それからルシウスは馬に更に強化魔法をかけて、学園まで十数分かかる道を半分の時間で駆け抜けた。
正門から敷地内に入り、そのまま異常な魔力を感じる場所まで進んでいく。
最初に向かったのは馬車留めのスペースだ。
「る、ルシウスさん、あれ……!」
馬のスピードを落としたところで、グレンが指差した方向に金塊が不自然に落ちている。
「誰だ、誰がロットハーナの被害に遭った!?」
「……あの魔力はヴァシレウスだよ」
遅かった。既に被害者が出ている。
「カズンたちがいない。ひとまず彼らと合流しよう」
最もロットハーナらしき異常な魔力を感じる場所は他にある。
パワフルだが感知能力はそれほどでもないルシウスが、フリーダヤに索敵を急かす。
「どこだ!?」
「ルシウス、上、上! 屋上だ!」
校庭まで馬に乗ったまま移動して、三人まとめて降りた。
馬には申し訳ないが、鞍を結んでいた紐で手早く近くの柱に馬を繋ぐ。
「は、早く屋上へ!」
「待て、グレン君。階段を登っている余裕はない」
「へ?」
がし、とルシウスが左右の腕でそれぞれ、グレンとフリーダヤの腰を掴んだ。
「あ。何かイヤな予感」
フリーダヤのその予感は大的中することになる。
ルシウスはネオンブルーの魔力を全身に漲らせて、一歩を踏み出した。
校舎の外壁へと。
◇◇◇
ヨシュアたちを置いて逃げることもできず、冷や汗を流しながらカズンはイマージの影と対峙していた。
『ねえ、カズン君。これなーんだ?』
「そ、それは!?」
イマージだった黒い影の手の中に、革紐に通されたペンダントがある。
数日前、リースト伯爵領に滞在していたとき、ヴァシレウスから受け取り、ユーグレンも一緒にヨシュアとルシウスに魔法樹脂でペンダントにしてもらったものだ。
ヴァシレウスのものは一枚のメダルを半分に割って、カズンとそれぞれ半分ずつ分けたものだった。
『君のパパが首から提げてたものだね。おや、君の胸元にも同じ物があるね。親子でお揃いなのかな』
「か、返せ!」
『ヴァシレウス大王の金塊は諦めてあげる。けど、代わりにこれを貰っていくよ』
カズンはペンダントを取り戻そうとイマージに駆け寄って腕を伸ばした。
だがその指先がペンダントに触れる直前で、影となったイマージがカズンを嘲笑うように、屋上から空中に飛び降りた。
飛び降りた先の空間が歪んで、その中にイマージの影が吸い込まれていき、消えていく。
空中にはイマージから噴き出していた虚無魔力が漂っている。
まだ空間の歪みは開いていたが、いつまでも開いたままではいないだろう。
「待て! イマージ!」
咄嗟に自分も飛び降りて空間の歪みの中に飛び込もうとしたカズンを、ヨシュアとユーグレンが慌てて引き止めた。
「いけません、カズン様!」
「あんなところに飛び込んだら、ただじゃ済まないぞ!?」
「いや、そうでもないんじゃない? でも環に覚醒したての君じゃ、危ういかな」
「フリーダヤ!」
屋上まで校舎の壁を駆け上がってきたルシウスに抱えられていたフリーダヤが、よろめきながらも、その薄緑色の瞳で真っ直ぐカズンを見つめてきた。
「今の君だと、力が足りないね。自分でもわかるだろう?」
「……はい」
カズンはイマージが吸い込まれていった空中の歪みを、じっと見つめた。
「ヨシュア!」
抱えていたフリーダヤとグレンを降ろしたルシウスが、負傷している甥たちの前に跪いて状態を確認する。
「これが虚無魔力とやらか?」
「……はい。叔父様なら、浄化できますか?」
ついにはその場に膝をついてしまい、力なくルシウスを見上げるヨシュアの麗しの白い肌には、頬から首筋までコールタールのように粘った魔力が張り付いている。
「少し待て。ひとまず、患部を魔法樹脂で覆って侵食を食い止める」
甥のヨシュアは頬から首筋一帯を。
ライルは足の脛付近。
ユーグレンは手の甲と腕。
ルシウスはそれら患部を魔法樹脂で薄く覆った。
魔法樹脂の最も基本的な機能は、『封入したものの時間を止める』ことなのだ。
「か、カズン様は……」
それで何とか思うように動けるようになったヨシュアたちは、まだ重い身体を引き摺るようにカズンの近くへ戻った。
「フリーダヤ。この状況で僕が力を得るには、どうしたらいい?」
辛うじて環は出せる。
だがカズンの胸周りに出現した環は、先ほどまでいたイマージの影からの虚無魔力の影響を受けて光が弱かった。
「ならば、誓いを立てるといい」
あっさりとフリーダヤは教えてくれた。
「誓い?」
「そう。あの影を追いたいんだろう? それを可能にするような誓いを、環を通して世界の理に発するといい」
己の魂の願いに根ざした誓いであるなら、世界の外の“虚空”に通じて、そこから大きな力を得ることができるとフリーダヤは言った。
「誓いなんて決まってる。……我が始祖、我が一族、我が父ヴァシレウス大王の仇! イマージ・ロットハーナを滅するまで、僕がこの国に帰ることはない!」
「カズン様!?」
宣言すると同時に、カズンの環が力強く輝きだす。
「待てカズン、すぐに王都騎士団と魔法魔術騎士団が来る、せめてそれまで待つんだ!」
ユーグレンが引き留めたが、カズンは首を振った。
「駄目だ。今の僕の力だと、時間を空けたら奴を見失ってしまう」
屋上から見える空中に開いた次元の歪みも、いつまでも保たないだろう。
行くなら今しかない。
正門から敷地内に入り、そのまま異常な魔力を感じる場所まで進んでいく。
最初に向かったのは馬車留めのスペースだ。
「る、ルシウスさん、あれ……!」
馬のスピードを落としたところで、グレンが指差した方向に金塊が不自然に落ちている。
「誰だ、誰がロットハーナの被害に遭った!?」
「……あの魔力はヴァシレウスだよ」
遅かった。既に被害者が出ている。
「カズンたちがいない。ひとまず彼らと合流しよう」
最もロットハーナらしき異常な魔力を感じる場所は他にある。
パワフルだが感知能力はそれほどでもないルシウスが、フリーダヤに索敵を急かす。
「どこだ!?」
「ルシウス、上、上! 屋上だ!」
校庭まで馬に乗ったまま移動して、三人まとめて降りた。
馬には申し訳ないが、鞍を結んでいた紐で手早く近くの柱に馬を繋ぐ。
「は、早く屋上へ!」
「待て、グレン君。階段を登っている余裕はない」
「へ?」
がし、とルシウスが左右の腕でそれぞれ、グレンとフリーダヤの腰を掴んだ。
「あ。何かイヤな予感」
フリーダヤのその予感は大的中することになる。
ルシウスはネオンブルーの魔力を全身に漲らせて、一歩を踏み出した。
校舎の外壁へと。
◇◇◇
ヨシュアたちを置いて逃げることもできず、冷や汗を流しながらカズンはイマージの影と対峙していた。
『ねえ、カズン君。これなーんだ?』
「そ、それは!?」
イマージだった黒い影の手の中に、革紐に通されたペンダントがある。
数日前、リースト伯爵領に滞在していたとき、ヴァシレウスから受け取り、ユーグレンも一緒にヨシュアとルシウスに魔法樹脂でペンダントにしてもらったものだ。
ヴァシレウスのものは一枚のメダルを半分に割って、カズンとそれぞれ半分ずつ分けたものだった。
『君のパパが首から提げてたものだね。おや、君の胸元にも同じ物があるね。親子でお揃いなのかな』
「か、返せ!」
『ヴァシレウス大王の金塊は諦めてあげる。けど、代わりにこれを貰っていくよ』
カズンはペンダントを取り戻そうとイマージに駆け寄って腕を伸ばした。
だがその指先がペンダントに触れる直前で、影となったイマージがカズンを嘲笑うように、屋上から空中に飛び降りた。
飛び降りた先の空間が歪んで、その中にイマージの影が吸い込まれていき、消えていく。
空中にはイマージから噴き出していた虚無魔力が漂っている。
まだ空間の歪みは開いていたが、いつまでも開いたままではいないだろう。
「待て! イマージ!」
咄嗟に自分も飛び降りて空間の歪みの中に飛び込もうとしたカズンを、ヨシュアとユーグレンが慌てて引き止めた。
「いけません、カズン様!」
「あんなところに飛び込んだら、ただじゃ済まないぞ!?」
「いや、そうでもないんじゃない? でも環に覚醒したての君じゃ、危ういかな」
「フリーダヤ!」
屋上まで校舎の壁を駆け上がってきたルシウスに抱えられていたフリーダヤが、よろめきながらも、その薄緑色の瞳で真っ直ぐカズンを見つめてきた。
「今の君だと、力が足りないね。自分でもわかるだろう?」
「……はい」
カズンはイマージが吸い込まれていった空中の歪みを、じっと見つめた。
「ヨシュア!」
抱えていたフリーダヤとグレンを降ろしたルシウスが、負傷している甥たちの前に跪いて状態を確認する。
「これが虚無魔力とやらか?」
「……はい。叔父様なら、浄化できますか?」
ついにはその場に膝をついてしまい、力なくルシウスを見上げるヨシュアの麗しの白い肌には、頬から首筋までコールタールのように粘った魔力が張り付いている。
「少し待て。ひとまず、患部を魔法樹脂で覆って侵食を食い止める」
甥のヨシュアは頬から首筋一帯を。
ライルは足の脛付近。
ユーグレンは手の甲と腕。
ルシウスはそれら患部を魔法樹脂で薄く覆った。
魔法樹脂の最も基本的な機能は、『封入したものの時間を止める』ことなのだ。
「か、カズン様は……」
それで何とか思うように動けるようになったヨシュアたちは、まだ重い身体を引き摺るようにカズンの近くへ戻った。
「フリーダヤ。この状況で僕が力を得るには、どうしたらいい?」
辛うじて環は出せる。
だがカズンの胸周りに出現した環は、先ほどまでいたイマージの影からの虚無魔力の影響を受けて光が弱かった。
「ならば、誓いを立てるといい」
あっさりとフリーダヤは教えてくれた。
「誓い?」
「そう。あの影を追いたいんだろう? それを可能にするような誓いを、環を通して世界の理に発するといい」
己の魂の願いに根ざした誓いであるなら、世界の外の“虚空”に通じて、そこから大きな力を得ることができるとフリーダヤは言った。
「誓いなんて決まってる。……我が始祖、我が一族、我が父ヴァシレウス大王の仇! イマージ・ロットハーナを滅するまで、僕がこの国に帰ることはない!」
「カズン様!?」
宣言すると同時に、カズンの環が力強く輝きだす。
「待てカズン、すぐに王都騎士団と魔法魔術騎士団が来る、せめてそれまで待つんだ!」
ユーグレンが引き留めたが、カズンは首を振った。
「駄目だ。今の僕の力だと、時間を空けたら奴を見失ってしまう」
屋上から見える空中に開いた次元の歪みも、いつまでも保たないだろう。
行くなら今しかない。