「書記官、今の発言は記録したか?」
「はい、殿下。漏らさず書き取りました」
次に、これまでアベルへの尋問を担当・管理していた法務官を見る。
「ここまでの発言で、こやつの罪はどのようになる?」
「貴族令息や貴族家の家人への暴行、虐待、性的暴行、監禁、違法な魔導具使用の意図。情状酌量の余地はないかと」
「そうだな」
頷いて、ユーグレンはまた牢の中のアベルに向き直った。
「後妻との再婚は認めても、連れ子のお前のことはリースト伯爵家の養子にしなかった。叔父君の判断は見事だ」
「クソ、それがムカつくんだよ! 母さんは伯爵夫人なのに息子の俺は平民扱い。納得がいかない!」
「………………」
後妻は男爵家の出身で、一度子爵家に嫁いでこのアベルを儲けたが、後に夫の死去で子爵家から離縁されて実家に戻されている。
実家の男爵家は出戻り娘のことは再び男爵令嬢として受け入れたが、離縁された婚家との息子は籍に入れなかった。
この場合、アベルは男爵令嬢の母と子爵の父を持ちながら、受け継ぐ爵位もなく、貴族家に属せなかったことで戸籍上は平民扱いだ。
そしてリースト伯爵家は、前伯爵の後妻との再婚は認めた。
けれど一族の中で最も発言力の強い、前伯爵の弟でヨシュアの叔父のルシウスという人物が、その代わり連れ子を養子としてヨシュアの弟とすることだけは断固として認めなかった。
アベルが学園を卒業して、騎士や文官となるなら後見するが、それ以上の優遇は一切行わないと明言している。
「お前がやったことは、貴族同士でも犯罪だ。ましてやお前は平民の身で、次期伯爵だったヨシュアや家の侍女に何をした?」
「そ、それは! だが、」
侍女は平民のはずだ。そちらへの暴行や性的暴行未遂などは、それほど重い罪にはならないはず。
とたかを括っていたが、甘かった。
「さて、重要な事実を教えておこう。お前が暮らしていたあのリースト伯爵家はな、家人、つまり使用人もほとんどすべて、同じリースト一族の者たちで構成されている」
「……は?」
「あの家は、魔法の大家だ。一族の結束が固く、外部の平民はまず入れない。お前や母親が入れたのは奇跡のようなものだ」
「ど、どういうことなんだ?」
ユーグレンの説明に、アベルは何を言われているのかわからない。
それがいったい何だというのか?
「お前が関係を強要した侍女はリースト一族の男爵家のご令嬢だそうだ。あの邸宅には行儀見習いで侍女として勤めていた」
「ま、まさか……」
この国は比較的、特権階級の王侯貴族と庶民層の仲が良い。
けれど、その分だけ身分の区別が明確で、平民が貴族を害する行為には厳罰が適用される法律が多かった。
「そう。平民のお前が、貴族の男爵令嬢に性行為を強要し、暴力を振るった。家の中でのこととはいえ、次期当主のヨシュアや他の目撃者も多い。完全にアウトだ」
それに、とユーグレンは据わった黒目で牢の中のアベルを見た。
「お前、ヨシュアにも手を出そうとしたな?」
ヨシュア本人は否定していたが、執事たち身近な家人からの証言で裏は取れていた。
「伯爵家の簒奪未遂、次期伯爵への監禁と毒殺未遂、暴行、性的暴行……はまあ未遂のようだが」
さてこの場合、どの罪をピックアップすべきか?
「私は王族とはいえまだ未成年で、大した権力もない。……だがな、性的暴行と性的暴行未遂で判断に迷う罪人を、性的暴行の加害者として確定させる程度の力はあるのだ」
「な、何言って……」
「この国で、性的暴行の加害者男性に下される刑罰は、“男性機能の去勢”だ。去勢が何かは知っているか?」
「!」
淡々と告げるユーグレンの声は冷たい。
「ふざけるな! どうせ俺は処刑なんだろ!? 去勢なんかされるぐらいなら、とっとと殺せぇッ!」
「いいや、駄目だ。お前の母親が前リースト伯爵と再婚したこの数年の間にヨシュアやリースト伯爵家が受けた苦しみを思えば、まだまだ甘いと私は考えるよ」
「……ハッ、何だよ王子サマ! あんたもあのお人形さんみたいなキレイな顔にやられたクチか?」
「さて、どうだろうな」
確かに、学園に来襲したドラゴンを一刀両断したヨシュアの鮮烈な姿は、今もユーグレンの中で光り輝いているけれども。
騒ぎ立てるアベルに背を向け、ユーグレンは踵を返した。
罪人に最後の引導を渡すのが、今日のユーグレンの仕事だった。
王子の想いを知る宰相が余計な気を回してくれたものだったが、崇拝する彼を苦しめた汚物を自ら断罪できたことは喜ばしい。
「おい、待てよ、待てって! 殺すなら殺せよ、なあッ!!!」
背後から悲鳴混じりの怒声が聞こえてくるが、既にユーグレンの意識は別のところへ向かっている。
昼前頃にはカズンたちが王宮へやってくる。
王宮の転移陣を使って、皆でホーライル侯爵領へ向かうのだ。
ユーグレンは一応視察という建前があるが、実際は二日間の小旅行。
期間中はずっと共に行動するし、同じホーライル侯爵領の屋敷で寝泊まりして、もしかしたら無防備な素の姿だって見られるかもしれない。
王宮に戻る頃には、ユーグレンの頭からは先ほどの愚かな罪人のことなど、すっかり抜け落ちて消えていた。
一人、牢の前に残った老年に差し掛かった法務官が、静かな声で罪人アベルに語りかける。
「王子殿下を怒らせるとは、大変なことをなさいましたな」
丁重な口調なのは、彼が仕事柄、貴族階級の罪人を担当することが多く、今回のアベルも元伯爵夫人の母親を持つことに最低限の敬意を払っているためである。
「思慮深く慈悲のある殿下をあれほど怒らせるとは、なかなかできることではありますまい」
過去にはユーグレン王子の発言によって減刑された罪人もいる。
なのにこの罪人ときたら、更に厳罰を加えさせたのだから大したものだ。
そして淡々と、今日この後の刑の執行手順を説明していった。
去勢刑を受けても、現在は医療術が発達しているので跡が膿むこともなく、傷さえ治れば通常の生活を送ることが可能であることなどをだ。
「もっとも、あなたの場合はすぐ後に極刑となりますので、ご了承ください」
今日の夕方には刑が実行され、アベルとその母ブリジットも王都郊外の罪人墓場の土の下の住人となる。
「はい、殿下。漏らさず書き取りました」
次に、これまでアベルへの尋問を担当・管理していた法務官を見る。
「ここまでの発言で、こやつの罪はどのようになる?」
「貴族令息や貴族家の家人への暴行、虐待、性的暴行、監禁、違法な魔導具使用の意図。情状酌量の余地はないかと」
「そうだな」
頷いて、ユーグレンはまた牢の中のアベルに向き直った。
「後妻との再婚は認めても、連れ子のお前のことはリースト伯爵家の養子にしなかった。叔父君の判断は見事だ」
「クソ、それがムカつくんだよ! 母さんは伯爵夫人なのに息子の俺は平民扱い。納得がいかない!」
「………………」
後妻は男爵家の出身で、一度子爵家に嫁いでこのアベルを儲けたが、後に夫の死去で子爵家から離縁されて実家に戻されている。
実家の男爵家は出戻り娘のことは再び男爵令嬢として受け入れたが、離縁された婚家との息子は籍に入れなかった。
この場合、アベルは男爵令嬢の母と子爵の父を持ちながら、受け継ぐ爵位もなく、貴族家に属せなかったことで戸籍上は平民扱いだ。
そしてリースト伯爵家は、前伯爵の後妻との再婚は認めた。
けれど一族の中で最も発言力の強い、前伯爵の弟でヨシュアの叔父のルシウスという人物が、その代わり連れ子を養子としてヨシュアの弟とすることだけは断固として認めなかった。
アベルが学園を卒業して、騎士や文官となるなら後見するが、それ以上の優遇は一切行わないと明言している。
「お前がやったことは、貴族同士でも犯罪だ。ましてやお前は平民の身で、次期伯爵だったヨシュアや家の侍女に何をした?」
「そ、それは! だが、」
侍女は平民のはずだ。そちらへの暴行や性的暴行未遂などは、それほど重い罪にはならないはず。
とたかを括っていたが、甘かった。
「さて、重要な事実を教えておこう。お前が暮らしていたあのリースト伯爵家はな、家人、つまり使用人もほとんどすべて、同じリースト一族の者たちで構成されている」
「……は?」
「あの家は、魔法の大家だ。一族の結束が固く、外部の平民はまず入れない。お前や母親が入れたのは奇跡のようなものだ」
「ど、どういうことなんだ?」
ユーグレンの説明に、アベルは何を言われているのかわからない。
それがいったい何だというのか?
「お前が関係を強要した侍女はリースト一族の男爵家のご令嬢だそうだ。あの邸宅には行儀見習いで侍女として勤めていた」
「ま、まさか……」
この国は比較的、特権階級の王侯貴族と庶民層の仲が良い。
けれど、その分だけ身分の区別が明確で、平民が貴族を害する行為には厳罰が適用される法律が多かった。
「そう。平民のお前が、貴族の男爵令嬢に性行為を強要し、暴力を振るった。家の中でのこととはいえ、次期当主のヨシュアや他の目撃者も多い。完全にアウトだ」
それに、とユーグレンは据わった黒目で牢の中のアベルを見た。
「お前、ヨシュアにも手を出そうとしたな?」
ヨシュア本人は否定していたが、執事たち身近な家人からの証言で裏は取れていた。
「伯爵家の簒奪未遂、次期伯爵への監禁と毒殺未遂、暴行、性的暴行……はまあ未遂のようだが」
さてこの場合、どの罪をピックアップすべきか?
「私は王族とはいえまだ未成年で、大した権力もない。……だがな、性的暴行と性的暴行未遂で判断に迷う罪人を、性的暴行の加害者として確定させる程度の力はあるのだ」
「な、何言って……」
「この国で、性的暴行の加害者男性に下される刑罰は、“男性機能の去勢”だ。去勢が何かは知っているか?」
「!」
淡々と告げるユーグレンの声は冷たい。
「ふざけるな! どうせ俺は処刑なんだろ!? 去勢なんかされるぐらいなら、とっとと殺せぇッ!」
「いいや、駄目だ。お前の母親が前リースト伯爵と再婚したこの数年の間にヨシュアやリースト伯爵家が受けた苦しみを思えば、まだまだ甘いと私は考えるよ」
「……ハッ、何だよ王子サマ! あんたもあのお人形さんみたいなキレイな顔にやられたクチか?」
「さて、どうだろうな」
確かに、学園に来襲したドラゴンを一刀両断したヨシュアの鮮烈な姿は、今もユーグレンの中で光り輝いているけれども。
騒ぎ立てるアベルに背を向け、ユーグレンは踵を返した。
罪人に最後の引導を渡すのが、今日のユーグレンの仕事だった。
王子の想いを知る宰相が余計な気を回してくれたものだったが、崇拝する彼を苦しめた汚物を自ら断罪できたことは喜ばしい。
「おい、待てよ、待てって! 殺すなら殺せよ、なあッ!!!」
背後から悲鳴混じりの怒声が聞こえてくるが、既にユーグレンの意識は別のところへ向かっている。
昼前頃にはカズンたちが王宮へやってくる。
王宮の転移陣を使って、皆でホーライル侯爵領へ向かうのだ。
ユーグレンは一応視察という建前があるが、実際は二日間の小旅行。
期間中はずっと共に行動するし、同じホーライル侯爵領の屋敷で寝泊まりして、もしかしたら無防備な素の姿だって見られるかもしれない。
王宮に戻る頃には、ユーグレンの頭からは先ほどの愚かな罪人のことなど、すっかり抜け落ちて消えていた。
一人、牢の前に残った老年に差し掛かった法務官が、静かな声で罪人アベルに語りかける。
「王子殿下を怒らせるとは、大変なことをなさいましたな」
丁重な口調なのは、彼が仕事柄、貴族階級の罪人を担当することが多く、今回のアベルも元伯爵夫人の母親を持つことに最低限の敬意を払っているためである。
「思慮深く慈悲のある殿下をあれほど怒らせるとは、なかなかできることではありますまい」
過去にはユーグレン王子の発言によって減刑された罪人もいる。
なのにこの罪人ときたら、更に厳罰を加えさせたのだから大したものだ。
そして淡々と、今日この後の刑の執行手順を説明していった。
去勢刑を受けても、現在は医療術が発達しているので跡が膿むこともなく、傷さえ治れば通常の生活を送ることが可能であることなどをだ。
「もっとも、あなたの場合はすぐ後に極刑となりますので、ご了承ください」
今日の夕方には刑が実行され、アベルとその母ブリジットも王都郊外の罪人墓場の土の下の住人となる。