「カズン様も前世は日本だったのよね。亡くなったのは平成?」
「ああ。高校に入った年で十代半ばだったし、元号が変わる気配もまだなかった」
「へえ。じゃあ、次の令和やその次は知らないんだ。次の天皇になったの、プリンセスかプリンス、どっちか知りたい?」
「いや……それは謎のままにしておこう」

 それより、カズンには気になることがあった。

「カレン嬢。君は、その……」
「どんなふうに死んだかって?」
「……差し支えなければ教えてもらえないか」

 死ぬときの思念が、この世界に生まれ変わった境遇を多少なりとも左右しているように思える。
 そう伝えると、カレンは少しだけ考えるような真面目な顔付きになった。

「カズン様。多分、この世界は全力を出せる世界よ。あたしはそう思ってる」
「『全力を出せる』?」
「そ。あたし、日本にいたときは自分の頭を押さえつける、すごく強い圧力を感じてた。日本なんて島国の、南の更に小さな石垣島なんて狭い島で、何やるにも周りがうるさいの」
「………………」
「せめて沖縄本島に出たかった。けどうちは貧乏だったし、学校も島内しか行けなかったのよね」

 それでも高校時代は島内のチェーン店系スーパーでのアルバイトに明け暮れて、海外渡航の費用を稼いだ。
 何とかラジオ英会話を足掛かりに基本的な英会話を学び、高校のネイティヴの英語教師の協力もあって大学は海外に進学できたのだ。

「海外に出ると、日本の良くないところが外側からよく見えるんだ。学生のアルバイト一つ取っても、時給めっちゃくちゃ安かったし。石垣島なんてスーパーの時給830円よ? 平成から上がっても10円単位とか舐めてない? アメリカじゃ最低でも時給2000円はあったっつーの!」
「……僕のときは東京で高校生850円だったな……未成年の学生だから大人より100円安かった」
「そこからしておかしいのよ。労働内容同じなのに何で時給下げるんだっての!」

 海外に出てから、アメリカから始まって欧米諸国、アジア、中東と行けるだけ行きまくったという。

「だけど途中で、大きな戦争が起こって日本に帰国したの。石垣島には戻らないで、伝手を辿って関西のほうで就職してね。理系のAI開発してる国内大手。アメリカじゃ量子工学専攻してたからそれ関連」
「君は凄かったんだな。今でも充分凄いと思うが」

 カズンなど、地元の徒歩十数分のところにある公立高校だった。まだ進路も何も定めていない高校生のうちに死んだから、もちろん大学進学や就職なども経験していない。

 量子工学も、カズンからしたら別世界の分野だ。カズンのいた時代では量子といえば、あと数十年たてば今のパソコンとは次元の違う処理能力を持った量子コンピューターが出てくるようになる、とたまにメディアで報道されていた程度しか知らない。

「そう思うでしょ? まあ経歴だけ語るとそういうインテリ女子っぽい印象受けるのは当然だと思うのよ。でも日本で就職したのが間違いだったわ。まず帰国子女ってところで生意気だと言われる」
「……それは」

 カズンが日本人だった頃も、そういう事例はよく見聞きしていた。

「女だからって、舐められる。勤務年数が少ないうちは、重要案件には触らせてもくれない。新人の女社員なんだからお茶入れろとか言われてビックリしたわ、アメリカなら大学で学んだことそのまますぐ活かせる職場に就職、が当たり前だって聞いてたから」
「日本の就職事情をあまり調べてなかったってことか」
「……ううん。ちゃんと就職面談のとき、アメリカの大学で学んだことをすぐ実践できる職場に配置するって約束してもらってたの。でもいざ就職してみると、そんなのただの口約束だろって言われて、下積みからやらされたわけ。コピー取りとか」

 何で契約書を交わさなかったんだ前世の自分! とカレンが本気で悔しがってる。

「それで、自分の専門でもないどうでもいい仕事に追われて、日々残業で終電も間に合わず職場に寝袋持ち込んで寝る、みたいな生活が続いて……一年は経ってなかったかな。多分、そのまま過労で死んじゃったんだと思う」
「じゃあ、自分が死んだときの記憶はないのか」
「そうね。けど、それまでにも、自分の人生はこんなんじゃない、もっと活躍できるはずなんだ、そんな異世界にあたしは行きたい……って毎日空に念じてたわ。多分それが天に通じて、今ここにカレン・ブルーとして転生したんじゃないかなって。……あっ、ピザ新しいの焼けたみたい。持ってきますね!」

 言うなり石窯のほうへ足早にカレンが向かう。

 これはじっくり話したいなと思い、カズンは空いた皿をブルー男爵家の使用人に片付けてもらって、新しいグラスとデカンタのジュース、取り皿などを持って近くの壁際のソファ席に移動した。