「これは、このままかぶりつけばいいのか?」

 慣れない食べ方にユーグレンが苦戦している。
 既に先に食べているライルを見て真似しようとするが、普段食しているサンドイッチと違い紙ナプキンに包まれているため、勝手が異なるようだ。

「殿下、こう……ナプキンから食べる分だけ押し出して囓ればよろしいかと」

 こう、と横からヨシュアが手を伸ばして、ユーグレンが持つ海老カツサンドの紙ナプキンを押さえてやっている。
 触れ合う指と指。互いの顔も近い。思わずユーグレンが取り落としそうになるのを、すかさずヨシュアが受け止める。

「す、すまない!」
「大丈夫ですか? 難しいようでしたら、皿でナイフとフォークを使って食べてもいいと思いますよ?」
「い、いや、このまま頑張ってみる……」

 うん。頑張れ。すごく頑張れ、ユーグレン殿下。

 図らずもカズン、ライルだけでなく、調理師たちも皆心の声は一緒だったようだ。
 あえて余計な口は挟まず、見守りに徹するのみ。

 何とかユーグレンが自分で海老カツサンドを食べ始めたのを確認して、ヨシュアも自分の分に口を付けていく。

「……うん、鮭をフライにして同じようにパンに挟むの、有りですね!」

 鮭が特産品のリースト伯爵領の主は、海老カツサンドを咀嚼しながら力強く頷いている。

 その隣の席では、「鮭を食しにリースト伯爵領……行きたいな……(ヨシュアと共に)」と副音声まで聞こえてきそうなことをユーグレンが呟いている。



「えっと……あれ、もちろんヨシュアは気づいてんだよな?」
「そう思うか? 気づいてるなら話はもっと早かったんだ」
「え。無自覚なの? 気づいてねぇの、あれで!?」

 うむ、と重々しくカズンは頷いた。

「ヨシュアはあの容姿だし、人から好意を向けられることに慣れているからな。はっきり言われない限り、自分から気にすることもないのだろう」
「うっわ、てっきり殿下からの好意をわかっててスルーしてるんだとばかり。それはそれでキツいな……」

 それぞれ数個めの海老カツサンドを囓りつつ、ヨシュアとユーグレンを眺める。

 にこやかに海老カツサンドの感想を言い合っているが、平常なのはヨシュアだけで、やはりユーグレン側はどこか挙動もぎこちない。

「キツいのは、あれを上手く導かねばならん僕のほうだ。今はまだ学生だから良いが、卒業後の王宮内でもあのままだと不味い」

 一国の王子が、ただの伯爵を信奉、いや崇拝する姿を他者はどう思うか。

 今は学園の最終学年で、三学期制の第一学期が始まったばかり。
 もう少し何とかなれば良いのだが。

「お前も大変だな。ま、愚痴くらいなら俺でも聞けるからさ」

 へへっ、と照れたように笑う赤茶の髪の少年の存在が、今はありがたい。
 今後は彼ら絡みの件でも遠慮なく巻き込ませてもらおう。



「カズン様、お待たせしてすいません。ところで海老のラーメンはどうされるんです? この後まだ調理実験します?」

 談笑しながら海老カツサンドを食べ終えたヨシュアが、ようやくこちらを思い出したようで、確認してきた。

「………………やはり一朝一夕にはいかん。今回は美味いフライ料理が作れたからよしとしよう」

 前世での日本のように保冷剤などない世界だ。
 転移陣はあくまでも人間の移動のためだけのもので、各地の物産品を運ぶことは禁じられているし、海老を新鮮なまま王都に持ち帰るのも難しい。

 商業ギルドからは干し海老を融通して貰えたので、王都ではそれを使って引き続き海老出汁スープの研究を行おうと思っている。



 それから腹ごなしに、漁港の街を散策することにした。

 今回のホーライル侯爵領への小旅行は私的な探訪のため、特に礼服は持参していない。
 ライルの父であるホーライル侯爵も王都のタウンハウスにいて、こちらまでは来ていないことだし。
 こういった街歩きを想定していたため、良家の坊ちゃんが街を適当に散策する程度のラフな衣服を心がけている。

 とはいえ、全員がジャケットとシャツ、スラックスに革靴と、これでスカーフかネクタイを締めればそのまま高級レストランに入れる格好でもある。
 カズンがどう頑張っても、アルトレイ女大公家の執事がこれ以上カジュアルな衣服を用意してくれなかった。その辺の事情は他の三人も同じだろう。

「なあ。ジーンズ、欲しいよな?」
「激しく同意。どうせ革靴とシャツからは逃れられんのだ、ジーンズルックだってキレイめにまとめればうるさくは言われないはず」

 アケロニア王国は王族や貴族のいる国のため、どこに行っても身分ごとのクラス感からは逃れられない。
 自宅の屋敷ならゆったりと動きやすいズボンとシャツだけでもいいが、人目のある場所で“庶民に見える格好”は、王族や貴族である彼らには許されなかった。



「ライル様ー! 地図お持ちでしたよね、見せてくださーい!」

 前を歩いていたヨシュアがライルを呼ぶ。
 商業ギルドで貰ってきた、漁港付近の簡易地図はライルが代表して受け取っていた。

 ライルがヨシュアの元へ行くと、すかさずユーグレンがカズンの元へやって来た。

「カズン……私はもう今日で死んでしまうのではないか? 今日だけでどれだけ彼と話しただろう? もう一生分話した……」
「何言ってるんですか、殿下。これからまだホーライル侯爵邸に行って、一緒の晩餐がありますよ。その後だって」

 さすがに高位貴族のホーライル侯爵邸で枕パーティーはできないだろうが、同級生の男子4人が集まっているのだ。話題は色々尽きないだろうと思う。

「殿下がもうちょっとしっかりしてくれてたら、ホーライル侯爵邸でゲスト用の四人部屋を用意してもらえたんですよ? 残念ながら今回は僕と二人部屋です。王族は二人まとめておいたほうが警備も楽でしょうから」

 当初、ちょっとした合宿みたいにしないか? とライルが提案してくれて、ホーライル侯爵邸では四人一緒に同じ部屋で眠れる広いゲストルームを用意してもらえる予定だった。

 ところがその話を聞いたユーグレンが「無理だ! 憧れの人(ヨシュア)と同じ部屋でなんて眠れるはずがない!」と悲痛な叫びを上げたため、仕方なく別々の部屋を準備させることになってしまった。

「この調子で、明日の午後帰るまで保つんですかね?」
「保たせて……みせる……」

 旅行はまだ丸一日残っているのに。

 まるで死に戦に赴く騎士の如き悲壮さを浮かべて、ユーグレンが黒い瞳に決意を固めている。
 自分より高い身長と体格以外はほとんど同じ、黒髪黒目の端正な顔立ちのいい男のはずが、どうにも締まらないことだ。

 前途多難だなあとカズンは思ったが、父ヴァシレウスに頼まれているということもある。
 この旅行期間中に、少しでも二人が親しくなれれば良いのだが。

 今のところ、ヨシュア側のユーグレン王子への対応は社交辞令の域を出ていない。