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当時をしみじみ思い出しているうちに、カズンやライルは昼食をほとんど食べ終わっていた。
ヨシュアはといえば、まだ箸の使い方が覚束ず、麺と格闘している。
もういい加減、麺が伸びてしまう頃だ。
「ヨシュア、箸が難しければフォークでスープパスタのように食せばいい」
カウンターでフォークを貰ってきてやろうとするカズンたちの前で、ついに箸を諦めたヨシュアは魔力でハサミを創り出した。
剣と同じで、金剛石の輝きを持つ透明なハサミだ。
それでチョキチョキチョキ……とスープの中の麺を細かく切り刻んでいく。
そのままハサミを魔力に戻して消してから、レンゲ代わりの大匙スプーンで麺ごとスプーンですくって口に運んだ。
「あ、美味しいです。ちゃんとうちの領の鶏の味がしますね」
醤油スープのベースとなる鶏ガラスープの鶏ガラは、リースト伯爵領特産の鶏を貰い受けたものだった。
鶏ガラ、即ち鶏の肉や臓物を取った後の骨は、これまで捨てていたものだからと、逆に処分費用を報酬として頂戴してしまった。
「あの骨クズから、こんなにいい味が出るんですねえ。領地でも研究させてみましょう」
「ああ。ちょっと下処理に手間がかかるが、それだけの甲斐はある。手順をレシピにまとめてあるから、後日渡そう」
「それは助かります」
「って、ちょっと待ったー! 何だその食い方は、ラーメンの食い方じゃねぇ! 邪道過ぎんだろ!」
日本人が前世だったライルが、あまりの光景に我を取り戻すなり大声上げて非難してきた。
「いや、邪道とも言い切れん。シンガポールの名物ラクサヌードルなどは、米麺をヨシュアがやったように細かく切って茹でて、スプーンで食うのだ。それと同じと考えれば……」
「そんなハイカラなもん知るかぁっ!」
ちなみにラクサとはシンガポールや東南アジア地域で人気の麺料理で、カズンの前世だった日本では『世界一美味しい麺料理』としてメディアで紹介されたこともある。
「このスープなら、茹でた大麦を具にしたり、米を入れてリゾット風にしても美味かもしれませんね」
「それは締めだ! まずは麺を食えよ、麺を!」
「そういうもの、なの?」
「……うっ」
不思議そうに首を傾げるヨシュアは、何とも麗しく顔がいい。
ラーメンの湯気で上気した薔薇色の頬、スープの油分で濡れて艶々した唇。逆らえない何かがある。
「ぐっ、そんな可愛い顔して見るなよ、お前は美人過ぎだ、何かヤバい道に入り込みそうで怖えわ!」
「待てライル、人前で下手なことを言うとヨシュアのファンクラブ会員たちにどつかれるぞ、発言には気をつけろ!」
今も巧妙に、食堂の自分たちのいるテーブル席から見えそうで見えない絶妙な位置にファンクラブ会長(非公認)がいて、こちらに眼を光らせている。
(ユーグレン殿下……こちらのテーブルはまだ席が空いているのだから、さりげなさを装って来れば良いのに……)
まったく、あのチキン野郎は。
少しは煮込んでアク抜きでもしてやれば、まともに行動するようになるだろうか。
「ご馳走様でした。大変美味しゅうございました」
麺も具も、スープも含めすべて飲み干して、ヨシュアが大匙を置き両手を合わせた。
「このスープはとても美味しいですね。物品鑑定したら病人や虚弱体質の者の滋養に良いと出ました」
「えっ。お前、鑑定使えるのかよ?」
「ええ。総合鑑定にはまだ遠いですが、魔力鑑定もできますよ」
鑑定はこの世界では、魔力に依存しない特殊スキルのひとつだ。
物品鑑定、魔力鑑定、人物鑑定の三種類が主に知られており、スキルごとに詳しく鑑定できる対象も異なり、ランクも初級から特急までさまざまだったりする。
三種類すべてを使いこなせるスキルは総合鑑定と言われるが、総合鑑定スキル保持者はこのアケロニア王国にも数人しかいない。
カズンは人物鑑定のうち、基礎の敵味方の判別に使う人柄鑑定スキルを持っている。
これはアケロニア王族は血筋に特有のスキルとして、年頃までには自然と発現すると言われている。もちろん兄王の孫ユーグレン王子もだ。
ちなみにカズンの母セシリアは人物鑑定にまつわる全スキルを使いこなす傑物だった。
元々社交的な気質がベースにあった上で開花したスキルといえるだろう。
カズンの母はそのスキルをもって長年アケロニア王国と不仲だった国との橋渡しを行い友好締結した業績が、女大公の爵位を獲得する大きな後押しとなっている。
それまでは、同盟国に嫁いだ王女の孫ではあったが、国内ではとっくに退位した先王ヴァシレウスの後添えとして、不安定な身分に過ぎなかった。
「この味なら、ミルク味のスープも美味しそうです」
「出汁として肉や野菜を煮込んだ鍋料理もいけるぞ。まあ、まだしばらくはラーメン研究を優先したいがな」
「ラーメンスープなのに、何でラーメン以外の料理を追求してんだよ……」
「この料理は麺を入れる以外にも沢山の可能性がありますよ。具材ももっと多彩なものを試せると思います」
たとえば……とヨシュアが指折りしながら、いくつか挙げていく。
「オレの領地の特産品なら、香味野菜の炒め物がお勧めです。タマネギ、リーキ(ネギ)、食用ニンジンやキャベツ入れても合うんじゃないかな」
「それは野菜タンメンでいけるな。鶏の油で炒めれば旨そうだ」
「え、何でお前らそんなに料理に詳しいの?」
ライルの素朴な疑問に、ヨシュアはカズンと顔を見合わせて苦笑する。
「それはカズン様の影響ですね。この方、幼い頃から食いしん坊で。離宮にいらしたときはよく厨房まで足を運んで、料理人たちにあれこれ指図して好みの料理や菓子を作らせていました」
それに付き合わされたうちの一人が、同い年のヨシュアなのである。
「そうそう。それにヨシュアのルシウス叔父様が料理上手でランクの高い調理スキルを持ってるんだ。美味しいものをたくさん食べさせてもらったよなあ」
「ええ。カズン様や叔父様と工夫した料理は、どれもすごく美味しくて。バターのたっぷり入ったワッフルという菓子なんて、まさに天上の美味でした……」
ワッフルとは前世の日本でも人気だった、ベルギーワッフルのことだ。イーストとバターやパールシュガーの入った甘い生地を専用のワッフルメーカーでこんがり焼いた焼き菓子である。
風味を思い出しているのか、うっとりした表情を浮かべている。
頬をうっすら上気させているヨシュアを、周囲のテーブル席の生徒たちが男女問わず見惚れていたが、本人は気づいていない。
「カズン様や叔父様に付き合っているうちに、オレも調理の初級スキルを獲得したんです。我がリースト伯爵家の傘下には王都の街に出店したレストランもありますし。今ではオレがたまにメニューを考案することもあるんですよ」
店の名前を聞いてライルも驚いた。予約が取れないことで有名な、パイ料理で知られる高級レストランではないか。
ちなみに余談だが、リースト伯爵家の名物料理は赤ワインソースで食すサーモンパイである。
「あと、このスープベースに合いそうなのは……魚介類でしょうか。ホタテや他の貝、イカ、あとは海老は上手く工夫すれば、なかなか合うのでは?」
海老、と聞いてカズンは黒縁眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。
キラリ、と硝子が光る。
「海老出汁ラーメンは必ず実現しようと思っていた。ベースは鶏ガラより他の魚介が合うと思うぞ」
そうは言っても、今いる王都は海から遠いせいで、魚介類の価格も高めだ。
まずは材料を確保して、これまでと同じように試行錯誤できるだけの量を揃えたいところだが。
「週末、泊まりがけならうちの領地行けるだろ。あるぜ、海鮮。ホーライル侯爵領は海に面してるからな」
「ほう……そういえば、ホーライル侯爵領には漁港があったか」
侯爵はいわゆる辺境伯で、他国との境界を持つ領地を任された高位貴族だ。
ライルの実家のあるホーライル侯爵領は、海と、隣国との間の山地がある。
「わあ、お二人が行かれるならオレもお供します、海鮮料理はオレも好物なので!」
ヨシュアも両手を上げて賛成した。
と言うわけで、週末はホーライル侯爵領へ旅立つことが決定したわけだ。
食堂の少し離れたテーブル席が、ガタッゴトッと騒がしい。
(至急、週末に合わせてホーライル侯爵領視察を入れろ!)
(急すぎますユーグレン殿下、週末ってもう明後日じゃないですか、調整できません!)
(それをゴリ押しで調整するのが貴様の役目だろう補佐官候補!)
(そんな、ご無体な殿下……ッ)
「………………」
うむ、あの調子なら万難を排してでも来るだろう。
カズンは黒縁眼鏡を外し、ラーメンの湯気で水滴が付いていたレンズを布で磨きながら嘆息した。
王子のユーグレンが行くなら、道中は馬車でなく、王宮から国内の主だった領地に設置されている転移陣が使える。
行きも帰りも一瞬で済むから、空いた時間の分だけ食材確保や現地での食べ歩き、実際の調理に時間を使えて都合が良い。
「ライル。ホーライル侯爵領には僕とヨシュア、あともう一人追加になると思うから、よろしく頼む」