今回のホーライル侯爵領への小旅行の目的は、ただ一つ。
カズンが作っているラーメンの新たなスープ材料として、海老をゲットするためである。
ひとまず家令はホーライル侯爵邸へ帰し、同じ区画にある商業ギルドへと移動する。
商業ギルド内の調理室を借りて、調理実験をすることとなった。
ライルを通じて、その日の早朝に水揚げされた新鮮な海老を主体に材料を揃えてもらってある。
アケロニア王国は円環大陸では一部の領を除き、比較的気候の安定した地域にある。
(前世の知識と比べてみると、イタリアっぽい食文化なんだよな)
他国と比べても食糧事情が良い。必然的に食道楽が多く、貴族もこうして自ら調理するのは珍しいことではない。
もっとも、生活のために料理を作る庶民たちと比べれば、貴族は調理スキルを磨くための趣味であることも多いのだが。
上着を脱ぎ、エプロンと髪をまとめる用の三角巾だけ身につけて、いざ美味スープの調理へ。
が、しかし。
「やはり海老出汁スープには味噌が欲しい……!」
「海老単体でも美味いんだけどなあ……何か物足りねえっつうか」
ラーメンマニアのカズンとライルが、出来上がったスープを味見して項垂れている。
とりあえず最初は、車海老と芝海老に似た海老を殻ごと、いくつかの香味野菜とともに煮てみた。
素材の海老の鮮度が良いので、十数分後に出来上がったスープは海老の旨味がふんだんに溶け出した素晴らしい風味だった。
まだほとんど塩も足していないのに、口の中いっぱいに広がる海老の旨味がすごい。
だが求めていた海老出汁スープのイメージとは大分かけ離れていた。
「身じゃなくて、殻からもスープを取るのですね。面白い使い方だ」
試作品第一号のこのスープベース、ヨシュアは結構好きな味だった。
隣で同じように味見していたユーグレンも、具も何もないスープだけの旨味に驚いている。
飲食店組合の組合長によると、ホーライル侯爵領では海が近く海老も新鮮なものが毎朝市場に出回るので、加熱せず生のまま食すことも多いのだそうだ。
「茹でた海老の身を荒く刻んで、香草と和えてゼリー寄せにしたものは母が好きなんだ。リースト伯爵家ではどうだい?」
「我が家だとやはり鮭が多いですね。名産品ですし」
リースト伯爵領には海はなくとも、川がある。その川へ、海に面した他領経由で鮭が上がる。
カズンとライルは、ああでもない、こうでもないと海老出汁スープ第一号を前に、他の材料をあれこれ吟味しては次の手を模索している。
こちらはこちらで、ヨシュアはユーグレンと工夫してみることにした。
「オレは別の料理を作ってみようかと思います。殿下はどうなさいますか」
カズンたちのラーメンスープ作りに混ざるか、ヨシュアの方を手伝うか。
「あちらは、あれで盛り上がっているようだ。私は君を手伝おう。何かできることはあるかい?」
「では海老の殻を一緒に剥いていただけますか」
王族の一人として調理などしたことがなくとも、『全方向に優秀な王子』と言われるだけあってユーグレンは器用だった。
最初の一、二尾だけ潰してしまったが、ヨシュアや飲食店組合の調理師たちにコツを教えられ、すぐにスルッ、スルッと海老の頭や殻、脚を剥がしていった。
二人の調理師も加わって、あっという間に海老の身と殻がそれぞれ山になってボウルにわけられる。
「あとはこう……殻を軽く焼いて、煮て……」
ヨシュアは調理スキルを持っているが、専門の調理師がいるので実際の調理はそちらに任せることにした。口だけ出して、指示通りに調理していってもらう。
ニンニクやタマネギ、トマトなども細かく刻んで煮詰めたり、油で炒めておいたりしてもらう。
同時進行で、カズンたちが使いたがっていたものとは別の幅広の麺も大鍋で茹でるよう指示した。
殻ごと茹でたスープは、中身の殻を一部だけ残して取り除き、ここで少しだけヨシュア自ら魔術を用いて殻ごと滑らかになるまで細かく粉砕し、かき混ぜた。
そこへ、炒めておいたニンニク、タマネギ、トマトも入れて、更に滑らかになるまで同じように魔術を使いかき混ぜていく。
最後に生クリームを足して、味見をしてから塩を足す。
その頃には茹で上がっていた幅広パスタのフィットチーネを、一人前ずつ鉄のフライパンで海老のソースと合わせて軽く加熱して、皿に盛り付けていった。
別で塩ゆでしていた海老の身と、香草のパセリを彩りよく飾り付けて完成である。
「おーい、二人とも! お昼ご飯できましたよー!」
出来上がったのは、いわゆる海老のビスク風パスタだった。
ヨシュアに声をかけられて、まだ海老出汁スープにああだこうだと言いながら試行錯誤していたカズンとライルが、勢いよく振り向いた。
そして、調理台に載っているパスタ料理の皿を見て、指差して叫んだ。
「ちょ、何だそれ! 何でパスタなんか作ってんだよヨシュア!」
「だって、カズン様たちのラーメンスープ、今日中に完成しそうにないんですもの。オレはお腹が空いてるんです」
悪びれなく言って、ユーグレンや調理師たちと隣の食堂に皿を持って運んでいった。
「くそ、やられた!」
「おのれヨシュア……静かだと思ったら何という裏切り」
毒づいているカズンたちに、調理室まで戻ってきたユーグレンが呆れていた。
「あのな、お前たち。とっくに昼時は過ぎてるんだ、ラーメンスープとやらに夢中になる前に、先に食事にしよう」
カズンが作っているラーメンの新たなスープ材料として、海老をゲットするためである。
ひとまず家令はホーライル侯爵邸へ帰し、同じ区画にある商業ギルドへと移動する。
商業ギルド内の調理室を借りて、調理実験をすることとなった。
ライルを通じて、その日の早朝に水揚げされた新鮮な海老を主体に材料を揃えてもらってある。
アケロニア王国は円環大陸では一部の領を除き、比較的気候の安定した地域にある。
(前世の知識と比べてみると、イタリアっぽい食文化なんだよな)
他国と比べても食糧事情が良い。必然的に食道楽が多く、貴族もこうして自ら調理するのは珍しいことではない。
もっとも、生活のために料理を作る庶民たちと比べれば、貴族は調理スキルを磨くための趣味であることも多いのだが。
上着を脱ぎ、エプロンと髪をまとめる用の三角巾だけ身につけて、いざ美味スープの調理へ。
が、しかし。
「やはり海老出汁スープには味噌が欲しい……!」
「海老単体でも美味いんだけどなあ……何か物足りねえっつうか」
ラーメンマニアのカズンとライルが、出来上がったスープを味見して項垂れている。
とりあえず最初は、車海老と芝海老に似た海老を殻ごと、いくつかの香味野菜とともに煮てみた。
素材の海老の鮮度が良いので、十数分後に出来上がったスープは海老の旨味がふんだんに溶け出した素晴らしい風味だった。
まだほとんど塩も足していないのに、口の中いっぱいに広がる海老の旨味がすごい。
だが求めていた海老出汁スープのイメージとは大分かけ離れていた。
「身じゃなくて、殻からもスープを取るのですね。面白い使い方だ」
試作品第一号のこのスープベース、ヨシュアは結構好きな味だった。
隣で同じように味見していたユーグレンも、具も何もないスープだけの旨味に驚いている。
飲食店組合の組合長によると、ホーライル侯爵領では海が近く海老も新鮮なものが毎朝市場に出回るので、加熱せず生のまま食すことも多いのだそうだ。
「茹でた海老の身を荒く刻んで、香草と和えてゼリー寄せにしたものは母が好きなんだ。リースト伯爵家ではどうだい?」
「我が家だとやはり鮭が多いですね。名産品ですし」
リースト伯爵領には海はなくとも、川がある。その川へ、海に面した他領経由で鮭が上がる。
カズンとライルは、ああでもない、こうでもないと海老出汁スープ第一号を前に、他の材料をあれこれ吟味しては次の手を模索している。
こちらはこちらで、ヨシュアはユーグレンと工夫してみることにした。
「オレは別の料理を作ってみようかと思います。殿下はどうなさいますか」
カズンたちのラーメンスープ作りに混ざるか、ヨシュアの方を手伝うか。
「あちらは、あれで盛り上がっているようだ。私は君を手伝おう。何かできることはあるかい?」
「では海老の殻を一緒に剥いていただけますか」
王族の一人として調理などしたことがなくとも、『全方向に優秀な王子』と言われるだけあってユーグレンは器用だった。
最初の一、二尾だけ潰してしまったが、ヨシュアや飲食店組合の調理師たちにコツを教えられ、すぐにスルッ、スルッと海老の頭や殻、脚を剥がしていった。
二人の調理師も加わって、あっという間に海老の身と殻がそれぞれ山になってボウルにわけられる。
「あとはこう……殻を軽く焼いて、煮て……」
ヨシュアは調理スキルを持っているが、専門の調理師がいるので実際の調理はそちらに任せることにした。口だけ出して、指示通りに調理していってもらう。
ニンニクやタマネギ、トマトなども細かく刻んで煮詰めたり、油で炒めておいたりしてもらう。
同時進行で、カズンたちが使いたがっていたものとは別の幅広の麺も大鍋で茹でるよう指示した。
殻ごと茹でたスープは、中身の殻を一部だけ残して取り除き、ここで少しだけヨシュア自ら魔術を用いて殻ごと滑らかになるまで細かく粉砕し、かき混ぜた。
そこへ、炒めておいたニンニク、タマネギ、トマトも入れて、更に滑らかになるまで同じように魔術を使いかき混ぜていく。
最後に生クリームを足して、味見をしてから塩を足す。
その頃には茹で上がっていた幅広パスタのフィットチーネを、一人前ずつ鉄のフライパンで海老のソースと合わせて軽く加熱して、皿に盛り付けていった。
別で塩ゆでしていた海老の身と、香草のパセリを彩りよく飾り付けて完成である。
「おーい、二人とも! お昼ご飯できましたよー!」
出来上がったのは、いわゆる海老のビスク風パスタだった。
ヨシュアに声をかけられて、まだ海老出汁スープにああだこうだと言いながら試行錯誤していたカズンとライルが、勢いよく振り向いた。
そして、調理台に載っているパスタ料理の皿を見て、指差して叫んだ。
「ちょ、何だそれ! 何でパスタなんか作ってんだよヨシュア!」
「だって、カズン様たちのラーメンスープ、今日中に完成しそうにないんですもの。オレはお腹が空いてるんです」
悪びれなく言って、ユーグレンや調理師たちと隣の食堂に皿を持って運んでいった。
「くそ、やられた!」
「おのれヨシュア……静かだと思ったら何という裏切り」
毒づいているカズンたちに、調理室まで戻ってきたユーグレンが呆れていた。
「あのな、お前たち。とっくに昼時は過ぎてるんだ、ラーメンスープとやらに夢中になる前に、先に食事にしよう」