さっそく一同で王城の敷地内にある騎士団本部を訪れることにした。

 乗りかかった船だからと、グレンの付き添いのカズン、ライルの他、ヨシュアも一緒の馬車で付いて来ている。



 前触れもなしにやってきた息子ライルと、その友人だという王弟カズン。
 称号持ち魔法剣士として有名人のヨシュア。
 そして小柄なピンクブロンド頭の男爵令息の4人。

 いったい何事かと、騎士団本部の副団長執務室で学生たちを迎えたホーライル侯爵カイムは、当初不思議そうに首を傾げていた。

 だが状況を説明されるにつれ、ホーライル侯爵は獰猛な獣の顔つきになって、グレンを睨みつけた。

「グレン・ブルー。貴様、なぜここまで大事になる前に騎士団へ助けを求めに来なかったのだ!」

 息子のライルとよく似た顔に、同じ茶色い瞳に赤茶の短髪を無造作にまとめたホーライル侯爵。
 彼はこの国の成人男性の平均身長より僅かに高いぐらいの背丈だが、騎士達を取りまとめる副団長だけあって歴戦の猛者の貫禄があった。
 赤茶の髪が逆立つ様はまるで獅子の如くだ。

 そのホーライル侯爵に睨まれ怒鳴られて、震え上がるかと思われたグレンだったが。

「騎士団に助けを求めにだなんて、とっくに来てるに決まってるでしょう?」

 えっ? と一同は呆気に取られた。

 不遜な態度と口調で、グレンが続ける。

「もう一ヶ月近く前のことです。朝一で騎士団本部の受付に来ました。受付名簿には、受付時間とボクの氏名、上位の貴族令息から恫喝被害を受けていることの相談と、きちんと記入してあります」
「おい、すぐに当日の受付名簿を持ってこい!」

 ホーライル侯爵は室内に控えていた侍従を受付に走らせた。
 すぐに戻ってきた侍従が持ってきた受付名簿を、グレン以外の全員が覗き込む。

 そこには確かに、グレンの氏名、受付時間、来団目的などが記入されている。
 しかも備考欄には『ホーライル侯爵家に関わる相談事』とある。
 そして、騎士団側の受領欄は空白のままだ。つまり、未処理のままだということである。

「これはいったい……ブルー男爵令息の相談はなぜ受理されていないんだ?」

 カズンたちは首を傾げた。
 ホーライル侯爵は、当日の受付担当の騎士団員を呼び出そうとした。
 が、その必要はないとグレンが止めた。

「ボクの訴えを受付でまともに聴取しなかったのはあなたじゃありませんか。ホーライル侯爵閣下」

 皮肉げに口元を歪めてグレンが言う。

「どういう……ことだ?」



 グレンが語る詳細は、こうだ。

「伯爵令息に脅され、シルドット侯爵令嬢の婚約者のライル様を陥れろと命令されたボクは、既に自分では解決できないと判断して、翌日、朝一で騎士団本部に相談に来ました」

「………………」

「騎士団本部で対応してくれた受付担当の団員に事情を説明して、相談内容を受付名簿に記入しました」

「………………」

「ちょうど書き終わった頃、受付の奥のほうからお酒の匂いをプンプンさせた閣下が出て来られましてね。『ひっさしぶりに朝帰りしちまったよ、銀蝶亭のアゲハちゃん床上手でさあ!』って言いながら」

「………………くっ」

 ホーライル侯爵が呻く。確かに一ヶ月ほど前、城下町の高級娼館を利用した記憶がある。翌日は朝帰りだった。
 久し振りに深酒もして、ひどい二日酔いで午後まで使い物にならなかったことまで思い出す。

「グレン、それで?」

 ホーライル侯爵への突っ込みは後回しだ。カズンが先を促した。

「受付の方が、ホーライル侯爵閣下の家に関係ある相談事ですと、その場で閣下に報告しました。ボクは更に詳細を閣下に説明しようとしたのですが、途中で『ああ面倒臭ぇ、後で対応するから、後でな!』と言われ、また受付の奥に戻って行かれました。しばらくすると、奥から大きないびきが聞こえてきましたね」

「………………………………」

「あとはご存じの通りです。ボクは女装してホーライル侯爵令息に近づき、シルドット侯爵令嬢との婚約を破棄する方向へ誘導しました」



「……何と、まあ……」
「親父……」

 銀蝶亭のアゲハちゃんって誰だよ。

「閣下……だから銀蝶亭のアゲハちゃんはさげまんだからやめておけって皆言ってたのに……」

 室内にいた補佐官も呆れていた。壁際で控えている侍従も、残念なものを見る顔でホーライル侯爵を見つめている。

「ボクがやったことは確かに罪です。どんな罰も受けます。ですが、ボクを罪に問うというなら、ボクは騎士団本部まで直接相談しに来たにも関わらず、ろくに内容を確認もしないで放り出してくれたホーライル侯爵閣下を、王都騎士団の副団長の責務放棄で告発します」

 アケロニア王国は法治国家だ。もちろん王政国家でもあるから、王侯貴族には優遇される場面が多い。
 しかしそれでも、この状況が明るみに出れば大変なスキャンダルだ。現役侯爵で騎士団副団長のホーライル侯爵が受けるダメージは甚大なものになる。

「……俺を脅す気か? この青二才が」
「とんでもない。ボクは取引しませんかと言ってるんです」

 一同、固唾を飲んでグレンとホーライル侯爵を見守った。

「ボクは自分の男爵家と妹を守りたいし、閣下はご自分の立場を守りたい。でしょう?」
「……具体的に貴様は何を望むんだ」
「ボクを脅し、妹の貞操を汚そうとしたドマ伯爵家の四男ナイサーを地獄に落としてやりたい。それと……庶子のボクを引き取って良くしてくれた父と義母に迷惑をかけたくない」

 この口ぶりでは、庶子とはいえグレンにとってブルー男爵家での待遇は、決して悪いものではないようだ。

「なるほど。伯爵家四男に直接報復すると、伯爵家側から実家の男爵家に制裁される可能性があるな」
「……はい。うちの商会は王都でそこそこ規模がありますが、やはり格上の伯爵家に睨まれるときついです」

 しばらく、ホーライル侯爵は顎に手を当てて考え込んでいた。
 やがて、じっとグレンを静かな目で見つめた。

「ブルー男爵令息グレン。貴様がうちの馬鹿息子とシルドット侯爵令嬢との婚約をぶち壊してくれた不利益は、大したものだぞ」
「……はい。そうでしょうね」

 グレンは、高位貴族の家同士の政略による婚約を破棄させるきっかけを作った男だ。
 そしてホーライル侯爵家は、ロザマリア嬢のシルドット侯爵家に対して、ホーライル侯爵家の有責による、少なくない金額の慰謝料を既に支払っている。