そして9層に入った途端、ダンジョン内部の雰囲気がガラリと変わった。
明かりはあるが全体的に薄暗く、空気もどこか淀んでいる。
何より8層までとの一番大きな違いは、通路に時折人骨が転がっているところだろうか。
「わわ……骨……」
比較的弱く、カズンたち初心者でも容易に討伐できた魔物が多かった8層までと違い、9層からは強力な魔物が出始めるようだ。
角持ちのウサギや猿など、力も強く身体も大きい個体が出る。
だが注意していれば、冒険者初心者のカズンたちでも充分倒せる相手だった。
「……待て、止まれ!」
回廊の曲がり角を曲がったところで、後ろからヴァシレウスが鋭く一同を制止した。
何事かと咄嗟に立ち止まる。
慌てて駆け寄ってきたヴァシレウスが、壁際にあった凹み側から離れるよう、子供たちを反対側に促した。
そうして自分は凹みの内部を慎重に確認する。
凹みの内部入口は大人が中腰で入れる程度の高さで、奥は意外と広く、高さは入口よりも上に広がっている。
地面には焚き火の跡が炭になって残っている。
だがヴァシレウスが反応したのは、そういった人間が利用した痕跡ではない。
「衣服だけが二人分……いや三人分か」
凹み内部、中央にある焚き火の跡を囲むようにして、冒険者の衣装が散らばっている。
余分な装備を捨てていった感じではない。まるで、衣装を着る中の人間だけが消えてしまったかのように衣装が落ちている。
「っ、探索はここまでだ! 外に出るぞ!」
凹みの中から飛び出し、子供たちと一緒にできるだけ凹み部分から離れた。
ひとまず辺りに魔物の気配がないことを確認してから、今回のパーティーリーダーのグレンを振り向く。
「グレン君。緊急事態だ。“戻り玉”を使ってくれるか」
「えっ。こんなとこで使っちゃうんですか? もったいない!」
戻り玉は、簡易の転移魔術陣の一種だ。設定した特定の場所まで、瞬時に転移することができる。
ただし、グレンも言うように非常に高価で、大金貨1枚(約20万円)と少しする。それだけ高価にも関わらず、一回限りの使い捨てというコストパフォーマンスの悪い魔導具だ。
戻り玉を使ってしまうと、今回の討伐ドロップ品のミスリル銀と相殺したら利益が残らなくなるかもしれない。
だがこのヴァシレウスの剣幕はただごとではない。グレンは自分の防具のポケットから戻り玉を取り出す。
戻り玉はピンポン玉ぐらいの大きさの透明な魔石だ。内部に転移用の術式が組み込まれていて、術式の模様の上を魔力がかすかに光りながら巡っている。
使用方法は簡単で、戻り玉本体を床にぶつけて破壊するか、単純にヒビを入れればそれで起動する。
短剣の柄でヒビを入れようとして、グレンは躊躇った。
「や、やっぱり、歩いて戻りません?」
大金貨1枚はやはり痛い。
が、言い終わるか終わらないかのうちに、横から戻り玉に鉄剣の先が突き刺さった。
「緊急ってときにまごついてんじゃねえ! 死ぬぞ!」
ライルが怒鳴り終わる前に、ダンジョン最寄りの冒険者ギルドまで転移で戻ってきた。
冒険者ギルド、ブルー男爵領支部の受付横の転移陣の中に全員戻ってきた。
無事転移を確認すると、ヴァシレウスはすぐに階段を駆け上がってギルドの支部長のもとへ向かった。
何も説明されないまま残されたカズンたちは呆気に取られている。
「と、とりあえず、討伐の報告をしないとですね」
すぐに我を取り戻したグレンが、パーティーリーダーとして受付で討伐報酬を報告し、メンバーの冒険者証に成果ポイントを反映してもらった。
一応、第4号ダンジョンに関する簡単なクエストをいくつか受注していたので、討伐品を提出したことの報酬と冒険者ポイントの付与がある。
今回はすべての討伐ポイントをパーティー全員で等分設定にしてある。
それでもミスリルスライム十数匹はかなりの高ポイントとなり、グレンは見事Dランクに、カズンとライルはあと数回同じ実績を積めばEからDに上がるところまでポイントが溜まった。
なお、初期ランクの高かったヨシュアとヴァシレウスはCとAのまま据え置きである。
一段落ついて、ギルド内の食堂で飲み物を注文し休んでいると、ようやくヴァシレウスが戻ってきた。
「皆、済まないな。待たせた」
「お父様、いったい何があったのですか?」
ダンジョン内での様子といい、ただごとではない。
「危険な……魔物みたいなものが出る可能性があったのだ。衣服だけが落ちていて、中身の人間がいなかっただろう?」
「ま、まさか、人間だけ食べちゃうような魔物が出るとかですか!?」
この世界には、そのような危険極まりない魔物も、もちろん存在する。
だが、今回潜ったアケロニア王国の第4号ダンジョンはそこまでランクの高い魔物は出ないはずだった。
「まだ確たることは言えないが、念のため第4号ダンジョンは調査が済むまで閉鎖されることになる。今回、多少でもミスリル銀を得られて良かったな」
レア金属が出るダンジョンはそう多くはない。冒険者活動するだけならともかく、しばらくはミスリルスライム目的の探索はお預けになりそうだった。
さて、お目当てのミスリル銀の成果はといえば。
「3.28g! 冷却ガラス瓶に使うミスリル銀は一個につき0.1g前後だから……よっし! ひとまず先輩たちのお家の分とカレンの研究材料の予備分ゲットできました!」
おおー! と歓声が上がる。
「ついでに戻り玉の費用も充填できました……良かったあああ……っ」
ギルド一階の換金所のレートを確認すると、ミスリル銀は1gあたり手数料込みで大金貨1枚(約20万円)と小金貨6枚(約6万円)だった。
3.28gなら大金貨4枚と小銀貨2枚、銅貨8枚になる。
とはいえ、今回の目的はダンジョンの討伐品やドロップ品を換金することではなく、獲得したミスリル銀そのものが目的だ。
ひとまず、ミスリル銀以外の討伐報酬やドロップ品を換金すると、ちょうどそれが戻り玉の代金である大金貨1枚ほどになった。その金で新たに戻り玉を売店で買って補充し、残ったミスリル銀はすべて魔導具用の素材とすることにした。
「戻り玉の代金なら、使わせた私が支払おうか? グレン君」
「アッ、そうですか!? ……って、いえ……必要だから使ったんです。カズン先輩のパパさんが負担する必要はないですよー。ちゃんと今回の成果で補充できたからOKです!」
戻り玉分の費用負担を申し出たヴァシレウスに、一瞬だけグレンはその少女のように愛らしい顔をニヤリとした、何か企んでいそうな笑顔になった。
だがすぐにハッとしたように我に返ると、冒険者パーティーの利益配分に関する掟を思い出したようで、慌てて断りを入れた。
明かりはあるが全体的に薄暗く、空気もどこか淀んでいる。
何より8層までとの一番大きな違いは、通路に時折人骨が転がっているところだろうか。
「わわ……骨……」
比較的弱く、カズンたち初心者でも容易に討伐できた魔物が多かった8層までと違い、9層からは強力な魔物が出始めるようだ。
角持ちのウサギや猿など、力も強く身体も大きい個体が出る。
だが注意していれば、冒険者初心者のカズンたちでも充分倒せる相手だった。
「……待て、止まれ!」
回廊の曲がり角を曲がったところで、後ろからヴァシレウスが鋭く一同を制止した。
何事かと咄嗟に立ち止まる。
慌てて駆け寄ってきたヴァシレウスが、壁際にあった凹み側から離れるよう、子供たちを反対側に促した。
そうして自分は凹みの内部を慎重に確認する。
凹みの内部入口は大人が中腰で入れる程度の高さで、奥は意外と広く、高さは入口よりも上に広がっている。
地面には焚き火の跡が炭になって残っている。
だがヴァシレウスが反応したのは、そういった人間が利用した痕跡ではない。
「衣服だけが二人分……いや三人分か」
凹み内部、中央にある焚き火の跡を囲むようにして、冒険者の衣装が散らばっている。
余分な装備を捨てていった感じではない。まるで、衣装を着る中の人間だけが消えてしまったかのように衣装が落ちている。
「っ、探索はここまでだ! 外に出るぞ!」
凹みの中から飛び出し、子供たちと一緒にできるだけ凹み部分から離れた。
ひとまず辺りに魔物の気配がないことを確認してから、今回のパーティーリーダーのグレンを振り向く。
「グレン君。緊急事態だ。“戻り玉”を使ってくれるか」
「えっ。こんなとこで使っちゃうんですか? もったいない!」
戻り玉は、簡易の転移魔術陣の一種だ。設定した特定の場所まで、瞬時に転移することができる。
ただし、グレンも言うように非常に高価で、大金貨1枚(約20万円)と少しする。それだけ高価にも関わらず、一回限りの使い捨てというコストパフォーマンスの悪い魔導具だ。
戻り玉を使ってしまうと、今回の討伐ドロップ品のミスリル銀と相殺したら利益が残らなくなるかもしれない。
だがこのヴァシレウスの剣幕はただごとではない。グレンは自分の防具のポケットから戻り玉を取り出す。
戻り玉はピンポン玉ぐらいの大きさの透明な魔石だ。内部に転移用の術式が組み込まれていて、術式の模様の上を魔力がかすかに光りながら巡っている。
使用方法は簡単で、戻り玉本体を床にぶつけて破壊するか、単純にヒビを入れればそれで起動する。
短剣の柄でヒビを入れようとして、グレンは躊躇った。
「や、やっぱり、歩いて戻りません?」
大金貨1枚はやはり痛い。
が、言い終わるか終わらないかのうちに、横から戻り玉に鉄剣の先が突き刺さった。
「緊急ってときにまごついてんじゃねえ! 死ぬぞ!」
ライルが怒鳴り終わる前に、ダンジョン最寄りの冒険者ギルドまで転移で戻ってきた。
冒険者ギルド、ブルー男爵領支部の受付横の転移陣の中に全員戻ってきた。
無事転移を確認すると、ヴァシレウスはすぐに階段を駆け上がってギルドの支部長のもとへ向かった。
何も説明されないまま残されたカズンたちは呆気に取られている。
「と、とりあえず、討伐の報告をしないとですね」
すぐに我を取り戻したグレンが、パーティーリーダーとして受付で討伐報酬を報告し、メンバーの冒険者証に成果ポイントを反映してもらった。
一応、第4号ダンジョンに関する簡単なクエストをいくつか受注していたので、討伐品を提出したことの報酬と冒険者ポイントの付与がある。
今回はすべての討伐ポイントをパーティー全員で等分設定にしてある。
それでもミスリルスライム十数匹はかなりの高ポイントとなり、グレンは見事Dランクに、カズンとライルはあと数回同じ実績を積めばEからDに上がるところまでポイントが溜まった。
なお、初期ランクの高かったヨシュアとヴァシレウスはCとAのまま据え置きである。
一段落ついて、ギルド内の食堂で飲み物を注文し休んでいると、ようやくヴァシレウスが戻ってきた。
「皆、済まないな。待たせた」
「お父様、いったい何があったのですか?」
ダンジョン内での様子といい、ただごとではない。
「危険な……魔物みたいなものが出る可能性があったのだ。衣服だけが落ちていて、中身の人間がいなかっただろう?」
「ま、まさか、人間だけ食べちゃうような魔物が出るとかですか!?」
この世界には、そのような危険極まりない魔物も、もちろん存在する。
だが、今回潜ったアケロニア王国の第4号ダンジョンはそこまでランクの高い魔物は出ないはずだった。
「まだ確たることは言えないが、念のため第4号ダンジョンは調査が済むまで閉鎖されることになる。今回、多少でもミスリル銀を得られて良かったな」
レア金属が出るダンジョンはそう多くはない。冒険者活動するだけならともかく、しばらくはミスリルスライム目的の探索はお預けになりそうだった。
さて、お目当てのミスリル銀の成果はといえば。
「3.28g! 冷却ガラス瓶に使うミスリル銀は一個につき0.1g前後だから……よっし! ひとまず先輩たちのお家の分とカレンの研究材料の予備分ゲットできました!」
おおー! と歓声が上がる。
「ついでに戻り玉の費用も充填できました……良かったあああ……っ」
ギルド一階の換金所のレートを確認すると、ミスリル銀は1gあたり手数料込みで大金貨1枚(約20万円)と小金貨6枚(約6万円)だった。
3.28gなら大金貨4枚と小銀貨2枚、銅貨8枚になる。
とはいえ、今回の目的はダンジョンの討伐品やドロップ品を換金することではなく、獲得したミスリル銀そのものが目的だ。
ひとまず、ミスリル銀以外の討伐報酬やドロップ品を換金すると、ちょうどそれが戻り玉の代金である大金貨1枚ほどになった。その金で新たに戻り玉を売店で買って補充し、残ったミスリル銀はすべて魔導具用の素材とすることにした。
「戻り玉の代金なら、使わせた私が支払おうか? グレン君」
「アッ、そうですか!? ……って、いえ……必要だから使ったんです。カズン先輩のパパさんが負担する必要はないですよー。ちゃんと今回の成果で補充できたからOKです!」
戻り玉分の費用負担を申し出たヴァシレウスに、一瞬だけグレンはその少女のように愛らしい顔をニヤリとした、何か企んでいそうな笑顔になった。
だがすぐにハッとしたように我に返ると、冒険者パーティーの利益配分に関する掟を思い出したようで、慌てて断りを入れた。