その週の週末、何とか予定を調整して、自身もホーライル侯爵領へ向かう時間を捻出したユーグレン王子。
何てことはない、学園の食堂で、自分たちのホーライル侯爵領行きの話をユーグレンが聞いていたことに気づいていた王弟カズンが、国王テオドロスに話を通してくれたのだ。
現在、王太女はユーグレンの母だが、彼女も既に四十代に入っている。
テオドロスの後に女王に即位するより、実子でまだ若いユーグレンに後継者の座を譲りたいと表明していた。
まだ立太子の儀式と発表は成されていないが、ほぼ内定していると言っていい。実際には学園の卒業後になるだろう。
その分、王族としての公務も増えて、まだ未成年の学生でも、ユーグレンの日常は忙しかった。
そんな中、週末の貴重な二日間を、地方への視察を建前に、友人たちとのお忍び旅行に行きたいとユーグレンが言い出した。
祖父王テオドロスは渋い顔をしていたが、溺愛する年の離れた異母弟カズンに「ユーグレン王子ともぜひ一緒に行きたいのです。ねえ〜お兄ちゃま!」とねだられては、否とは言えなかったようだ。
「まったく、お祖父様はカズンには甘いのだから」
軽い愚痴を呟きながら、側近の補佐官候補を一人連れて、王都の犯罪者を拘置している牢へと向かった。
旅行の許可は得たのだが、週末の二日間丸々はさすがに貰えなかった。
初日の午前中に、一件だけ片付けてくれと宰相から依頼されたものがある。
ヨシュアを虐げていた、前リースト伯爵の後妻と連れ子の尋問の、最終確認を任されていた。
報告では、悪事が露呈して拘束され牢屋へ放り込まれた後すぐからの尋問に、後妻ブリジットのほうは既に心が折れて大人しくなっているという。
対して、連れ子アベルはいまだに抵抗を繰り返し、従順さも反省の欠片もないと報告が上がっていた。
アベルもユーグレンと同じ王立高等学園の生徒だ。学年は下だが、アベルは既にこの国の成人男子の平均を超える体格の持ち主だった。
彼への尋問の中で、アベルがヨシュアに様々な暴行を働いていたことが発覚している。
ヨシュア本人の抵抗と、駆けつけたリースト伯爵家の家人たちにより未遂で終わった暴行も多いようだ。
屋根裏部屋にヨシュアを監禁したのは、あまりにも抵抗が激しくて思うようにならないヨシュアを弱らせようとしたものらしい。
「……彼は優れた魔法剣士だ。どうやって彼を屋根裏部屋まで連れ込めたのだ?」
この点が不明のままなので、最後に確認するため、わざわざ王子のユーグレンが牢屋まで足を運んでいる。
「口うるさいオッサンがいない隙を狙って侍女と遊ぼうと思ったところを、ヨシュアに見つかったんだ。やめろとか家を追い出すぞとか言いやがったから、側にいた侍女を殴った。それだけだ」
王子のユーグレンを前にしながらアベルは不遜な表情で語った。
「つまり、ヨシュアの叔父君が不在の隙を狙って侍女を手ごめにしようとしたと。それをヨシュアに咎められたから侍女を虐待して人質に取ったわけか」
口うるさいオッサンと言われたヨシュアの叔父はとても厳しい人で、ヨシュアの父親が後妻と再婚することを最後まで反対していた人物と聞く。
その叔父が、ヨシュアの父が急死して急遽、領地に向かった留守の隙を狙って、犯行は行われている。
後妻とその連れ子アベルによるリースト伯爵家乗っ取り計画は杜撰なものだった。
だが、悪知恵の働く二人には勝算があった。
「ヨシュア本人から、俺に爵位を譲ると言わせればいいんだ。屋根裏部屋に閉じ込めて水も飯も食わせねえでいればすぐ音を上げると思った。だがあの野郎、まさか7日も耐えるなんて」
そう、この国では爵位簒奪は大罪だ。
だが、王宮の法務官による審査を通る必要はあるにせよ、爵位保持者やその後継者が第三者に爵位譲渡すると契約書を作成してサインすれば、可能性が出てくる。
後妻と連れ子アベルが狙ったのは、その線だった。
「あんなに強情な野郎とは思わなかった。しょっちゅう執事や侍従が邪魔をして……あれさえなきゃ、今頃は俺がリースト伯爵だったのに!」
牢の鉄格子を殴りつけて憤慨している。
逮捕されてここに放り込まれてから、既に数週間が経過している。まだこれほど体力を残しているとは、ある意味感心するしぶとさだった。
一緒に連れてきていた同年代の護衛を兼ねた補佐官候補は、悪辣なアベルの言葉に顔を顰めている。
同席させていた中年の書記官や、経験ある老年の法務官は無表情だ。もちろん、ユーグレンも。
「早く隷属の魔導具を手配しておけばよかった! そうしたらこんなドジ踏まずに済んだのに、あと一歩のところで……畜生!」
本人の意思を奪う洗脳や、奴隷契約のための隷属魔法や魔術は、現在アケロニア王国のみならず円環大陸では違法としている国が大半だ。
アケロニア王国では違法な洗脳や隷属魔法や魔導具を使った場合、主犯とその協力者は魔力を封じられた上で多額の罰金刑が課される。悪質だった場合は死刑になることもある。
後妻ブリジットと連れ子アベルは、周囲が思っていたよりはるかに悪辣な計画を立てていたようだ。
本来なら、ヨシュアが監禁される前に、もっと国側としてはリースト伯爵家の問題に斬り込みたかった。
けれど、実際は無断欠席を心配した学園の担任がカズンに様子見を依頼するまで、事態の発覚が遅れてしまった。
父親を亡くしたばかりのヨシュアが、自分の困難や身内の恥を晒すことをよしとせず、徹底的に外部に問題を隠し通していたからだ。
彼は自分が生まれる前からリースト伯爵家に仕えている執事にすら、外部に助けを求めることを許さなかった。
その自尊心の高さは、非常に貴族らしいといえる。
もっとも、最終的には幼馴染みでもある王弟カズンが安否を確認しに来ると確信していたそうだ。
体内の魔力を操作して、ギリギリまで生命活動を落とし、罠とわかっていながら毒の入ったワインを飲んで吐いた様子を発見者たちに見せつけた。
この事件で何が何でも後妻たちを片付けると決意して、文字通り身体を張ったというわけだ。
何てことはない、学園の食堂で、自分たちのホーライル侯爵領行きの話をユーグレンが聞いていたことに気づいていた王弟カズンが、国王テオドロスに話を通してくれたのだ。
現在、王太女はユーグレンの母だが、彼女も既に四十代に入っている。
テオドロスの後に女王に即位するより、実子でまだ若いユーグレンに後継者の座を譲りたいと表明していた。
まだ立太子の儀式と発表は成されていないが、ほぼ内定していると言っていい。実際には学園の卒業後になるだろう。
その分、王族としての公務も増えて、まだ未成年の学生でも、ユーグレンの日常は忙しかった。
そんな中、週末の貴重な二日間を、地方への視察を建前に、友人たちとのお忍び旅行に行きたいとユーグレンが言い出した。
祖父王テオドロスは渋い顔をしていたが、溺愛する年の離れた異母弟カズンに「ユーグレン王子ともぜひ一緒に行きたいのです。ねえ〜お兄ちゃま!」とねだられては、否とは言えなかったようだ。
「まったく、お祖父様はカズンには甘いのだから」
軽い愚痴を呟きながら、側近の補佐官候補を一人連れて、王都の犯罪者を拘置している牢へと向かった。
旅行の許可は得たのだが、週末の二日間丸々はさすがに貰えなかった。
初日の午前中に、一件だけ片付けてくれと宰相から依頼されたものがある。
ヨシュアを虐げていた、前リースト伯爵の後妻と連れ子の尋問の、最終確認を任されていた。
報告では、悪事が露呈して拘束され牢屋へ放り込まれた後すぐからの尋問に、後妻ブリジットのほうは既に心が折れて大人しくなっているという。
対して、連れ子アベルはいまだに抵抗を繰り返し、従順さも反省の欠片もないと報告が上がっていた。
アベルもユーグレンと同じ王立高等学園の生徒だ。学年は下だが、アベルは既にこの国の成人男子の平均を超える体格の持ち主だった。
彼への尋問の中で、アベルがヨシュアに様々な暴行を働いていたことが発覚している。
ヨシュア本人の抵抗と、駆けつけたリースト伯爵家の家人たちにより未遂で終わった暴行も多いようだ。
屋根裏部屋にヨシュアを監禁したのは、あまりにも抵抗が激しくて思うようにならないヨシュアを弱らせようとしたものらしい。
「……彼は優れた魔法剣士だ。どうやって彼を屋根裏部屋まで連れ込めたのだ?」
この点が不明のままなので、最後に確認するため、わざわざ王子のユーグレンが牢屋まで足を運んでいる。
「口うるさいオッサンがいない隙を狙って侍女と遊ぼうと思ったところを、ヨシュアに見つかったんだ。やめろとか家を追い出すぞとか言いやがったから、側にいた侍女を殴った。それだけだ」
王子のユーグレンを前にしながらアベルは不遜な表情で語った。
「つまり、ヨシュアの叔父君が不在の隙を狙って侍女を手ごめにしようとしたと。それをヨシュアに咎められたから侍女を虐待して人質に取ったわけか」
口うるさいオッサンと言われたヨシュアの叔父はとても厳しい人で、ヨシュアの父親が後妻と再婚することを最後まで反対していた人物と聞く。
その叔父が、ヨシュアの父が急死して急遽、領地に向かった留守の隙を狙って、犯行は行われている。
後妻とその連れ子アベルによるリースト伯爵家乗っ取り計画は杜撰なものだった。
だが、悪知恵の働く二人には勝算があった。
「ヨシュア本人から、俺に爵位を譲ると言わせればいいんだ。屋根裏部屋に閉じ込めて水も飯も食わせねえでいればすぐ音を上げると思った。だがあの野郎、まさか7日も耐えるなんて」
そう、この国では爵位簒奪は大罪だ。
だが、王宮の法務官による審査を通る必要はあるにせよ、爵位保持者やその後継者が第三者に爵位譲渡すると契約書を作成してサインすれば、可能性が出てくる。
後妻と連れ子アベルが狙ったのは、その線だった。
「あんなに強情な野郎とは思わなかった。しょっちゅう執事や侍従が邪魔をして……あれさえなきゃ、今頃は俺がリースト伯爵だったのに!」
牢の鉄格子を殴りつけて憤慨している。
逮捕されてここに放り込まれてから、既に数週間が経過している。まだこれほど体力を残しているとは、ある意味感心するしぶとさだった。
一緒に連れてきていた同年代の護衛を兼ねた補佐官候補は、悪辣なアベルの言葉に顔を顰めている。
同席させていた中年の書記官や、経験ある老年の法務官は無表情だ。もちろん、ユーグレンも。
「早く隷属の魔導具を手配しておけばよかった! そうしたらこんなドジ踏まずに済んだのに、あと一歩のところで……畜生!」
本人の意思を奪う洗脳や、奴隷契約のための隷属魔法や魔術は、現在アケロニア王国のみならず円環大陸では違法としている国が大半だ。
アケロニア王国では違法な洗脳や隷属魔法や魔導具を使った場合、主犯とその協力者は魔力を封じられた上で多額の罰金刑が課される。悪質だった場合は死刑になることもある。
後妻ブリジットと連れ子アベルは、周囲が思っていたよりはるかに悪辣な計画を立てていたようだ。
本来なら、ヨシュアが監禁される前に、もっと国側としてはリースト伯爵家の問題に斬り込みたかった。
けれど、実際は無断欠席を心配した学園の担任がカズンに様子見を依頼するまで、事態の発覚が遅れてしまった。
父親を亡くしたばかりのヨシュアが、自分の困難や身内の恥を晒すことをよしとせず、徹底的に外部に問題を隠し通していたからだ。
彼は自分が生まれる前からリースト伯爵家に仕えている執事にすら、外部に助けを求めることを許さなかった。
その自尊心の高さは、非常に貴族らしいといえる。
もっとも、最終的には幼馴染みでもある王弟カズンが安否を確認しに来ると確信していたそうだ。
体内の魔力を操作して、ギリギリまで生命活動を落とし、罠とわかっていながら毒の入ったワインを飲んで吐いた様子を発見者たちに見せつけた。
この事件で何が何でも後妻たちを片付けると決意して、文字通り身体を張ったというわけだ。