また抱え上げられては堪らないと、ヨシュアは先行していたグレンやライルたちの元へ逃げるように行ってしまった。

 後から付いていっているカズンは、後方を守りながら歩いているヴァシレウスの横で、戦略的な指導を受けていた。

「ヨシュアのリースト伯爵家は能力的に偏りの強い一族だ。特に当主となる者はな。個性的な特性をできるだけ生かしてやると良い」

 確かに、魔法剣士だから魔法剣を創り攻撃することは得意だが、魔力による身体強化がないと守りが弱くなる。
 できるだけ本人が適切な魔力を使えるシチュエーションを作ってやるといいのだろう。

「ホーライル侯爵家の男子はとにかく剣が強い。一度ある段階まで達するとそこから退化することはないから、ひたすら鍛えさせるのが良い」

 ヴァシレウスはライルの父や祖父、曾祖父とは面識がある。皆、剣の強さにおいては他者を圧倒する力量の持ち主だったという。

「まあ、色気に弱いのは血かな。あまり言うことを聞かぬ場合は、拳で黙らせることだ」

 ライルの亡き曾祖父は当時の騎士団長だったそうだが、ヴァシレウスの知る範囲でも幾度かハニートラップにかかって痛い目を見たことがあるらしい。
 ライルの場合、親しく付き合うようになってみると、三枚目な外見や言動からは想像できないほど好青年なのだが、たまに油断したときに限ってトラブルに巻き込まれる体質だった。

「グレン君みたいなタイプは臨機応変に動けるから、自由に任せるのがいいだろうな。だが無法の振る舞いになりがちだから、上手く軌道修正してやるべきだ」

 ドマ伯爵令息ナイサーの事件での彼の立ち回りを見ていれば、それはよくわかる。
 特に、自分の罪を認めながらもホーライル侯爵を逆に脅した件などに、彼の気質がよく表れているといえた。



 そんな助言を聞きながら、カズンはといえば嬉しさと幸福感いっぱいで大柄な父の隣を歩いていた。

 子供の頃から、剣を習いたいといえば危ないから駄目だと速攻却下され、武術を習いたいと訴えれば痣でも作ったらどうする! と叱られた。
 万事そんな感じだったので、やらせてくれないなら家出する! と王宮の兄王やヨシュアの叔父様の元に避難してやっと許可が降りた。

(僕だって男なんだから身を守る術ぐらい身につけたい! と訴え続けて数年、ようやく身体強化と盾剣バックラーの作り方を教えてもらえたのだよなあ)

 その過保護な父親と同じ、白い綿シャツと焦げ茶の革ベスト、ブーツといったお揃いの冒険者ルックで一緒にダンジョン攻略できる日が来ようとは。
 王都の武具屋をアルトレイ女大公家まで呼び寄せて、アケロニア王家とアルトレイ女大公家、二つの家紋を入れたお揃いなのだった。



 この第4号ダンジョンはミスリルスライムが出ることで知られている。

 ミスリルスライムは粘度のある水滴が落ちたような、かすかに潰れた球形の魔物だ。大きさはちょうど遊具に使うボール、平均的な成人男性の頭くらいのサイズだ。これはスライム属の魔物に共通する形状・大きさだった。
 そして表皮にミスリル銀を含み、倒した後のドロップ品としてミスリル銀が出る。
 ちなみにミスリルスライムの遭遇率は0.8%前後と言われている。

 そして、何とこのミスリルスライム、ヨシュアの魔法剣でも歯が立たなかった。

「おのれ、ダイヤモンドがミスリルに負ける道理はない!」

 全力で金剛石の魔法剣を無数に創り出しスライムに投げつけていくが、カンカンッと甲高い音をたてて弾かれてしまう。

「うっわ、さすがミスリル……かってぇなあ」
「うむ。全然歯が立たない。これ無理ゲー」
「ちょっと先輩たち! なに早々に諦めてんですか、気合い入れてくださいようっ!」

 ライルが持参した鉄剣はもちろん、カズンの手甲やグレンの短剣や弓矢もまるで歯が立たなかった。

 ちなみに今回の保護者ヴァシレウスは、子供たちの後ろで見守り役に徹していた。
 その大きな手の中には、今回潜っている第4号ダンジョンの簡易説明書の冊子がある。

「ふーむ。ミスリルスライムはミスリル銀を含む表皮に魔力が通っていて、外界からの物理攻撃に強い、か。狙うなら一撃必殺であるな」

 ぱたんと冊子を閉じて、懐に仕舞い込む。

 そこでヴァシレウスが自分の盾剣バックラーを魔力で作り出す。
 バックラーとは、通常は短剣に小型の盾が装着された、攻守両方に対応させた武具だ。
 ところがヴァシレウスの作り出したバックラーは、剣部分は槍のように長く持ち手があり、盾部分は盾の形を留めながらも、側面がトンカチのような平たい木殺し形態になっている。

「え、あれってバックラーかよ!?」

 そう、バックラーとは名ばかりのメイスの亜種だ。そのままヴァシレウスはバックラーを大きく振りかぶって、ミスリルスライムの急所をぶっ叩く。
 金属と金属がぶつかる轟音の後で、プシュッと破裂音を出してミスリルスライムが消滅する。後には砂粒ほどのミスリル銀の粒が残った。

「えっ、これしか出ねえのかよミスリル!?」

 ライルが地面に落ちた光る銀色の砂粒を摘まんだ。
 ミスリルスライムは全身がミスリル銀の色をしている。てっきり、討伐すれば見た目通りの大きさや重量のミスリルが得られると思っていたライルは拍子抜けだった。

「全身ミスリルの塊に見えるけど、あくまでも表皮の一部にミスリルを含むってだけらしいぞ」

 父から受け取ったダンジョン説明書を確認するカズン。
 ミスリルのドロップ品は砂粒サイズで小さいため、見逃さないよう注意と書いてある。

 第4号ダンジョンは10層の比較的小規模のダンジョンだ。
 ギルドが認定する冒険者ランクCまで上がると、実力的に最後まで踏破できるレベルのダンジョンだった。
 ダンジョンの成り立ちは諸説あるが、内部構造や魔物の発生や外部からの引き寄せ、また特殊金属や鉱物などが採れることから、その土地における魔力の吹き溜まりの上に立てられた古代遺跡と言われている。
 8層まで行くと、ギルドが設置した休憩所がある。
 ここまででミスリルスライムは20匹以上討伐している。既に五時間以上、探索を続けている。ここで引き返すか、最後の10層まで向かって魔物のボスを倒すか。

「さて、どうするね?」
「まだ装備もほとんど傷ついてないですし、ポーション類も残ってます。余力があるので、せっかくだから下まで行ってみませんか」

 学生組の中で冒険者としてキャリアのあるグレンの意見を採用することにした。