ドマ伯爵令息ナイサーのその後は、想定外の展開を見せることになった。

 ホーライル侯爵家から盗んだペーパーウェイトを売り飛ばそうとしたナイサーは、さすがに無罪放免とはいかなかった。

 父親のドマ伯爵も、自分の息子がホーライル侯爵家の家宝を盗み、証拠も揃えられては反論できない。

 伯爵はナイサーを学園からも退学させて領地に閉じ込めることを決めた。
 伯爵家からも除籍したがったそうだが、罪人を安易に放逐してはまた犯罪を犯しかねないため、国側からドマ伯爵家で責任を持って監視し続けるよう命令を下した。

 被害者として多大な迷惑をかけたシルドット侯爵家、ホーライル侯爵家、ブルー男爵家には、慰謝料と賠償金を支払うことで手打ちとした。
 ドマ伯爵家は裕福な家として知られていたが、なかなか痛い出費だったのではないか。後日、国内のオークションではドマ伯爵家の収蔵する宝飾品がいくつも出品されていたぐらいだ。

 そのナイサー本人は貴族牢に収監されていたが、本格的な尋問が始まる前に姿を消した。
 牢の中に大量の血痕が残されていたことから、生存は絶望視されている。
 ナイサーの被害者は、今回の三家だけでなく他にも複数いることが確認されている。その被害者や関係者による怨恨の線が疑われた。

 だが、それならなぜ、ナイサー本人の死体まで運び去ったのか?




 グレンのブルー男爵家、ライルのホーライル侯爵家、ロザマリアのシルドット侯爵家。
 この三家が巻き込まれた事件は、多大な謎と多少のしこりを残しつつも解決した。

 ただし、ライルにだけ、不名誉な傷が残ってしまったが。

「ううっ、どうして俺がナイサーにケツ掘られたことになってんだよォ、意味わかんねぇんだけどッ」

 放課後、カフェ代わりの食堂でカズンがヨシュアとお茶をしながら談笑していたところに、ライルがやって来てそう嘆いた。


『傷物なのはロザマリアじゃなくて俺のほうだ!』


 ドマ伯爵令息ナイサーを拘束したとき、相手の勘違いを正そうと叫んだライルの言葉が、誤解を孕んで曲がって伝わってしまったらしい。

 曰く、ホーライル侯爵令息ライルがシルドット侯爵令嬢ロザマリアと婚約破棄することになったのは、ライルがナイサーにその身を汚されたことが原因である、と。

 実際はグレンが化けた女生徒アナ・ペイルに唆されて行った婚約破棄だったはずが、噂からは事実が見事にすっぽり抜け落ちている。

 3年生たちの間ではすっかり誤解が広まっている。
 噂を強く否定したいライルだったが、ライルが噂の矢面に立つことで、もう一人の被害者、シルドット侯爵令嬢のロザマリアの風除けとなっている自覚があるため、あえて言葉を濁すに留めていた。

 で、その鬱憤がカズンたちの顔を見たら一気に吹き出してきた、と。

「汚されたって何なんだ、俺はどこもかしこも新品のピカピカだっての!」
「ははは、踏んだり蹴ったりだな、おまえも」
「笑ってねぇで慰めてくれ、カズン~ッ」

 ロザマリアとの婚約破棄事件といい、すっかり『やらかし令息』と見られているライルだ。

 ちなみに、さすがに今回の件は国王テオドロスの耳まで届いた。
 諸悪の根源こそドマ伯爵令息ナイサーだが、経緯を見ればホーライル侯爵が適切に対応すればいくつかの問題は事前に防げていたはずだ。

 ホーライル侯爵は騎士団副団長の報酬を三ヶ月減俸……となるところを、ナイサーの行方を引き続き追うことで失態を挽回せよと命じられることとなった。



「ブルー男爵家の皆様とは、その後どうなりましたか。ライル様」

 優雅な手付きで食堂のマグカップを持ちながら、ヨシュアが訊ねた。

「ああ、それな。ブルー男爵家側からは、このままホーライル侯爵家の寄り子でいさせてくれって申し出があったぜ。やっぱ、商会持ってるとナイサーみたいなタチの悪い奴らに絡まれることも多いしさ」
「ホーライル侯爵家は武人の家系だものな。護衛などで手を借りたいのだろう」
「そういうこと。見返りで、ブルー商会の取り扱ってる魔石や魔導具を融通してもらうってことで、話がついた。……でさ、そんなことより!」

 テーブルの上に乗り出してきたライルの、茶色の瞳が輝いている。

「あいつ、グレンの母親違いの妹さんってのが、マジでグレンそっくりでさ! 超可憐な美少女で、名前もカレンちゃんだあっ!」

「「………………」」

 カズンはヨシュアと顔を見合わせた。

「おまえ。“アナ・ペイル”であれだけ痛い目を見たのに、懲りてないな?」
「いやいや、グレンとカレンちゃんは別だろ? 性別からして違うし」

 先日の慰労会の後、改めてブルー男爵家が家族揃って謝礼のためホーライル侯爵邸を訪れた際、グレンの妹とも顔を合わせたらしい。
 ブルー男爵令嬢カレンは、異母兄グレンの一つ年下で、グレンより更に小柄で華奢な美少女だったという。

「………………」

 はむ、とブルーベリージャムとクロテッドクリームをのせたお茶請けのスコーンを囓りながら、カズンはライルの垂れ流すブルー男爵令嬢カレンへの讃辞を聞き流していた。

(ううむ、カレン嬢の正体をいつライルにバラせば良いものか)

 ブルー男爵一家はホーライル侯爵家だけでなく、関係者だったカズンのアルトレイ女大公家へも訪問している。
 一通り型どおりの謝辞と謝礼を受けた後、ブルー男爵夫妻が父ヴァシレウスや母セシリアと話が盛り上がっていたので、カズンはグレンとカレンの兄妹を連れて自室で雑談しながら両親たちの話が終わるのを待っていた。

(まさかカレン嬢が転生者だったとはなあ。)

 今年の新入生だったグレンの一つ年下という若年でありながら、ブルー男爵令嬢カレンは既に現役の魔導具師として活躍していた。

 ブルー商会自体が魔導具を取り扱うこともあり、幼い頃から魔導具に親しんでいるうちに、自分が生まれ変わる前の人生を思い出したのだという。

(しかも前世はガチのオタク、やや腐り気味。男の娘系の作品好き。実の兄グレンが女装してライルを誘惑したと聞いて、大喜びだったそうだ………………だなんて言えるかっ)

 自然に露呈するまで何も口出しするまい。
 そう決意して、残りのスコーンを咀嚼するカズンなのだった。