ホーライル侯爵領では、食の探求以外にも、4人で鍛錬したり、会話を楽しんだりでそれなりに仲を深めたカズンたちだ。
そんな充実した週末の小旅行から王都に戻ってきて数日後。
例の物を渡すから放課後王宮へ来いと、カズンは学園でユーグレンから手紙を貰った。
今日は午前中で授業は終わりだから、カズンは一度自宅のアルトレイ女大公邸に戻って、制服から略礼装に着替えてから王宮へ上がった。
王宮へ行くとユーグレンから「私だってガスター菓子店のショコラは好物なのだが」とブツブツ言われながらも中箱の詰め合わせを渡された。
ちなみに祖父王から頂戴した小遣いは、家族や周囲の側近たちへの土産代に大半が消えて、残りはきちんと返金している。これはカズンも同じだ。
ショコラ詰め合わせ・中箱は、きっちりユーグレンの毎月の小遣いからの支出である。痛い。
「ふふ。もう間もなく来ますよ、殿下。そのときまだ同じ愚痴が言えるかな?」
「えっ、来るって誰がだ?」
王子として、ユーグレンは既に祖父王や王太女の母の執務を手伝っている。
学園では生徒会長として生徒会の仕事、放課後帰宅してからは執務と忙しい。
ちょうど王宮に着いた時間が午後のお茶の時間に近かったので、ユーグレンの休憩も兼ねて王宮内の庭園にあるあずまやにティータイムの用意をして貰った。
「ああ、ちょうど薔薇が咲き始める頃ですね」
「そうだな、今年は白薔薇から咲き始めて……」
侍女が来客を告げに来る。
この庭園は許可のない者は入れない。
いったい誰が? と不思議そうな顔になったユーグレンは、すぐ後に現れた人物に息を止めた。
「アケロニア王国のユーグレン王子殿下にご挨拶申し上げます。先日は大変お世話になりました、リースト伯爵ヨシュアでございます」
白地に鮮やかなネイビーの差し色、装飾にはミスリル銀を使った軍装に、肩からは太腿までの長さの同色のマントを装着している。
リースト伯爵としての正装で膝をつくのは、青みがかった銀髪と銀色の花咲くアースアイの持ち主だった。
「ヨシュア……」
咄嗟に椅子から立ち上がったユーグレンは、呆気に取られている。
カズンもヨシュアが現れた方向を見て、おや、と黒縁眼鏡の奥の黒い瞳を瞬かせた。
薔薇と葉の濃い緑を背景にすると、ヨシュアの白い礼装は大変に映える。
「咲きかけの白薔薇の中にその格好だと、なかなか絵になるじゃないか。どこの名画家の芸術かと思ったぞ、ヨシュア」
「おや、カズン様もいらしたのですか」
自分への賛美は華麗にスルーして、ヨシュアが立ち上がる。
そのままあずまやの中へ招いてやる。
彼は、先日の亡父の魔法樹脂の解術の儀式立ち会いへの礼を言いに参上したのだ。
その手には何やら見覚えのある、シックなビターチョコレート色の包装紙に金箔で店名の入った紙袋が提げられている。
「そ、それはガスター菓子店のではないか?」
「ええ。カズン様から、ユーグレン殿下がお好きな店と教えていただいたものですから」
しかも大箱だ。大箱の中でも一番大きなやつだ。何と驚きの五段重ね!
思わずカズンを振り向いた。カズンはニンマリと、黒縁眼鏡のレンズの奥で、してやったりな表情で笑っている。
「ね、良い出費だったでしょう?」
と自分が貰ったショコラの中箱の包みを掲げて見せた後、一礼してその場を辞した。
「ショコラの食べ過ぎは鼻血が出ることがあるそうですよ。お気を付けて、殿下」
「ち、ちょっと待てカズン、どこへ行く!?」
「お兄ちゃまとお茶の約束があるのです。ではごきげんよう」
(よーし、いい仕事した自分!)
元々、カズンはヨシュアから、ユーグレンへの礼の日取り調整を頼まれていた。
学園でユーグレンからの手紙を貰った後、すぐヨシュアに今日の予定を確認したら大丈夫だと言うので、自分が王宮に上がる時間に合わせて登城してもらったのだ。
ユーグレンから頂戴したショコラは兄王といただくとしよう。
上機嫌で庭園を後にした。
その後、王宮の兄王テオドロスの執務室でユーグレンが戻ってくるのを待っていた。
お茶請けはもちろん、ユーグレンから頂戴したばかりのガスター菓子店のショコラだ。
ちなみにこの菓子店のショコラは、王族は皆大好きで、献上はいつでもウェルカムである。
そして帰ってきたユーグレンは、この上なく上機嫌だった。
これはもしや? と期待するも、やはりヨシュア絡みのユーグレンは残念だった。
「聞いてくれカズン! ヨシュアと次にお茶する約束を取り付けたぞ!」
「えええええ……それだけ?」
カズンは黒縁眼鏡が顔からずり落ちそうになった。
「何を言う。大した進歩じゃないか!」
「進展遅すぎませんか! ユーグレン殿下はもっと頑張れる男だと思ってましたよ!」
国王のテオドロスと宰相は結果を予想していたのか、苦笑している。
「青春ですな、陛下」
「今どきの子供は奥手だと聞くが、まあ見てて飽きぬな」
奥手ってレベルじゃない! とカズンは叫びたかったが、当のユーグレンは幸福感いっぱいのようで顔を盛大に綻ばせている。辺りに花が舞っているかのような浮かれっぷりだ。
「あれだけベストなシチュエーションを誂えて差し上げたのに! 何かもっとないんですか、こう……こう!」
薔薇の咲く静かな庭園、そこにあるあずまやで優雅に二人だけのティータイム。
完璧だったはずなのに、もっと機会を活かして欲しかった!
「高望みはするまい。共にいられるだけで幸せだった」
自分にそっくりなユーグレンが、うっとりと頬を染めて天を仰いでいる。
これはもう、今後もしばらくは彼の“ヨシュア信仰”を聞かされること間違いなしだろう。
(ヨシュア本人がユーグレンに興味がないからな。これはできるだけ、二人の接点を持たせるしかないか)
幸い、同じ学園に通う同学年の生徒だ。
今後はもっと、無理にでも二人が一緒にいられる場を作ってやろうと、半ばやけくそ気味に決意するカズンなのだった。
そんな充実した週末の小旅行から王都に戻ってきて数日後。
例の物を渡すから放課後王宮へ来いと、カズンは学園でユーグレンから手紙を貰った。
今日は午前中で授業は終わりだから、カズンは一度自宅のアルトレイ女大公邸に戻って、制服から略礼装に着替えてから王宮へ上がった。
王宮へ行くとユーグレンから「私だってガスター菓子店のショコラは好物なのだが」とブツブツ言われながらも中箱の詰め合わせを渡された。
ちなみに祖父王から頂戴した小遣いは、家族や周囲の側近たちへの土産代に大半が消えて、残りはきちんと返金している。これはカズンも同じだ。
ショコラ詰め合わせ・中箱は、きっちりユーグレンの毎月の小遣いからの支出である。痛い。
「ふふ。もう間もなく来ますよ、殿下。そのときまだ同じ愚痴が言えるかな?」
「えっ、来るって誰がだ?」
王子として、ユーグレンは既に祖父王や王太女の母の執務を手伝っている。
学園では生徒会長として生徒会の仕事、放課後帰宅してからは執務と忙しい。
ちょうど王宮に着いた時間が午後のお茶の時間に近かったので、ユーグレンの休憩も兼ねて王宮内の庭園にあるあずまやにティータイムの用意をして貰った。
「ああ、ちょうど薔薇が咲き始める頃ですね」
「そうだな、今年は白薔薇から咲き始めて……」
侍女が来客を告げに来る。
この庭園は許可のない者は入れない。
いったい誰が? と不思議そうな顔になったユーグレンは、すぐ後に現れた人物に息を止めた。
「アケロニア王国のユーグレン王子殿下にご挨拶申し上げます。先日は大変お世話になりました、リースト伯爵ヨシュアでございます」
白地に鮮やかなネイビーの差し色、装飾にはミスリル銀を使った軍装に、肩からは太腿までの長さの同色のマントを装着している。
リースト伯爵としての正装で膝をつくのは、青みがかった銀髪と銀色の花咲くアースアイの持ち主だった。
「ヨシュア……」
咄嗟に椅子から立ち上がったユーグレンは、呆気に取られている。
カズンもヨシュアが現れた方向を見て、おや、と黒縁眼鏡の奥の黒い瞳を瞬かせた。
薔薇と葉の濃い緑を背景にすると、ヨシュアの白い礼装は大変に映える。
「咲きかけの白薔薇の中にその格好だと、なかなか絵になるじゃないか。どこの名画家の芸術かと思ったぞ、ヨシュア」
「おや、カズン様もいらしたのですか」
自分への賛美は華麗にスルーして、ヨシュアが立ち上がる。
そのままあずまやの中へ招いてやる。
彼は、先日の亡父の魔法樹脂の解術の儀式立ち会いへの礼を言いに参上したのだ。
その手には何やら見覚えのある、シックなビターチョコレート色の包装紙に金箔で店名の入った紙袋が提げられている。
「そ、それはガスター菓子店のではないか?」
「ええ。カズン様から、ユーグレン殿下がお好きな店と教えていただいたものですから」
しかも大箱だ。大箱の中でも一番大きなやつだ。何と驚きの五段重ね!
思わずカズンを振り向いた。カズンはニンマリと、黒縁眼鏡のレンズの奥で、してやったりな表情で笑っている。
「ね、良い出費だったでしょう?」
と自分が貰ったショコラの中箱の包みを掲げて見せた後、一礼してその場を辞した。
「ショコラの食べ過ぎは鼻血が出ることがあるそうですよ。お気を付けて、殿下」
「ち、ちょっと待てカズン、どこへ行く!?」
「お兄ちゃまとお茶の約束があるのです。ではごきげんよう」
(よーし、いい仕事した自分!)
元々、カズンはヨシュアから、ユーグレンへの礼の日取り調整を頼まれていた。
学園でユーグレンからの手紙を貰った後、すぐヨシュアに今日の予定を確認したら大丈夫だと言うので、自分が王宮に上がる時間に合わせて登城してもらったのだ。
ユーグレンから頂戴したショコラは兄王といただくとしよう。
上機嫌で庭園を後にした。
その後、王宮の兄王テオドロスの執務室でユーグレンが戻ってくるのを待っていた。
お茶請けはもちろん、ユーグレンから頂戴したばかりのガスター菓子店のショコラだ。
ちなみにこの菓子店のショコラは、王族は皆大好きで、献上はいつでもウェルカムである。
そして帰ってきたユーグレンは、この上なく上機嫌だった。
これはもしや? と期待するも、やはりヨシュア絡みのユーグレンは残念だった。
「聞いてくれカズン! ヨシュアと次にお茶する約束を取り付けたぞ!」
「えええええ……それだけ?」
カズンは黒縁眼鏡が顔からずり落ちそうになった。
「何を言う。大した進歩じゃないか!」
「進展遅すぎませんか! ユーグレン殿下はもっと頑張れる男だと思ってましたよ!」
国王のテオドロスと宰相は結果を予想していたのか、苦笑している。
「青春ですな、陛下」
「今どきの子供は奥手だと聞くが、まあ見てて飽きぬな」
奥手ってレベルじゃない! とカズンは叫びたかったが、当のユーグレンは幸福感いっぱいのようで顔を盛大に綻ばせている。辺りに花が舞っているかのような浮かれっぷりだ。
「あれだけベストなシチュエーションを誂えて差し上げたのに! 何かもっとないんですか、こう……こう!」
薔薇の咲く静かな庭園、そこにあるあずまやで優雅に二人だけのティータイム。
完璧だったはずなのに、もっと機会を活かして欲しかった!
「高望みはするまい。共にいられるだけで幸せだった」
自分にそっくりなユーグレンが、うっとりと頬を染めて天を仰いでいる。
これはもう、今後もしばらくは彼の“ヨシュア信仰”を聞かされること間違いなしだろう。
(ヨシュア本人がユーグレンに興味がないからな。これはできるだけ、二人の接点を持たせるしかないか)
幸い、同じ学園に通う同学年の生徒だ。
今後はもっと、無理にでも二人が一緒にいられる場を作ってやろうと、半ばやけくそ気味に決意するカズンなのだった。