その後はヨシュアの独壇場だった。
虚無魔力に対抗する属性を付与した魔法剣を次々にイマージへと突き刺していく。
だが、しぶとい。
魔法剣で剣山のようになってもまだ生きていた。
悲鳴らしい悲鳴も上げず、逃げようともしない。不気味なほどイマージはされるがままだった。
「カズン様、早く!」
「わ、わかった!」
おっかなびっくり、イマージが持っていた隕鉄のナイフを思い切り本人の胸元に突き刺すと、輪郭から黒いモヤになってイマージの身体が崩壊していく。
「何だよ。気持ち悪ぃ魔力ってだけで、本人弱すぎねえ?」
拍子抜けしたようにライルが軽口を叩くが、さすがにもう彼も、他の者たちも誰も油断しなかった。
カズンの父ヴァシレウスがそうだったように全身崩れていくイマージを、固唾を飲んで見守る。
「………………」
ヨシュアが何十本もの魔法剣を、崩れていくイマージから引き抜いて、魔力に戻す。
後にはやはり黄金が残るのだろうか。
だが、彼の着ていた衣服がその場に落ちても、黒いモヤはなくならず、ぼんやりとした人の形を維持したままだった。
もう夕方で、肌寒いくらいの曇り空だから辺りは薄暗くなってきている。
イマージは影のように輪郭が空中に溶け込みながらも、まだ生きていた。
『ああ……不思議だ。身体が軽い』
脳髄に直接響くような不快な声が辺りに木霊する。
何が起こっているのだろうか。
顔もなにもないのに人の形だけは辛うじて保っているイマージの影は、そのままギョッとするようなスピードで校舎の中へと逃げて行った。
「追え!」
人の身体を失ったからなのか、猛烈なスピードでイマージが校舎の中を疾走していく。
カズンたちも身体強化を使っているが追いつけない。
そしてイマージが辿り着いたのは校舎の屋上だ。
少し遅れてカズンたち四人も追いついた。
屋上に入るなり、そこに満ちていた虚無魔力に息が止まりそうになる。
「こ、これは……!」
「カズン様、危ない!」
イマージの影が、黒い虚無魔力の塊を投げつけてくる。
咄嗟にヨシュアが魔力樹脂で防壁を作ったが、密度の濃い虚無魔力で腐食するようにすぐに崩れて、防ぎきれなかった。
被害を免れたのはヨシュアに後方に突き飛ばされたカズンだけだ。
ライルは利き足の脛に、ユーグレンは左手の甲と腕の肘の上辺りまで、そしてヨシュアは右の頬から首筋にかけてべったりと虚無魔力がコールタールのように染み付いてしまった。
激痛に呻く三人になおもイマージの影は虚無魔力を飛ばしてこようと、そのモヤのような腕を振り上げるのがカズンの視界に入った。
「まさか……まさかこんなところで、僕たちまで……」
◇◇◇
だが絶望するにはまだ早い。
「ま、間に合いそうですかルシウスさん!?」
「わからん!」
こちらは王都の外へと馬車で向かっていたグレンとフリーダヤ、そして連れてきたルシウスだ。
三人で無理やり一頭の馬に騎乗して、学園を目指して疾走していた。
王都の門から一歩出れば予想通り、虚無魔力の影響圏から外れたので、即座に魔術師フリーダヤは環を使ってリースト伯爵家の領地の本邸へと空間移動術で飛んだ。
そこでお茶を飲んで一息ついていたルシウスを事情も説明せず引っ張って、速攻でまた馬車の側で控えていたグレンのところまで戻ってきた。
その間、僅か1分ほど。
さすがにそんな短期間ではグレンも騎乗用の馬の手配はできず。
その時点でようやく、ルシウスはフリーダヤから事情を聞くことかできた。
「ロットハーナが学園に出没しただと!?」
「ほんと参ったよ。こんなことになるなら、最初から君も一緒に連れて戻ってくるんだった」
項垂れているフリーダヤに、ルシウスがわなわなと全身を震わせている。
彼は偉大なる魔術師だが、妙に間の悪いところがある。今回も、もろに運の悪さが出てしまった。
「私が……私こそが愚かだった。可愛いヨシュアに嫌いと言われたからとて、落ち込んでないでともに王都まで戻ってきていたら!」
あ、やっぱりそのせいでリースト伯爵領に残ってたのか、とグレンやフリーダヤが思っていると。
「御者殿! 馬を借りたい、馬車から馬を一頭外してくれるか!?」
「は、はい、畏まりました!」
グレンとフリーダヤを王都の外まで乗せてきたホーライル侯爵家の馬車の御者に、テキパキと指示し始めた。
馬の体格や体型を確かめて鞍を魔法樹脂で形成している。
「ルシウス、待った! 鞍は私も乗れるサイズにしてくれ」
「待ってください、それならボクも一緒に乗っていきたいです!」
一人で馬に乗る気満々だったルシウスに、フリーダヤとグレンが次々と待ったをかける。
「三人……乗れるか?」
「私、馬に乗れないんだもの」
「ボクも同じく!」
ルシウスが馬車を引いていた馬を見る。
馬車は二頭の馬で引いていた。御者が残りの一頭も馬車から外そうとしてくれたが、ルシウスは不要とそれを止めさせた。
馬車を引く馬だから馬力はある。
一人はまだ学生で小柄なグレンだ。ここから学園まで全速力で走らせて十数分。何とかいけると判断して、三人乗れるサイズで鞍を作り直した。
創った透明な樹脂の鞍を、御者から受け取った紐で上手く馬の身体に括り付けて固定し、飛び乗った。
ここから学園までの道は一直線だ。真っ直ぐ走るだけだから馬具が整ってなくても何とかなるだろう。
まず自分の後ろに小柄なグレンを腕を引っ張って乗せ、更にその後ろに御者の助けを借りてフリーダヤを乗せる。
手早く馬に強化魔法をかけた。良い馬だ。男三人を乗せて潰してしまうには惜しい。
「ふたりとも、良いか。飛ばすからしっかり掴まっているように!」
グレンとフリーダヤの返事を待たずにルシウスは馬の腹を蹴った。
虚無魔力に対抗する属性を付与した魔法剣を次々にイマージへと突き刺していく。
だが、しぶとい。
魔法剣で剣山のようになってもまだ生きていた。
悲鳴らしい悲鳴も上げず、逃げようともしない。不気味なほどイマージはされるがままだった。
「カズン様、早く!」
「わ、わかった!」
おっかなびっくり、イマージが持っていた隕鉄のナイフを思い切り本人の胸元に突き刺すと、輪郭から黒いモヤになってイマージの身体が崩壊していく。
「何だよ。気持ち悪ぃ魔力ってだけで、本人弱すぎねえ?」
拍子抜けしたようにライルが軽口を叩くが、さすがにもう彼も、他の者たちも誰も油断しなかった。
カズンの父ヴァシレウスがそうだったように全身崩れていくイマージを、固唾を飲んで見守る。
「………………」
ヨシュアが何十本もの魔法剣を、崩れていくイマージから引き抜いて、魔力に戻す。
後にはやはり黄金が残るのだろうか。
だが、彼の着ていた衣服がその場に落ちても、黒いモヤはなくならず、ぼんやりとした人の形を維持したままだった。
もう夕方で、肌寒いくらいの曇り空だから辺りは薄暗くなってきている。
イマージは影のように輪郭が空中に溶け込みながらも、まだ生きていた。
『ああ……不思議だ。身体が軽い』
脳髄に直接響くような不快な声が辺りに木霊する。
何が起こっているのだろうか。
顔もなにもないのに人の形だけは辛うじて保っているイマージの影は、そのままギョッとするようなスピードで校舎の中へと逃げて行った。
「追え!」
人の身体を失ったからなのか、猛烈なスピードでイマージが校舎の中を疾走していく。
カズンたちも身体強化を使っているが追いつけない。
そしてイマージが辿り着いたのは校舎の屋上だ。
少し遅れてカズンたち四人も追いついた。
屋上に入るなり、そこに満ちていた虚無魔力に息が止まりそうになる。
「こ、これは……!」
「カズン様、危ない!」
イマージの影が、黒い虚無魔力の塊を投げつけてくる。
咄嗟にヨシュアが魔力樹脂で防壁を作ったが、密度の濃い虚無魔力で腐食するようにすぐに崩れて、防ぎきれなかった。
被害を免れたのはヨシュアに後方に突き飛ばされたカズンだけだ。
ライルは利き足の脛に、ユーグレンは左手の甲と腕の肘の上辺りまで、そしてヨシュアは右の頬から首筋にかけてべったりと虚無魔力がコールタールのように染み付いてしまった。
激痛に呻く三人になおもイマージの影は虚無魔力を飛ばしてこようと、そのモヤのような腕を振り上げるのがカズンの視界に入った。
「まさか……まさかこんなところで、僕たちまで……」
◇◇◇
だが絶望するにはまだ早い。
「ま、間に合いそうですかルシウスさん!?」
「わからん!」
こちらは王都の外へと馬車で向かっていたグレンとフリーダヤ、そして連れてきたルシウスだ。
三人で無理やり一頭の馬に騎乗して、学園を目指して疾走していた。
王都の門から一歩出れば予想通り、虚無魔力の影響圏から外れたので、即座に魔術師フリーダヤは環を使ってリースト伯爵家の領地の本邸へと空間移動術で飛んだ。
そこでお茶を飲んで一息ついていたルシウスを事情も説明せず引っ張って、速攻でまた馬車の側で控えていたグレンのところまで戻ってきた。
その間、僅か1分ほど。
さすがにそんな短期間ではグレンも騎乗用の馬の手配はできず。
その時点でようやく、ルシウスはフリーダヤから事情を聞くことかできた。
「ロットハーナが学園に出没しただと!?」
「ほんと参ったよ。こんなことになるなら、最初から君も一緒に連れて戻ってくるんだった」
項垂れているフリーダヤに、ルシウスがわなわなと全身を震わせている。
彼は偉大なる魔術師だが、妙に間の悪いところがある。今回も、もろに運の悪さが出てしまった。
「私が……私こそが愚かだった。可愛いヨシュアに嫌いと言われたからとて、落ち込んでないでともに王都まで戻ってきていたら!」
あ、やっぱりそのせいでリースト伯爵領に残ってたのか、とグレンやフリーダヤが思っていると。
「御者殿! 馬を借りたい、馬車から馬を一頭外してくれるか!?」
「は、はい、畏まりました!」
グレンとフリーダヤを王都の外まで乗せてきたホーライル侯爵家の馬車の御者に、テキパキと指示し始めた。
馬の体格や体型を確かめて鞍を魔法樹脂で形成している。
「ルシウス、待った! 鞍は私も乗れるサイズにしてくれ」
「待ってください、それならボクも一緒に乗っていきたいです!」
一人で馬に乗る気満々だったルシウスに、フリーダヤとグレンが次々と待ったをかける。
「三人……乗れるか?」
「私、馬に乗れないんだもの」
「ボクも同じく!」
ルシウスが馬車を引いていた馬を見る。
馬車は二頭の馬で引いていた。御者が残りの一頭も馬車から外そうとしてくれたが、ルシウスは不要とそれを止めさせた。
馬車を引く馬だから馬力はある。
一人はまだ学生で小柄なグレンだ。ここから学園まで全速力で走らせて十数分。何とかいけると判断して、三人乗れるサイズで鞍を作り直した。
創った透明な樹脂の鞍を、御者から受け取った紐で上手く馬の身体に括り付けて固定し、飛び乗った。
ここから学園までの道は一直線だ。真っ直ぐ走るだけだから馬具が整ってなくても何とかなるだろう。
まず自分の後ろに小柄なグレンを腕を引っ張って乗せ、更にその後ろに御者の助けを借りてフリーダヤを乗せる。
手早く馬に強化魔法をかけた。良い馬だ。男三人を乗せて潰してしまうには惜しい。
「ふたりとも、良いか。飛ばすからしっかり掴まっているように!」
グレンとフリーダヤの返事を待たずにルシウスは馬の腹を蹴った。