そして翌日、放課後。
舞台となる3年A組では、学級委員長のカズンが朝のホームルームの時間のうちに生徒たちに向けて、クラスのマドンナともいえるロザマリア嬢が巻き込まれている事件の説明を行った。
今日は昼休みを挟んで、午後に一時限の授業で終わりとなる。
その午後の授業を、ドマ伯爵令息ナイサーを迎え撃つ準備として、急遽中止することとした。
放課後の教室に残るのは、基本的に自分で身を守れる男子生徒が十数名。
あとは主役のロザマリアと友人の女生徒たち数名。
残りの女生徒を含む生徒たちは、事態が片付くまで会議室に避難する。
カズンとヨシュアも教室に残り、顔が見えない位置でロザマリアたちの側に控える。
ライルはナイサーに顔を知られているが、特徴的な赤茶の髪を隠して別の生徒の影に隠れながら様子を窺う予定だ。
学年が違うグレンも教室内で事態を最後まで見守ることを選び、昼休みのうちに3年A組まで駆けつけている。
ホーライル侯爵が派遣する王都騎士団の騎士たちは、学園長から貸し出された学園の制服を着て、クラスの生徒たちに変装してロザマリアの警護とナイサーの拘束を行う。
騎士たちは全員で五名。できるだけ若手を中心に集めたが、肉体の出来上がった成人男性なので未成年が着る学園の制服姿は多少違和感がある。不自然にならない程度にロザマリアたちに背を向け、顔が見えないよう机に座る位置や立ち位置を工夫した。
午後の授業が終わり、放課後を告げるチャイムが鳴る。
ロザマリアによれば、ここA組から最も離れたE組のナイサーは5分以内にやってくるという。
「来た! 総員、準備せよ!」
廊下を監視していた生徒に扮した騎士が教室内に鋭く告げる。
間もなく、開いたままの教室の入り口から、グリズリーのような体型の男子生徒が入ってくる。
ドマ伯爵令息ナイサー。間違いない、本人だ。
(うっわ、人相悪ぃな)
(シッ、静かに、ライル!)
思わずといったふうに呟いたライルの口を、カズンは慌てて塞いだ。
だが確かに、ロザマリアとナイサーが並ぶと美女と野獣というより“美女と悪漢”だ。
「ロザマリア! 今日こそいい返事を聞かせてもらうぞ!」
色々と突っ込みどころの多い第一声だった。
声がダミ声というのは、どうでもいい。
伯爵令息が、格上の侯爵家の令嬢を呼び捨てするのも有り得なければ、命令口調で話しかけるのも有り得ない。
「……ドマ伯爵令息様。わたくしは名前を呼ぶことを許しておりません。家名のシルドットでお呼びください」
指先の震えを隠しながら、ロザマリアが左手の親指に触れる。
音声の記録機能を付けた魔法樹脂に、気づかれないよう魔力を流す。
事前に打ち合わせしていた通り、ナイサーとの会話を記録していく。
「ツレないことを言うじゃないか。オレとお前の仲なのに」
「……わたくしとあなたの間に、語るほどの仲などございません」
少しずつ考えながら、ロザマリアが言葉を選んでいるのがわかる。
とはいえナイサーはそんな彼女に気づく様子もない。
「ならこれからイイ仲になればいい。オレの物になれよ、ロザマリア」
「……その件ならば、既にお断りしているはずです」
「オレは諦めないぜぇ。お前が受け入れるまで、何度だって父上に頼んでシルドット侯爵家に婚約の申し入れをする」
「何度来られても、わたくしの返事は変わりません。お断りします」
「何でだよ!」
(いや、お前が嫌いだからだろ?)
(……淑女のロザマリア嬢にはハッキリ拒絶は難しいところだな……)
(何かもう色々と貴族社会の常識を飛び越え過ぎてて理解不能です。家を通じて婚約を断られてるのに、何度も申し入れしてるとか何考えてるんでしょう)
(まあそういうところがナイサーなんですよ。全然空気読まないで猪突猛進。見た目は熊野郎なのにね)
教室内では、残っている男子生徒や騎士たちが日常を装って世間話をしている。
ひそひそと、ライル、カズン、ヨシュア、グレンがコメントし合っていても、喧噪に紛れて目立たなかった。
「……もう、わたくしが申し上げることはございません。お帰りくださいませ、ドマ伯爵令息様」
「このっ、婚約破棄された傷物令嬢の分際でお高く止まりやがって!」
来た。ナイサーが距離を詰めてロザマリアの腕を掴もうとしたところで、周囲に目立たぬよう控えていた騎士たちが捕らえた。
「なッ、おい、離せ、オレはその女をッ」
暴れるナイサーだったが、捕り物に慣れている騎士たちはさすがに振りほどけない。
「ジ・エンドってやつだぜ。ナイサー」
「! お前、ライル・ホーライルか! 何でここにいる!?」
「そりゃ、最初からいたからに決まってるだろ。お前はやり過ぎたんだよ、ナイサー」
自分が置かれている状況が理解できなかったナイサーは、しばらくして自分が罠に嵌められたことに気づいて沸騰するように顔も首も真っ赤に染め上げた。
「オレはその傷物女を貰ってやろうって言ってるだけだッ! 離せえぇッ!」
「あのな。傷物なのはロザマリアじゃなくて俺のほうだ! ロザマリアはアホな俺の被害者なだけ。……だが、俺のやらかしも、元を辿れば誰かさんに辿り着くんだってなぁ?」
ナイサーから離れるようロザマリアを後方にいたカズンたちのほうへ促しながら、呆れたようにライルが言った。
舞台となる3年A組では、学級委員長のカズンが朝のホームルームの時間のうちに生徒たちに向けて、クラスのマドンナともいえるロザマリア嬢が巻き込まれている事件の説明を行った。
今日は昼休みを挟んで、午後に一時限の授業で終わりとなる。
その午後の授業を、ドマ伯爵令息ナイサーを迎え撃つ準備として、急遽中止することとした。
放課後の教室に残るのは、基本的に自分で身を守れる男子生徒が十数名。
あとは主役のロザマリアと友人の女生徒たち数名。
残りの女生徒を含む生徒たちは、事態が片付くまで会議室に避難する。
カズンとヨシュアも教室に残り、顔が見えない位置でロザマリアたちの側に控える。
ライルはナイサーに顔を知られているが、特徴的な赤茶の髪を隠して別の生徒の影に隠れながら様子を窺う予定だ。
学年が違うグレンも教室内で事態を最後まで見守ることを選び、昼休みのうちに3年A組まで駆けつけている。
ホーライル侯爵が派遣する王都騎士団の騎士たちは、学園長から貸し出された学園の制服を着て、クラスの生徒たちに変装してロザマリアの警護とナイサーの拘束を行う。
騎士たちは全員で五名。できるだけ若手を中心に集めたが、肉体の出来上がった成人男性なので未成年が着る学園の制服姿は多少違和感がある。不自然にならない程度にロザマリアたちに背を向け、顔が見えないよう机に座る位置や立ち位置を工夫した。
午後の授業が終わり、放課後を告げるチャイムが鳴る。
ロザマリアによれば、ここA組から最も離れたE組のナイサーは5分以内にやってくるという。
「来た! 総員、準備せよ!」
廊下を監視していた生徒に扮した騎士が教室内に鋭く告げる。
間もなく、開いたままの教室の入り口から、グリズリーのような体型の男子生徒が入ってくる。
ドマ伯爵令息ナイサー。間違いない、本人だ。
(うっわ、人相悪ぃな)
(シッ、静かに、ライル!)
思わずといったふうに呟いたライルの口を、カズンは慌てて塞いだ。
だが確かに、ロザマリアとナイサーが並ぶと美女と野獣というより“美女と悪漢”だ。
「ロザマリア! 今日こそいい返事を聞かせてもらうぞ!」
色々と突っ込みどころの多い第一声だった。
声がダミ声というのは、どうでもいい。
伯爵令息が、格上の侯爵家の令嬢を呼び捨てするのも有り得なければ、命令口調で話しかけるのも有り得ない。
「……ドマ伯爵令息様。わたくしは名前を呼ぶことを許しておりません。家名のシルドットでお呼びください」
指先の震えを隠しながら、ロザマリアが左手の親指に触れる。
音声の記録機能を付けた魔法樹脂に、気づかれないよう魔力を流す。
事前に打ち合わせしていた通り、ナイサーとの会話を記録していく。
「ツレないことを言うじゃないか。オレとお前の仲なのに」
「……わたくしとあなたの間に、語るほどの仲などございません」
少しずつ考えながら、ロザマリアが言葉を選んでいるのがわかる。
とはいえナイサーはそんな彼女に気づく様子もない。
「ならこれからイイ仲になればいい。オレの物になれよ、ロザマリア」
「……その件ならば、既にお断りしているはずです」
「オレは諦めないぜぇ。お前が受け入れるまで、何度だって父上に頼んでシルドット侯爵家に婚約の申し入れをする」
「何度来られても、わたくしの返事は変わりません。お断りします」
「何でだよ!」
(いや、お前が嫌いだからだろ?)
(……淑女のロザマリア嬢にはハッキリ拒絶は難しいところだな……)
(何かもう色々と貴族社会の常識を飛び越え過ぎてて理解不能です。家を通じて婚約を断られてるのに、何度も申し入れしてるとか何考えてるんでしょう)
(まあそういうところがナイサーなんですよ。全然空気読まないで猪突猛進。見た目は熊野郎なのにね)
教室内では、残っている男子生徒や騎士たちが日常を装って世間話をしている。
ひそひそと、ライル、カズン、ヨシュア、グレンがコメントし合っていても、喧噪に紛れて目立たなかった。
「……もう、わたくしが申し上げることはございません。お帰りくださいませ、ドマ伯爵令息様」
「このっ、婚約破棄された傷物令嬢の分際でお高く止まりやがって!」
来た。ナイサーが距離を詰めてロザマリアの腕を掴もうとしたところで、周囲に目立たぬよう控えていた騎士たちが捕らえた。
「なッ、おい、離せ、オレはその女をッ」
暴れるナイサーだったが、捕り物に慣れている騎士たちはさすがに振りほどけない。
「ジ・エンドってやつだぜ。ナイサー」
「! お前、ライル・ホーライルか! 何でここにいる!?」
「そりゃ、最初からいたからに決まってるだろ。お前はやり過ぎたんだよ、ナイサー」
自分が置かれている状況が理解できなかったナイサーは、しばらくして自分が罠に嵌められたことに気づいて沸騰するように顔も首も真っ赤に染め上げた。
「オレはその傷物女を貰ってやろうって言ってるだけだッ! 離せえぇッ!」
「あのな。傷物なのはロザマリアじゃなくて俺のほうだ! ロザマリアはアホな俺の被害者なだけ。……だが、俺のやらかしも、元を辿れば誰かさんに辿り着くんだってなぁ?」
ナイサーから離れるようロザマリアを後方にいたカズンたちのほうへ促しながら、呆れたようにライルが言った。