しばらくしてブルー男爵家の執事がやってきた。
 ヴァシレウスとブルー男爵は話に熱中しているため、食事はそちらに軽食を運んで済ませるということだ。
 子供たちは夕食を好きに取って構わないと伝言を貰った。

「ブルー男爵領の名産品を使った、簡単なブッフェを予定してたんです。素朴な料理が多いけど、素材の新鮮さと味は保証しますよ」

 とグレンが自信満々に言いながら、一同を食堂に案内してくれる。
 食堂は十六畳ほどの長方形の部屋だった。家族用の食堂とは別に設けられた、来客をもてなす用の部屋らしい。
 中央に長テーブルを置いて料理と皿を置き、立食形式で好きに選べるようになっている。部屋のサイドに一休みできるよう数人がけのソファやテーブルがいくつか置かれている。

 そして特筆すべきは、壁際に小さな石窯があるところだろう。
 石窯では牛やチキンをその釜で焼くかといえば、ブルー男爵家の料理人が用意したのは平べったい小麦の皮だった。
 焼く前のパン生地を30cmほどに麺棒で手早く広げて、トマトソースを薄く塗り伸ばし、塩を軽くひとつまみ振ってから薄切りにした生チーズことモッツァレラチーズを載せ、それを金属部が平たくなったシャベルのようなピールの上に載せて釜の中へ。
 一分もしないで再びピールで生地を取り出すと、見事なピザの完成である。

「ピザかあ!」
「ピザですとも!」

 早速料理人が放射状に切り分け、一同にサーブしていく。

「はい、皆さんドリンクも行き渡りましたね? 本日は貴重なミスリル銀調達、誠に感謝しております! ではかんぱーい!」

 一同、グラスを掲げ一口喉を潤してから、焼きたてのピザをいただいた。
 香ばしい生地の小麦の香り、濃厚だがフレッシュな甘みのあるトマトの風味、そして溶けてほんのり焦げ目のついた白い生チーズのミルキーさ。
 モッツァレラチーズは、前世で食べたピザのように長く糸を引いたりはしないが、歯応えがしっかりしていて、噛むごとにまろやかな旨みが口の中に広がる。

「トマトソースと生チーズだけのこれが、一番オーソドックスで美味しいの。まだまだあるから、たくさん食べてね! 具入りのもあるから!」

 貴族の家の食事なら、来客をもてなす場合はやはり食前酒から始まるコース料理が一般的だ。
 しかし今回集まっているのはまだ十代の学生、しかも育ち盛りの男子ばかり。
 口当たりが良くて美味しい料理を、食べやすく。
 さすがに商売上手のブルー男爵家はよくわかっている。



「カズン、ピザって今世でもやっぱり好きなんだな」

 思わず会話を忘れて黙々とピザを堪能していると、隣に来ていたライルがそう聞いてきた。
 カズンは一瞬だけ物思いに耽るように皿の上のピザに視線を落とした。

「そうだな。美味いと思うし、好きな味だ」
「何の話です?」

 料理人に料理内容を指示し采配していたグレンが、カズンたちの輪に戻ってくる。
 カズンは以前、この友人たちに話したことを掻い摘まんでグレンに語った。
 即ち、自分が転生者であり、前世で日本の高校生だったときに経験したエピソードをだ。
 もっとも、転生者であることは先日、グレンたちブルー男爵一家がアルトレイ女大公家を訪れたとき、グレンの妹カレンから転生者だと自己紹介された時点で伝えてある。

 少しだけ、ライルとヨシュアが心配そうな顔でカズンを見つめてくる。
 以前、ホーライル侯爵領に小旅行したとき語った記憶は、前世で家族にピザを食い尽くされて残念だった、という話なのだ。

 子供の頃は時折同じ出来事を思い出しては、しくしく泣いていたこともあるのだが、今になってみると何でそれだけのことで自分が泣いていたのか、正直カズンにはよくわからなかった。自分のことなのにも関わらず。

 ただ、あのとき幾つかのエピソードを語って以降、カズンは少しだけ頭痛がしたり、胸が詰まるような感覚が出るようになったことを、まだ誰にも話していなかった。
 前世のことをあれだけまとめて他人に語ったのは初めてだったこともある。
 それから度々、前世の出来事が想起されてくるようになった。
 頭痛が出たり、胸が塞ぐような気持ちになるのは、そんなときだ。

 たとえば、前世のアルバイト先や、通っていた高校での他愛ないエピソードが、脈絡なく想起されてくる。
 次の瞬間、心臓が不規則に跳ねるのだ。
 そして魔力が乱れる。
 カズンの前世は平凡な高校生で、とくにトラウマとなるほどの強烈な経験はしていないはずなのだが。



「やだ……お兄ちゃんとヨシュアさんが一緒にいるとめっちゃ百合ぃ~」

 カレンの溜め息混じりの囁きが耳に入り、ハッとカズンは我に返った。つい物思いに耽ってしまっていたようだ。
 そのカレンは振り向いたカズンと目が合うと、少し恥ずかしそうにはにかんだ。

「ねえ、カズン様。その眼鏡って伊達眼鏡でしょ? 特に術式を組み込んでもいないみたいだけど、オシャレ眼鏡ってこと?」

 かけている黒縁眼鏡を指差されて、カズンは眼鏡を外した。
 黒い瞳を持つ端正な顔立ちは父親のヴァシレウス、ユーグレンとよく似ている。
 黒髪と黒い瞳はアケロニア王族に特有の色だ。これに兄王テオドロスも加わると、間違いなく血の繋がりを見てとることができる。

「これは目印みたいなものでな。子供の頃はユーグレン殿下と区別がつかないぐらい似ててよく間違われたから、区別するため付けたんだ」

 8歳くらいまでは、二人は身長も体格もほとんど同じだった。
 子供だったから髪型も似たり寄ったりで、余計に間違われやすかった。
 8歳を越えた時点でユーグレンのほうが伸び始めてからは、間違われることも減ってきたのだが。

(あれが悔しくて、ユーグレンを殿下と呼ぶようになったのだっけ)

 幼い頃は『ユーちゃん』『カズ君』と呼び合う仲だったのだが。

「ちょっとカズン様、それもうちょっと詳しく。王族同士の幼馴染み愛、萌えだわ!」
「僕より、ヨシュアだぞ。殿下の想い人は」
「それももっと詳しくううううう!」

 テンションの高いカレンに付き合って、ピザをつまみながら雑談を楽しんだ。