それから一同はギルドを後にして、ブルー男爵家の本邸で一休みすることに。
朝からダンジョンに潜っていて、ブルー男爵家に辿り着いたのは午後のお茶の時刻だった。
着くなり、ヴァシレウスは出迎えてくれたブルー男爵に話があるからと、二人で別室へ行ってしまった。
残ったカズンたちをお茶でもてなしてくれたのは、ブルー男爵と一緒に出迎えに出てくれていたグレンの妹カレンだ。
「カレン・ブルーです。今回は兄がお世話になりました。でもってミスリル銀ありがとーっ!!!」
グレンと同じ甘い色合いのピンクブロンドの髪で、軽い癖のあるグレンと違って真っ直ぐの直毛のオカッパヘアー。瞳は鮮やかな水色。
動きやすそうなカーキ色の上下繋ぎの作業服姿で何憚ることなく登場したこの小柄で華奢な少女こそ、グレンの異母妹、ブルー男爵令嬢カレンだ。
繋ぎの作業着は、魔導具師としての開発スタイルなのだという。
そして、何ともテンションが高い。
「本当なら父と母揃ってお出迎えしなきゃなんですけど、商会のほう留守にできないから母が残って、父とあたしが来たんです。よろしくね」
異母兄のグレンとよく似た容姿だ。ピンクブロンドの髪色も同じなら、水色の瞳も同じ。
可憐で愛らしい人形のような容姿だが、騙されてはいけない。
彼女はカズンやライルと同じ異世界からの転生者で、人前で口に出せないディープなオタク趣味の持ち主なのだ。
ブルー男爵家の本邸は、カズンの前世の日本人の感覚でいうと洋風建築の二階建ての洋館で、部屋数は客間などを入れて十数部屋あるかないかというところだろう。
小規模とはいえ、活気のある商会を経営するブルー男爵家の領地にある本邸にしてはこぢんまりとした屋敷だ。
だがグレンに言わせれば、その分、王都の商会本部とタウンハウスに力を入れているからだという。
一同はその洋館の客間に通され、紅茶と菓子で休息を取らせてもらった。
カレンはグレンから小瓶に入ったミスリル銀を受け取ると、あらかじめ客間に持ち込んであったガラス瓶が十数瓶入った木箱と魔導具の加工部品をカズンたちに見せた。
「さっそく魔導式冷却瓶を作ります。皆さん、今日このまま生チーズ持って帰るでしょ?」
確認すると、カズンを筆頭に、皆大きく頷いて肯定を示した。
先日、学園の食堂でグレンから生チーズを一切れ頂戴して以来、待ちに待ったのだ。手ぶらでは帰れない。
「うん、じゃあ一回につき何個ぐらい欲しい? 生チーズ一個のサイズはね、あたしの拳より一回り小さいぐらいかな。トマトと一緒に食べるなら、前菜として一個で二人分ぐらい。好きな人は一個でも全然余裕ですよ」
「何個入りの瓶まで作れるのだ? カレン嬢」
「理論上はいくつでも。でも、生チーズは保存液代わりのホエイを一緒に入れるから、大きな瓶にすると重くなっちゃうの。チーズもあまり詰めすぎると崩れちゃうから、一瓶あたり五個ぐらいがいいかな?」
とカレンが言うので、いくつかサイズのあったガラス瓶のうち、1リットル容量のものを魔導具化してもらうことにした。
カレンはその場で、テーブルの上の茶器を横に寄せ、瓶に魔力を通していく。
魔導具作成に特化した彼女の魔力は細い線状だ。光る針金のように魔力を加工して、あらかじめ瓶の蓋に巻いておいた螺旋状の金属コイル内部に魔力を通す。
「そこで氷の魔石と、皆さんが獲ってきてくれたミスリル銀を、ちょちょいのちょいっと繋ぐわけですよー」
小瓶から取り出したミスリル銀の粒に、魔力の針金でビーズ細工のように通していく。
最後に、金属コイルと氷の魔石、ミスリル銀、カレンの魔力とすべてを連結し終わると、客室内の空気がキンッと引き締まるような変化を見せた。
「はい、出来上がり! 瓶に名前入れておきましょ、カズン様からどうぞ!」
「カズン・アルトレイ。生チーズ五個でよろしく」
「アルトレイ様、五個入りで承りましたー!」
今度は魔力でレーザー刻印のように、配達先の家の名前を指先で刻んでいく。
「ヨシュア・リーストです。オレも五個でお願いできる?」
「はーい、リースト様も五個ね! 毎度あり!」
最後はライルだが、何やら考え込んでいる。
「ライル・ホーライルだ。うううん……五個……いや、これっていくつまで入る? カレンちゃん」
「余裕を持たせるなら、やっぱり五個ですね。形が崩れないギリギリは七個までいけますよー」
「なら七個でよろしく! これ絶対うちの親父も好きなやつだと思うんだよなー」
「ははは、うちのチーズ美味しいですからね! 喜んでー!」
この後は、ブルー男爵の好意で打ち上げの食事会を開いてくれるそうだ。王都に戻るのは、夕食をご馳走になってからになる。
それまでは、カレンを交えてダンジョンでの探索エピソードや、魔導具の話などで盛り上がった。
ブルー男爵令嬢カレンといえば、彼女も異世界からの転生者の一人だという。
「いやーこないだカズン様のおうちにお邪魔したときビックリですよ! この世界に転生者なんてあたしぐらいだと思ってたから、まさかの王弟様までお仲間とは思わなかったー!」
「カレンちゃん、俺、俺もだから、日本からの転生者!」
「ライル様もなの!? うっそ、いきなり転生者率高くない!?」
カレンの前世もカズン、ライルと同じ日本にいた人物だったようだ。
彼女の場合は、令和生まれの日本人で、沖縄の石垣島出身だったという。
「地元の公立小学校の教師だった母と、酪農家だった父と祖父母の元で育ちました。大家族で四人兄弟の一番上の長女でね。大家族だったので家計は苦しかったけど、特に不満のない生活だったかな」
子供の頃から船ですぐ行ける台湾に遠足に行ったりしていたことから、学生時代は海外留学して、アルバイトしては世界中さまざまなところを回っていたという。
「あたしの前世、俗にリケ女ってやつでねー」
「リケ女って何だ?」
「理系女子。色々な科学法則を勉強してたの。こういう魔導具作るようになったのも、その影響かなって。
カレンとして生まれ変わってから前世を思い出したのは、三歳くらいのときだという。
まだ物心がついたぐらいの頃で、その頃は前世と今世の自分とがごっちゃになって随分混乱したようだ。
特に、前世の世界では当たり前のようにあったものがなくて、よく癇癪を起こしていたらしい。
「ほら、テレビとかスマホとかないじゃないですか。好きなアニメも見れなければ、ゲームも遊べないわけで」
「わかる。わかりすぎて辛い」
カズン的には、テレビはともかくスマホがないのはものすごく辛かった。
この世界にも音声や画像を記録する魔道具はあるのだが、テレビやラジオのような放送技術までには発展していなかった。
ちなみに同じ転生者のライルは、カズンより二世代ほど前の時代の人物で、スマホ自体がまだない時代に生きていた人物だった。なのでカズンのスマホ中毒感覚は理解できないと言われて落ち込んだ、なんてこともあった。
「あたしは特に、パソコンないのがきつくって。大学じゃ自分でOSのプログラム組まされてましたしね、パソコンやスマホもプログラムや筐体の設計やればできそうな気はしたんですけど……」
そもそも、この世界では前世で当たり前のように使っていた電気に相当するものはすべて“魔力”だ。
人間や動物、自然界などエネルギーと呼ばれるものの総称が魔力と呼ばれている。
この世界では電気も魔力の一種になるだろう。
そして、魔力を術式に導いて起動させる道具を魔導具と呼んでいる。
「この世界は、仕組み自体が前世とまったく違うんですよ。意図や目的が明確なら、大抵は魔法か魔術で何とかできちゃいますもんね。機械類も魔力で動かしますし」
ガンガン機関銃のように喋っていくカレンに、魔力の少ないライルはあまりついていけていないようだが、カレンの可愛らしい容姿にデレデレになってうんうん頷いている。
ヨシュアは魔導具師としてのカレンの所見が面白いようで、アースアイの瞳を輝かせて話に聞き入っている。
カズンはといえば、彼女ならドマ伯爵令息ナイサーから襲われても案外自分で身を守れたのでは? と感じた。
無骨なカーキの作業着姿だが、その上下繋ぎのファスナー金具部分には様々な魔石が埋め込まれている。
耳元のコイル状の華奢な金色のピアスも、何らかの魔導具なのは間違いない。
それに、冷却ガラス瓶にミスリル銀を組み込み、各人の名前を刻み込んだときの魔力の使い方といったら。
(あれだけ繊細で自由自在に魔力を使えるなら、身体強化したナイサーに押し倒されても腕の一本や二本、簡単に切り落とせる……よな?)
だが、そうはいってもこの愛らしい容貌だ。母親が違う妹とはいえ、兄のグレンが心配して過保護になるのもわかる気がする。
朝からダンジョンに潜っていて、ブルー男爵家に辿り着いたのは午後のお茶の時刻だった。
着くなり、ヴァシレウスは出迎えてくれたブルー男爵に話があるからと、二人で別室へ行ってしまった。
残ったカズンたちをお茶でもてなしてくれたのは、ブルー男爵と一緒に出迎えに出てくれていたグレンの妹カレンだ。
「カレン・ブルーです。今回は兄がお世話になりました。でもってミスリル銀ありがとーっ!!!」
グレンと同じ甘い色合いのピンクブロンドの髪で、軽い癖のあるグレンと違って真っ直ぐの直毛のオカッパヘアー。瞳は鮮やかな水色。
動きやすそうなカーキ色の上下繋ぎの作業服姿で何憚ることなく登場したこの小柄で華奢な少女こそ、グレンの異母妹、ブルー男爵令嬢カレンだ。
繋ぎの作業着は、魔導具師としての開発スタイルなのだという。
そして、何ともテンションが高い。
「本当なら父と母揃ってお出迎えしなきゃなんですけど、商会のほう留守にできないから母が残って、父とあたしが来たんです。よろしくね」
異母兄のグレンとよく似た容姿だ。ピンクブロンドの髪色も同じなら、水色の瞳も同じ。
可憐で愛らしい人形のような容姿だが、騙されてはいけない。
彼女はカズンやライルと同じ異世界からの転生者で、人前で口に出せないディープなオタク趣味の持ち主なのだ。
ブルー男爵家の本邸は、カズンの前世の日本人の感覚でいうと洋風建築の二階建ての洋館で、部屋数は客間などを入れて十数部屋あるかないかというところだろう。
小規模とはいえ、活気のある商会を経営するブルー男爵家の領地にある本邸にしてはこぢんまりとした屋敷だ。
だがグレンに言わせれば、その分、王都の商会本部とタウンハウスに力を入れているからだという。
一同はその洋館の客間に通され、紅茶と菓子で休息を取らせてもらった。
カレンはグレンから小瓶に入ったミスリル銀を受け取ると、あらかじめ客間に持ち込んであったガラス瓶が十数瓶入った木箱と魔導具の加工部品をカズンたちに見せた。
「さっそく魔導式冷却瓶を作ります。皆さん、今日このまま生チーズ持って帰るでしょ?」
確認すると、カズンを筆頭に、皆大きく頷いて肯定を示した。
先日、学園の食堂でグレンから生チーズを一切れ頂戴して以来、待ちに待ったのだ。手ぶらでは帰れない。
「うん、じゃあ一回につき何個ぐらい欲しい? 生チーズ一個のサイズはね、あたしの拳より一回り小さいぐらいかな。トマトと一緒に食べるなら、前菜として一個で二人分ぐらい。好きな人は一個でも全然余裕ですよ」
「何個入りの瓶まで作れるのだ? カレン嬢」
「理論上はいくつでも。でも、生チーズは保存液代わりのホエイを一緒に入れるから、大きな瓶にすると重くなっちゃうの。チーズもあまり詰めすぎると崩れちゃうから、一瓶あたり五個ぐらいがいいかな?」
とカレンが言うので、いくつかサイズのあったガラス瓶のうち、1リットル容量のものを魔導具化してもらうことにした。
カレンはその場で、テーブルの上の茶器を横に寄せ、瓶に魔力を通していく。
魔導具作成に特化した彼女の魔力は細い線状だ。光る針金のように魔力を加工して、あらかじめ瓶の蓋に巻いておいた螺旋状の金属コイル内部に魔力を通す。
「そこで氷の魔石と、皆さんが獲ってきてくれたミスリル銀を、ちょちょいのちょいっと繋ぐわけですよー」
小瓶から取り出したミスリル銀の粒に、魔力の針金でビーズ細工のように通していく。
最後に、金属コイルと氷の魔石、ミスリル銀、カレンの魔力とすべてを連結し終わると、客室内の空気がキンッと引き締まるような変化を見せた。
「はい、出来上がり! 瓶に名前入れておきましょ、カズン様からどうぞ!」
「カズン・アルトレイ。生チーズ五個でよろしく」
「アルトレイ様、五個入りで承りましたー!」
今度は魔力でレーザー刻印のように、配達先の家の名前を指先で刻んでいく。
「ヨシュア・リーストです。オレも五個でお願いできる?」
「はーい、リースト様も五個ね! 毎度あり!」
最後はライルだが、何やら考え込んでいる。
「ライル・ホーライルだ。うううん……五個……いや、これっていくつまで入る? カレンちゃん」
「余裕を持たせるなら、やっぱり五個ですね。形が崩れないギリギリは七個までいけますよー」
「なら七個でよろしく! これ絶対うちの親父も好きなやつだと思うんだよなー」
「ははは、うちのチーズ美味しいですからね! 喜んでー!」
この後は、ブルー男爵の好意で打ち上げの食事会を開いてくれるそうだ。王都に戻るのは、夕食をご馳走になってからになる。
それまでは、カレンを交えてダンジョンでの探索エピソードや、魔導具の話などで盛り上がった。
ブルー男爵令嬢カレンといえば、彼女も異世界からの転生者の一人だという。
「いやーこないだカズン様のおうちにお邪魔したときビックリですよ! この世界に転生者なんてあたしぐらいだと思ってたから、まさかの王弟様までお仲間とは思わなかったー!」
「カレンちゃん、俺、俺もだから、日本からの転生者!」
「ライル様もなの!? うっそ、いきなり転生者率高くない!?」
カレンの前世もカズン、ライルと同じ日本にいた人物だったようだ。
彼女の場合は、令和生まれの日本人で、沖縄の石垣島出身だったという。
「地元の公立小学校の教師だった母と、酪農家だった父と祖父母の元で育ちました。大家族で四人兄弟の一番上の長女でね。大家族だったので家計は苦しかったけど、特に不満のない生活だったかな」
子供の頃から船ですぐ行ける台湾に遠足に行ったりしていたことから、学生時代は海外留学して、アルバイトしては世界中さまざまなところを回っていたという。
「あたしの前世、俗にリケ女ってやつでねー」
「リケ女って何だ?」
「理系女子。色々な科学法則を勉強してたの。こういう魔導具作るようになったのも、その影響かなって。
カレンとして生まれ変わってから前世を思い出したのは、三歳くらいのときだという。
まだ物心がついたぐらいの頃で、その頃は前世と今世の自分とがごっちゃになって随分混乱したようだ。
特に、前世の世界では当たり前のようにあったものがなくて、よく癇癪を起こしていたらしい。
「ほら、テレビとかスマホとかないじゃないですか。好きなアニメも見れなければ、ゲームも遊べないわけで」
「わかる。わかりすぎて辛い」
カズン的には、テレビはともかくスマホがないのはものすごく辛かった。
この世界にも音声や画像を記録する魔道具はあるのだが、テレビやラジオのような放送技術までには発展していなかった。
ちなみに同じ転生者のライルは、カズンより二世代ほど前の時代の人物で、スマホ自体がまだない時代に生きていた人物だった。なのでカズンのスマホ中毒感覚は理解できないと言われて落ち込んだ、なんてこともあった。
「あたしは特に、パソコンないのがきつくって。大学じゃ自分でOSのプログラム組まされてましたしね、パソコンやスマホもプログラムや筐体の設計やればできそうな気はしたんですけど……」
そもそも、この世界では前世で当たり前のように使っていた電気に相当するものはすべて“魔力”だ。
人間や動物、自然界などエネルギーと呼ばれるものの総称が魔力と呼ばれている。
この世界では電気も魔力の一種になるだろう。
そして、魔力を術式に導いて起動させる道具を魔導具と呼んでいる。
「この世界は、仕組み自体が前世とまったく違うんですよ。意図や目的が明確なら、大抵は魔法か魔術で何とかできちゃいますもんね。機械類も魔力で動かしますし」
ガンガン機関銃のように喋っていくカレンに、魔力の少ないライルはあまりついていけていないようだが、カレンの可愛らしい容姿にデレデレになってうんうん頷いている。
ヨシュアは魔導具師としてのカレンの所見が面白いようで、アースアイの瞳を輝かせて話に聞き入っている。
カズンはといえば、彼女ならドマ伯爵令息ナイサーから襲われても案外自分で身を守れたのでは? と感じた。
無骨なカーキの作業着姿だが、その上下繋ぎのファスナー金具部分には様々な魔石が埋め込まれている。
耳元のコイル状の華奢な金色のピアスも、何らかの魔導具なのは間違いない。
それに、冷却ガラス瓶にミスリル銀を組み込み、各人の名前を刻み込んだときの魔力の使い方といったら。
(あれだけ繊細で自由自在に魔力を使えるなら、身体強化したナイサーに押し倒されても腕の一本や二本、簡単に切り落とせる……よな?)
だが、そうはいってもこの愛らしい容貌だ。母親が違う妹とはいえ、兄のグレンが心配して過保護になるのもわかる気がする。