夕食後、リビングに移動して食後のお茶を父と息子で楽しんだ。

 お茶を入れるのは父親のヴァシレウスだ。

 厚みのある鍛えられた巨躯の持ち主である父がティーセットを扱うと、ティーカップもポットもミニチュアのままごとの道具のようで、ほっこりした気分になるなとカズンは思った。

「あっ。お父様、お茶を蒸らしすぎです! また渋くて飲めなくなります!」
「!? 砂時計の砂はまだ残ってるぞ!?」
「あー! そこでひっくり返してどうするんですかー!」

 何で執事に任せないんだ、などと無粋なことを言うつもりはない。
 これは父の楽しみのひとつなのだ。



 彼はこのアケロニア王国の先王で、英傑王、大王と呼ばれる偉大な人物だった。
 この世界で大王は、王の上位職で名誉称号でもある。

(今、世界中に大王の称号持ちは僕のお父様だけ!)

 異世界転生したカズンの親ガチャは大成功、間違いなく☆5やURクラスを引いた。実に誇らしい。

 年齢はとうに九十歳を超えているが、髪こそ白髪まじりだがいたって壮健、百歳も余裕で超えるだろうと国の誰もが思っている。
 体力も気力も衰えを見せない彼は、外見だけなら六十代そこそこに見えるぐらい若々しい。

 カズンの黒髪と黒目、端正な顔立ちはこの父から受け継いだものだった。

 カズンは彼と、同盟国の公爵令嬢との間に生まれた息子だ。
 その公爵令嬢は、同盟国に嫁した、この父の最初の子供である第一王女の孫だった。ヴァシレウスから見ると曾孫にあたる。

 それゆえ、カズンはこの国の先代国王の実子にして玄孫、かつ現国王の実弟という、大変ややこしい出自を持つ。

 同盟国の元公爵令嬢だった母セシリアは、社交的な金髪碧眼の美女だ。
 成人後、初めて祖母の祖国を訪れたとき、当時既に退位していたヴァシレウスに一目惚れした。
 情熱的に告白しヴァシレウスを口説いたが、求愛はやんわりと断られ続けたという。

 そうこうするうちに帰国する日が近づき、諦めきれなかった母は決死の思いでヴァシレウスに夜這いを仕掛け思いを遂げた。
 その後も帰国せず留まり妊娠が発覚して初めて、腹の子供の父親が祖母の祖国の先王だと語り、大騒ぎになった。

 結果からいえば、母セシリアは見事にヴァシレウスの後添いの座をゲットし、現在こうして同じ屋敷で共に暮らしている。
 現時点で先王ヴァシレウスの唯一の妻だった。彼自身が長寿者なので、既に正妃も他の側室も亡くなっているためである。

 セシリアは偉大な先王と同盟国の王族、双方の血を引く筋目の正しい令嬢だった。
 結果、アケロニア王国に帰化してから嫁したこともあり、正統な血筋を評価された上で、先王の伴侶として現在は女大公の爵位を授けられている。

 その母セシリアは、この国でできた友人の貴族夫人の出産祝いで現在は留守にしている。
 ここに彼女がいれば、今日学園で起こったハプニングを楽しんで聴いてくれたことだろう。



「よし、できた」

 父の大きな手からソーサーごとティーカップを渡される。

 最初は慣れずによく中身のお茶をこぼしていたが、最近はだいぶ自然な手つきになってきた。

 残念ながら訓練された執事や侍女が入れるより薄かったり、濃すぎて渋かったりだが、カズンは父が不器用に入れてくれるこのお茶の時間が大好きだった。

「あああああ。お父様、紅茶が真っ黒です……」

 抽出時間を長くかけすぎだ。

「なあに、毒じゃないんだ、飲める飲める」
「……お茶請けのショコラ追加でお願いします」

 お茶を入れるのも本来なら侍女の役割だが、この屋敷では父自ら気軽にやることが多い。

 生まれながらの王族で、王になることが定められていたヴァシレウスは、これまでの人生で温かい食事を食べたり、熱いお茶を飲んだりしたことがほとんどなかったという。
 暗殺を警戒するための、毒味後の食事や飲料しか口にできなかったため、日常ではぬるいか冷めた物ばかりだったらしい。

 それが、後添えとなったセシリアと暮らすこの屋敷に移ってきてからは、妻と息子と共に、厨房に隣接した家族用の食堂での飲食が可能になった。

 温かいものは温かいままで、冷たいものは冷たいままで。

 国王としての現役時代には望めなかった幸福だと、彼は笑って息子のカズンにたびたび語る。