カズンの前世については、少々暗い話になってしまった。
 場の雰囲気を変えるため、カズンはあえて明るい声を出した。

「僕の前世はまた話すこともあるだろう。次は……ヨシュア! おまえは何かないか? ほら、リースト伯爵を襲名したばかりだろう。そろそろ結婚の話も出てきてるんじゃないか?」

 興味津々でユーグレンが聞いているのをわかった上で、彼に情報を流すため、ヨシュアに婚約者がいないか聞き出すカズン。
 だが当の本人は首を傾げている。

「うーん。お見合いは昨日もしてきましたけど、今のところ全部断られてしまっています。全敗ですよ、参ったなあ」
「き、昨日もだとっ!?」

 ユーグレンが泡を食っている。

(うん。ファンクラブ会長のおまえ的には会報のネタができて良かったじゃないか。ははははは)

 ヨシュアが言うには、これまで伯爵位継承前も併せれば多数のお見合いを経験しているが、すべて相手側から断られてしまっているという。

「こう言ってはなんだが、おまえの美貌ならいくらでも相手がいるだろう?」
「まあ、自分でも悪くない顔だと思ってますよ。釣書も沢山来ますし。でも嗜好が合わないと言って、すぐ断られてしまうんです」

 詳しく聞いてみると、ヨシュアは婚約者候補たちに必ず確認することがあるのだそうだ。



「我がリースト伯爵家は魔法使いや魔術師の家系です。領地では回復薬のポーション材料に使うための動植物が豊富です。それが領内の生活や食事にも反映されておりまして……」

 リースト伯爵領で特徴的なのは、薬食といって、魔法魔術薬の材料となる素材を食す文化だ。

「たとえばヤモリは、魅了薬の材料としてポピュラーですね。こんがり黒焼きにしておやつにしたり、酒の肴にすることが多いです」
「ヤモリってあの、家の壁とかにくっついてる黒いのか?」
「ええ、そのヤモリです。リースト伯爵領のヤモリは大ぶりで、なかなか食い応えがありますよ」
「お前、食うのか……ヤモリを……」

 ライルがヨシュアの顔をまじまじと見つめて、ビックリしている。
 そんなお綺麗なツラしてヤモリ囓るのか。

「あとは同じように、昆虫を食します。他領出身の方には驚かれることも多いので、お見合いの場で必ず確認するようにしています。『虫を食べるオレと口づけはできますか、この唇に愛されることはできますか?』と」
「………………きっつううう。え、ちょっと待て、虫食う習慣があるってことはだぞ、今日の昼にお前が作ってくれた飯って……」
「いえいえ。あれは海老ですから。見た目ちよっと似てるかもですが別物でしょう?」
「あー! 言っちゃなんねえこと言ったな!? この先海老食えなくなったらどうしてくれんだー!」
「はははは、イヤだなあライル様ったら。海老のほうが大抵の虫より美味ですよ?」
「だから想像させんなってー!!!」

 昼間に楽しんだ海老の思い出がぶち壊しである。



 ともあれ、ヨシュアがお見合いの場でお相手に対し、リースト伯爵領の食文化について事前説明するとの話に戻る。

「婚約して結婚後に発覚したらお嫌だろうなと思って、ちゃんと確認してるんです。それで婚約を辞退されてしまうのですが、仕方ないですよね」

 ちなみにヨシュアの亡くなった父、前リースト伯爵カイルも同じように、お見合いの場では丁寧に、令嬢たちに悪食を許容できるか否か確認していたらしい。

「でもおまえが産まれているのだから、カイル様は結婚できたってことだろう? お母上はゲテモノ耐性があったのか? それか同じ領地出身の方だったとか」
「いえいえ。亡くなった母は同じように婚前に父から説明を受けて、こう言ったそうです。『物を食べたら歯を磨いてうがいをし、香草を噛むのがエチケットでしてよ!』」

 何とも斜め上方向にズレたコメントをする女性である。
 残念ながらヨシュアの母は既に故人だ。

「……お母上はカイル様が昆虫を食すことについては、どうお考えだったのだ?」
「『口から虫の脚が飛び出てさえいなければ、我慢しますわ!』とのことでした。この令嬢を逃したら自分はもう一生独身に違いないと思って、一生懸命口説いて落としたらしいですよ。父は」
「ほう……」

 口を挟まず黙って聞きながら、がっつり耳を向けてヨシュアの台詞の一言一句逃さぬようにしているユーグレンを、ちらりと見やる。
 その拳は力強く握られている。

(推しが虫を食ってても無問題……か?)

 それぐらいではユーグレンのヨシュア信仰が揺らぐことはなさそうだった。