていつ終わるかわからないのにね。後悔しないよう生きたいわ」
それはそれは、ユーグレン本人に聞かせてやりたい重みのある言葉を頂戴したのだった。
なお、カレンが前世の日本で亡くなったときの享年は32歳だという。彼女は今の世界での人生も含めて、カズンよりずっと人生経験が豊富なのだ。
カズンたち学生組の夕食が終わった頃、ヴァシレウスがブルー男爵と戻ってきた。
いつもは泰然としたヴァシレウスの顔つきはどこか厳しい。傍らのブルー男爵も緊張した様子だった。
「お父様、ご用事は終わりましたか?」
「ああ。お前たちを放ってしまって済まなかった。今日潜ったダンジョンの件で少しな。あそこから一番近い領地はここだから、ブルー男爵にも話を通しておかねばならなくて」
「そうでしたか」
とは言うものの、何がどうなっているか具体的なことはよくわからない。必要があれば後から話してくれるだろう。
今日はひとまず解散し、グレンはこのままブルー男爵邸に残るようだ。
カズンたちは同じ馬車で王都に戻ることになる。
玄関前までブルー男爵やグレン、カレンらが見送りに出てくれ、ヴァシレウスが代表して最後の挨拶をしているとき。
ライルが不審な動きをしていたと思ったら、こっそりカレンを手招きして、こんなことを訊いていた。
「あ、あのさ、カレンちゃんって彼氏いる?」
「もちろんいますともー! 学園の中等部の後輩でね、すっごく可愛いんですよ!」
「ま、まさかの年下彼氏!? そ、そっか……仲良くな」
「当然です! ラブラブですから!」
速攻失恋していて、一同笑いを噛み殺すのに苦労したのだった。
器用に何枚も皿を持って、カレンが戻ってきた。
「えーと。それでどこまで話しましたっけ?」
「もっと活躍できる異世界に行きたいと思ってた、ってところまで」
「あ、そうそう、それ!」
小型のトングでピザやトマトとモッツァレラチーズ、バジルと思しき生ハーブの載ったカプレーゼなどを取り皿に分けてくれながら、カレンは大きく頷いた。
「今の人生、どう考えても前世でできなかったことの取り返しなんですよ。だって前世じゃあれだけ苦労して沢山勉強したのに、自分の知識や能力なんて全然活かせなかった。でも今は違う。やりたいと思ったことが、結構ストレートにそのまま実現しやすいっていうか」
「魔導具開発のことか?」
「そ。魔法使いじゃなくて、魔術師として魔導具開発するようになったところに、あたしの場合は前世の影響を感じるかなあ」
「魔法はイメージする力があればいいが、魔術は魔力の働く道筋を一から設計せねばならないものな。そういうところだろ?」
「ご名答、その通り! 魔法を使いこなせるほど魔力がないっていうのもあるんだけど。……まあ、魔導具作るのが、そのまま前世で勉強してた量子工学と一緒かっていえば、全然違うんですけどね」
カレンが言うには、前世で実力を発揮できなかった悔しさを、転生した今の人生で全力で晴らしているような感じだという。
生まれた家が、ぱっとしない商会持ちの弱小男爵家だったのも良かったと考えている。
活気のある家や商会でなかったからこそ、まだ子供だったカレンのアイデアが採用される余地があった。
だがカズンにしてみれば、自分の今の人生がカレンが言うほど実力発揮できているとは、とてもじゃないが思えなかった。
(どう見ても僕はヨシュアやユーグレンの“背景モブ”だ。比べようとすると悲しくなる)
そこで、カズンも自分の前世を掻い摘んで話して見せた。そういえば、最初に彼女たちブルー男爵家の家族がアルトレイ女大公家にやって来たときには、互いに転生者としか明かしていなかった。
簡単に前世のことをまとめたカズンの話を黙って聞いていたカレンは、ソーセージのピザを一切れ口に運んでゆっくり咀嚼しながら、何か考え込んでいるようだった。
「まだ高校入ってちょっと経ったぐらいで亡くなったってことなんですね。じゃあ、まだ未来に希望を感じつつも、何をどうしたいなんて進路も考えてなかったと」
「そうなる」
「で、転生したら王族の一員。しかもめっちゃサラブレッド。その環境に生まれなきゃできなかった何かがあるってことだと思いますよ」
本当なら、こんな気安い口を聞けるお人ではないですよね、とカレンが言う。
「確かに僕は王族だが、まだ未成年だし何の爵位や役職もなければ、叙勲を受けたわけでもない。ただの学生さ」
「ふふ。カズン様のそういう偉ぶらないとこ、いいなあ。あんまり自覚がないのかもだけど、カズン様が王族だからこそ、介入してくれたお陰であたしたちブルー男爵家は救われたわけだし」
それは確かに、と自分でも思った。
たとえば、ドマ伯爵令息ナイサーの被害に遭って苦悩していたカレンの兄グレンが、カズンに会わないまま生徒会長のユーグレン王子を頼っていたらどうなっていただろう。
実際、グレンが生徒会室を訪れようとした日、ユーグレンは既に下校して生徒会室にはいなかった。
残っていた生徒会の役員たちに相談していただろうか?
あるいは、意外と面倒見のいい学園長のエルフィンを頼ることになったか?
そもそも、ナイサーは狙っていたシルドット侯爵令嬢ロザマリアに日々詰め寄り、いつ手を出してもおかしくない危険な状態にあった。
あの日、放課後の階段でカズンとぶつかったからこそ、グレンは最終的にお咎めなしで問題解決まで至ることができたといえる。
「いま一気に考えなくてもいいと思いますよ。あたしで良ければいつでも話、聞きますし。あたし、放課後から日が暮れる頃までなら王都のブルー商会の本部で受付やってるから、その頃来てくれてもいいし、お手紙くれてもいいし」
「……そうだな。まずは頭の中を整理して、手紙を書くよ。ありがとう、カレン嬢」
「どういたしまして! あ、手紙ならついでに、ヨシュア様とユーグレン殿下のご様子も知りたいなあ、なんて……」
ここで腐女子を出してきたかー! と苦笑する。
「BLっぽさはそんなにないぞ? 何せ殿下はヨシュア教の教祖みたいな奴だし」
「え。まさかのヘタレ攻め!?」
「いや、殿下が攻め……かどうかもまだわからないが」
攻めって何だっけ? と思うがいまいち思い出せない。
ともあれ、ユーグレンもヨシュアを一方的に信奉するだけで、いまだにちっともアクションを起こせていなかった。
差し障りのない表現でそう教えてやると、カレンはその薔薇色の頬に手を当てて、気の毒そうな溜め息をついた。
「人生なんていつ終わるかわからないのにね。後悔しないよう生きたいわ」
それはそれは、ユーグレン本人に聞かせてやりたい重みのある言葉を頂戴したのだった。
なお、カレンが前世の日本で亡くなったときの享年は32歳だという。彼女は今の世界での人生も含めて、カズンよりずっと人生経験が豊富なのだ。
カズンたち学生組の夕食が終わった頃、ヴァシレウスがブルー男爵と戻ってきた。
いつもは泰然としたヴァシレウスの顔つきはどこか厳しい。傍らのブルー男爵も緊張した様子だった。
「お父様、ご用事は終わりましたか?」
「ああ。お前たちを放ってしまって済まなかった。今日潜ったダンジョンの件で少しな。あそこから一番近い領地はここだから、ブルー男爵にも話を通しておかねばならなくて」
「そうでしたか」
とは言うものの、何がどうなっているか具体的なことはよくわからない。必要があれば後から話してくれるだろう。
今日はひとまず解散し、グレンはこのままブルー男爵邸に残るようだ。
カズンたちは同じ馬車で王都に戻ることになる。
玄関前までブルー男爵やグレン、カレンらが見送りに出てくれ、ヴァシレウスが代表して最後の挨拶をしているとき。
ライルが不審な動きをしていたと思ったら、こっそりカレンを手招きして、こんなことを訊いていた。
「あ、あのさ、カレンちゃんって彼氏いる?」
「もちろんいますともー! 学園の中等部の後輩でね、すっごく可愛いんですよ!」
「ま、まさかの年下彼氏!? そ、そっか……仲良くな」
「当然です! ラブラブですから!」
速攻失恋していて、一同笑いを噛み殺すのに苦労したのだった。