事態は急を要する。
グレンはひとまずホーライル侯爵のもとで身の安全を保証されたが、また別の生徒がドマ伯爵令息ナイサーの被害に遭わないとも限らない。
翌日、グレンは父母のブルー男爵夫妻を連れて、朝イチで王都の騎士団本部、副団長の執務室を訪れた。
事情を知る王弟カズンとホーライル侯爵令息のライル、リースト伯爵のヨシュアも学園を休んで集合した。
執務室には意外な人物たちの姿もあった。
ライルの元婚約者だったシルドット侯爵令嬢ロザマリアと、その父シルドット侯爵の二人も集まっていたのだ。
ひとまず、上位の貴族から最も深刻な被害を受けているグレンのブルー男爵家を、ホーライル侯爵家が寄り親となることで保護することを決め、双方の同意の上で契約書を交わした。
これに関しては、事態が片付いた後もそのまま寄り親・寄り子のままでいるか、もしくはヨシュアのリースト伯爵家がブルー男爵家の支援者にスライドするか、後日また話し合うこととした。
さて、ではブルー男爵家、ホーライル侯爵家、シルドット侯爵家の三家を巻き込んだドマ伯爵家の四男ナイサーについては、どのように対処するべきか。
現状では、ナイサーがグレンに対して行った恫喝や、ホーライル侯爵家のライルへの詐欺教唆に関して証拠がない。グレン本人の供述のみだ。
つまり騎士団がいきなりナイサーを訪れて「お前が犯人だな!」と逮捕はできないということだ。
そこで騎士団の副団長として、貴族の犯罪に詳しいホーライル侯爵は一計を案じた。
「まずはシルドット家のロザマリア嬢に協力を願いたい。ドマ伯爵令息ナイサーはロザマリア嬢に言い寄っているのだよな?」
「はい。最近では身の危険を感じるほど強く圧力をかけて来られます」
ペリドットグリーンの瞳を伏せて、だが事実をしっかりと告げるロザマリア。
「ならば、君には少し怖い思いをさせてしまうが、そのまま婦女暴行を働くよう誘導しよう。すぐ近くに騎士たちが隠れて潜んでいるから、その場で逮捕、拘束する」
そうして、ナイサーへの余罪追及の中で、グレンへの恐喝が発覚したとの流れに持っていくという。
「次に、リースト伯爵」
「はい」
「貴殿の父は魔力から作る樹脂の扱いに長けていた。息子の貴殿も同じだろうか?」
「はい。物品を封入するだけの“魔術”樹脂も、多彩な機能を持たせることのできる“魔法”樹脂も、どちらも可能です」
魔法樹脂は特殊な性質を持つ、術者の魔力を素材として創る樹脂で、術者の意図によって多種多様な機能を持たせることができる。
「魔法樹脂に、音の記録機能を付与できるか?」
ホーライル侯爵の依頼に、ヨシュアは驚いたようにアースアイの瞳を瞬かせた。
「それは秘伝の一つですよ、ホーライル侯爵閣下。よくご存じでしたね。もちろん可能です」
完成品に魔力を通すと、音声記録装置として、短時間だけ音声記録が可能な仕様で創ることができる。
これが、物品を封入する機能しか持たせられない“魔術”樹脂との大きな違いだ。
「ならば、適当な形状でロザマリア嬢が身に付けやすい物を創ってくれるか」
「なるほど、ドマ伯爵令息との会話を証拠となるよう保存したいのですね」
不躾にならない程度にロザマリアを見る。
失礼、と言ってヨシュアはロザマリアの左手を手に取った。
「魔法樹脂でロザマリア様の爪に樹脂ネイルを施しましょう。一番大きな親指の爪がいいかな」
ほんの数十秒ほどで、ロザマリアの爪に魔法樹脂をコーティングする。
元々の彼女の爪色と同じピンク色に染められており、一見すると何もしていない他の爪とほとんど変わらない。
「ロザマリア様がご自分の魔力を魔法樹脂に流したときだけ、周囲の音声を記録するよう設定しました。……ロザマリア様、試しに魔力を魔法樹脂に流してから、何か話してみてもらえますか」
「はい。ええと、それでは……『私はロザマリア・シルドットです。今日は父と一緒に、ホーライル侯爵閣下のもとを訪れました』」
「はい、それで結構です。魔力を止めて大丈夫ですよ」
ロザマリアが魔力を止めても、ネイルの魔法樹脂に特に外見上の変化はない。
「音声の再生方法はどうやるんだ?」
まるで前世の世界にあったレコーダーのようだ。始めて見る魔法の使い方にカズンが興味津々で訊ねた。
だがカズンの質問に答えたのは術者のヨシュアではなく、ホーライル侯爵だった。
「通常は、音声を記録するときに流した以上の魔力を作用させれば再生できる」
試しに、ホーライル侯爵がロザマリアの左手の親指に軽く触れる。
が、音声は再生されなかった。
「俺では魔力が足りないようだ」
「では、私が」
とロザマリアの父、シルドット侯爵が同じようにロザマリアの爪の魔法樹脂に指先を軽く触れさせ、魔力を流す。
『私はロザマリア・シルドットです。今日は父と一緒に、ホーライル侯爵閣下のもとを訪れました』
非常に鮮明な音声が再生される。
期待していた機能は充分だろう。
「オレの魔力量で作ったこれだと、記録時間はギリギリ3分といったところです。ロザマリア様は3分の間にできるだけナイサーを挑発して、相手を怒らせて沢山の発言を引き出して下さい」
「わ、わかりましたわ。頑張ってみます」
荒事に慣れない貴族令嬢には辛いだろうが、実際の現場には騎士たちがいる。
もちろん、同じクラスのカズンやヨシュア、クラスは違うが当事者の一人であるライルも当日は変装してロザマリアの周囲を固めるつもりだった。
グレンはひとまずホーライル侯爵のもとで身の安全を保証されたが、また別の生徒がドマ伯爵令息ナイサーの被害に遭わないとも限らない。
翌日、グレンは父母のブルー男爵夫妻を連れて、朝イチで王都の騎士団本部、副団長の執務室を訪れた。
事情を知る王弟カズンとホーライル侯爵令息のライル、リースト伯爵のヨシュアも学園を休んで集合した。
執務室には意外な人物たちの姿もあった。
ライルの元婚約者だったシルドット侯爵令嬢ロザマリアと、その父シルドット侯爵の二人も集まっていたのだ。
ひとまず、上位の貴族から最も深刻な被害を受けているグレンのブルー男爵家を、ホーライル侯爵家が寄り親となることで保護することを決め、双方の同意の上で契約書を交わした。
これに関しては、事態が片付いた後もそのまま寄り親・寄り子のままでいるか、もしくはヨシュアのリースト伯爵家がブルー男爵家の支援者にスライドするか、後日また話し合うこととした。
さて、ではブルー男爵家、ホーライル侯爵家、シルドット侯爵家の三家を巻き込んだドマ伯爵家の四男ナイサーについては、どのように対処するべきか。
現状では、ナイサーがグレンに対して行った恫喝や、ホーライル侯爵家のライルへの詐欺教唆に関して証拠がない。グレン本人の供述のみだ。
つまり騎士団がいきなりナイサーを訪れて「お前が犯人だな!」と逮捕はできないということだ。
そこで騎士団の副団長として、貴族の犯罪に詳しいホーライル侯爵は一計を案じた。
「まずはシルドット家のロザマリア嬢に協力を願いたい。ドマ伯爵令息ナイサーはロザマリア嬢に言い寄っているのだよな?」
「はい。最近では身の危険を感じるほど強く圧力をかけて来られます」
ペリドットグリーンの瞳を伏せて、だが事実をしっかりと告げるロザマリア。
「ならば、君には少し怖い思いをさせてしまうが、そのまま婦女暴行を働くよう誘導しよう。すぐ近くに騎士たちが隠れて潜んでいるから、その場で逮捕、拘束する」
そうして、ナイサーへの余罪追及の中で、グレンへの恐喝が発覚したとの流れに持っていくという。
「次に、リースト伯爵」
「はい」
「貴殿の父は魔力から作る樹脂の扱いに長けていた。息子の貴殿も同じだろうか?」
「はい。物品を封入するだけの“魔術”樹脂も、多彩な機能を持たせることのできる“魔法”樹脂も、どちらも可能です」
魔法樹脂は特殊な性質を持つ、術者の魔力を素材として創る樹脂で、術者の意図によって多種多様な機能を持たせることができる。
「魔法樹脂に、音の記録機能を付与できるか?」
ホーライル侯爵の依頼に、ヨシュアは驚いたようにアースアイの瞳を瞬かせた。
「それは秘伝の一つですよ、ホーライル侯爵閣下。よくご存じでしたね。もちろん可能です」
完成品に魔力を通すと、音声記録装置として、短時間だけ音声記録が可能な仕様で創ることができる。
これが、物品を封入する機能しか持たせられない“魔術”樹脂との大きな違いだ。
「ならば、適当な形状でロザマリア嬢が身に付けやすい物を創ってくれるか」
「なるほど、ドマ伯爵令息との会話を証拠となるよう保存したいのですね」
不躾にならない程度にロザマリアを見る。
失礼、と言ってヨシュアはロザマリアの左手を手に取った。
「魔法樹脂でロザマリア様の爪に樹脂ネイルを施しましょう。一番大きな親指の爪がいいかな」
ほんの数十秒ほどで、ロザマリアの爪に魔法樹脂をコーティングする。
元々の彼女の爪色と同じピンク色に染められており、一見すると何もしていない他の爪とほとんど変わらない。
「ロザマリア様がご自分の魔力を魔法樹脂に流したときだけ、周囲の音声を記録するよう設定しました。……ロザマリア様、試しに魔力を魔法樹脂に流してから、何か話してみてもらえますか」
「はい。ええと、それでは……『私はロザマリア・シルドットです。今日は父と一緒に、ホーライル侯爵閣下のもとを訪れました』」
「はい、それで結構です。魔力を止めて大丈夫ですよ」
ロザマリアが魔力を止めても、ネイルの魔法樹脂に特に外見上の変化はない。
「音声の再生方法はどうやるんだ?」
まるで前世の世界にあったレコーダーのようだ。始めて見る魔法の使い方にカズンが興味津々で訊ねた。
だがカズンの質問に答えたのは術者のヨシュアではなく、ホーライル侯爵だった。
「通常は、音声を記録するときに流した以上の魔力を作用させれば再生できる」
試しに、ホーライル侯爵がロザマリアの左手の親指に軽く触れる。
が、音声は再生されなかった。
「俺では魔力が足りないようだ」
「では、私が」
とロザマリアの父、シルドット侯爵が同じようにロザマリアの爪の魔法樹脂に指先を軽く触れさせ、魔力を流す。
『私はロザマリア・シルドットです。今日は父と一緒に、ホーライル侯爵閣下のもとを訪れました』
非常に鮮明な音声が再生される。
期待していた機能は充分だろう。
「オレの魔力量で作ったこれだと、記録時間はギリギリ3分といったところです。ロザマリア様は3分の間にできるだけナイサーを挑発して、相手を怒らせて沢山の発言を引き出して下さい」
「わ、わかりましたわ。頑張ってみます」
荒事に慣れない貴族令嬢には辛いだろうが、実際の現場には騎士たちがいる。
もちろん、同じクラスのカズンやヨシュア、クラスは違うが当事者の一人であるライルも当日は変装してロザマリアの周囲を固めるつもりだった。