「……悔しいが美味い」
「………………以下同文」

 新鮮な海老の濃厚な旨味を、生クリームと香味野菜でまとめあげた海老のクリームパスタは、ソースを残すのが惜しくなるほど美味だった。

「文句言いながらなんて、お行儀悪いですよ、カズン様、ライル様。でも美味しかったのなら良かった」

 食堂はまだギリギリ、ランチの時間帯だったので、食べ放題のパンがカゴに盛られて各テーブルの上にある。
 メインはパスタだが、残ったソースをパンで拭って食すのはこの国の食事マナー的に有りだ。

「しかも、あんな短期間で前菜とサラダまで作るとは。侮り難しヨシュア……」

 千切った葉野菜の上に、刻んだ生の海老の身を円盤状にまとめたものが載っている。その上に香菜のディルのみじん切りと、オリーブオイルのドレッシングがかかっている。
 いわゆる、海老のタルタルステーキだ。

「これもシンプルだが美味いな。ディナーなら白ワインと一緒にいただきたかったぞ、ヨシュア」
「お褒めに預かり光栄です、殿下。オレの初級の調理スキルでは一度に二品が限界なのです。でも喜んでいただけたなら嬉しいです」

 微笑むヨシュアの、麗しの美貌の威力よ。

「ンンッ、……うむ、いや本当に……美味い」

 ユーグレンが飲んでいるのはワインなどではなく、ただの水だ。
 なのにその頬はほんのりと赤い。



「……なあ、ユーグレン殿下ってさ……」
「しっ、言うなライル。下手に突っつくと延々と切ない推し語りに付き合わされるぞ!」

 さすがに間近で見ると、普段は剣しか興味がないライルでも気づく。
 ひそひそと、彼らに聞こえない程度の声量で情報交換するカズンとライル。

「え、あれっていつから?」
「僕たちが学園に入学した頃からだ。ほら、竜退治のときから」
「なるほど、あれでキュンと来ちまった口かあ殿下……」
「ヨシュアのファンは皆ああなるからなあ」
「普通に仲良くなりゃいいのにな」
「まったくだ」

 とりあえず邪魔はせず、見守るに留めようということで話はついた。



「にしても、海老出汁ラーメンスープ、案外難しかったな」
「ああ。僕も海老出汁はそんなに詳しくなかったからな。簡単に考えすぎていた。ライルのほうは?」
「俺は作るほうは全然だなァ。領の本宅も、王都での屋敷でも飯は美味いから自分で作るとか考えたこともねぇ」

 調理スキル持ちの一部を除けば、貴族の男子などこんなものだろう。

「でも、辛味噌系の海老ラーメン……食いたいよな?」
「食いたい。やっぱ味噌探しやろうぜ、魚醤や醤油はあるんだし探せば絶対どこかの国にはあるはず」

 漁港のあるホーライル侯爵領には、何と魚醤、前世の日本ではナンプラーと呼ばれていたものに相当する調味料があった。
 調理室の調味料入れを確認したところ発見したのだが、あの強烈なアンモニア臭を我慢して味見してみれば、懐かしい塩気の強い発酵調味料の味。間違いない。

 醤油は他国から輸入する代表的な調味料のひとつだが、これは王都でも保存食扱いで容易に入手可能だ。実際、学園の食堂で再現してもらった醤油ラーメンのスープには既に使っている。

「魚醤と醤油・味噌は原材料からして別だぞ。……だがまあ、醤油があるのに味噌が輸入されてないのは謎だな。味噌の副産物が醤油なわけだし」



 ヨシュア作の生海老タルタルステーキと海老のビスク風パスタを食べ終わり、さてこの後はどうしようかとカズンは思いを巡らせる。

「いや待てよ、タルタルステーキ……タルタル……」
「カズン、それってまさか」

 黒縁眼鏡のブリッジを押し上げながらのカズンの呟きに、ハッとライルが茶色の目を見開いて反応する。

「この国って、タルタルソースはないよな?」
「ない。卵酢もといマヨネーズはあるが、タルタルソースはまだ見てない」

 ナイフとフォークを置き、すくっと二人同時に立ち上がった。

「ヨシュア! まだ海老は残っているな!?」
「え、ええ……残った分は食堂で使い切ってくださるそうなので」
「よし! 行くぞライル!」
「了解!」

 再び調理室へ向かうカズンとライル、そして一同の相伴に与っていた調理師たちも慌てて席を立ち、後を追う。
 残されたユーグレンは呆気に取られるが、ヨシュアは慣れた様子で笑っている。

「まだまだ美味しい追加が出てくるってことですよ、殿下」