戻ってきたイマージは辺りを見回し、自分が仕込んだ魔導具が破壊されていることに気づいたようだ。
 その警戒心のない様子にカズンが激昂した。

「イマージ・ロット、貴様! よくも父を!」
「そんな顔して怒られても困ってしまうのだけど」

 ロットハーナの邪法、黄金錬成によって金塊にされた人間は、二度と元には戻らない。
 そう聞かされていた。

 憤怒がカズンの身体の中を駆け巡る。
 制御できない吹き荒れる感情と魔力に、トレードマークの黒縁眼鏡のレンズが吹き飛びそうになる。

「駄目だカズン! 闇に飲み込まれたらおしまいだぞ!」

 慌てるライルが引き留める声も耳に入らない。

 だが、ふっとカズンの胸が軽くなった。
 傍らの金塊から柔らかな光が漏れている。

「お父様……」

 カズンは信じられないものを見るような目で、その金塊を見つめた。
 この暖かさ、穏やかで力強い安定感ある感覚は彼の魔力だ。
 金塊の中でヴァシレウスの魂はまだ生きている。

 唇を強く噛み締めて、己の中に吹き荒れる激情を抑え付ける。
 抑圧するのではない。怒りを飼い慣らすのだ。

 深呼吸できるようになる頃には、自分の胸元周囲にリング状の光の輪、(リンク)が視認できた。
 (リンク)に両手の指先でそっと触れると、もう自分を失いそうなほどの憤怒は凪いでいた。



「おかしいな。このまま君はこちら側へ来ると思ったのに」

 困ったように首を傾げるイマージだったが、それは形だけだ。
 この男は人らしい感情などとうの昔に失っている。

「でも収穫はあった。それを見てごらんよ。さすがヴァシレウス大王。金としての重さもなかなかのものだし、内包する魔力量も常人とは桁違いだ。やはり王族に目をつけたのは正解だった。これなら金からオリハルコンへ精製できるだろう」

 その言葉を聞いて、ヨシュアがハッと何かに気づいた顔になる。

(そうか。ロットハーナの黄金錬成の秘伝は、最終的に上位金属を作り出すのが目的か!)

 特にオリハルコンといえば、この世界では万能金属のひとつだ。
 武器や防具、魔導具、魔石の触媒など何にでも使える。
 そして、量を使えば使うほど強力で質の高いものが完成する。

 ヨシュアのリースト伯爵家も、魔力使いとしての最終目標は金剛石の魔法剣をダイヤモンドの上位鉱物アダマンタイトにすることだ。
 不快だが、ロットハーナの目指していたものがリースト伯爵家の現当主であるヨシュアには痛いほど理解できてしまう。

「貴様、ヴァシレウス様に何をする!」

 咄嗟に魔法樹脂で、ヴァシレウスが変じた黄金を封じ込めた。
 イマージから漂う虚無魔力をシャットダウンしたのだ。これで少なくとも、魔法樹脂が解けるまでは保護できる。

「……チッ、余計なことを!」

 さすがのイマージも警戒するが。



「おっと、逃がすかよ。カズンの親父さんに何てことしてくれたんだ、てめえはよ!」
「ぐうッ」

 背後から忍び寄っていたライルが、冒険者活動用の捕縛縄でイマージの首を絞める。
 しかし思っていたよりイマージ本人の力が強く、振り解かれそうになる。
 そこへ、反対側からユーグレンが回り込んで後ろからロットハーナを羽交い締めにする。

「ユーグレン!」
「ちょ、ユーグレン王子! あんたそれやっちゃダメな奴だろ、あんたに何かあったらこの国どうなるんだ!」

 ライルが慌ててユーグレンを引き離そうとするが、彼はイマージを戒める力は解かなかった。

「この男を放っておくほうが被害が出る! 私の命ひとつで抑えられるなら安いものだ!」

 ライルとユーグレンがイマージを抑えてくれている間に、じ、とヨシュアはその銀の花咲く湖面の水色の瞳でイマージを観察した。
 いま彼を拘束しているライルとユーグレンが、少しずつ闇色の魔力に侵食されているのがわかる。
 だが両手両足首に嵌めさせた、魔法樹脂の護符代わりの付与付きアクセサリーで、ある程度は相殺して防御できているようだった。
 これなら今しばらくは保つ。

(虚無魔力。虚無とは強烈な抑圧と激化、矛盾する性質を持つ特殊属性か。何と厄介な)

 抑圧作用に対処しようとすれば、相反する激化を活性化させてしまう。
 激化作用に対処しようとすれば極度な抑圧状態になり意識や心身を混濁させてしまう。
 その影響は多くの魔力を持つ者ほど受けやすい。



「カズン様。オレが隙を作ります」

 それ、と言って、先ほどカズンに渡した魔法樹脂で封印したロットハーナの隕鉄のナイフから、刃の部分だけ魔法樹脂を解いた。

「オレも行きます。カズン様はタイミングを見計らって、そのナイフであの男に攻撃を」

 それだけ言ってヨシュアはイマージたちに向かっていった。
 ヨシュアの周囲に無数の透明な剣が浮かぶ。
 いつもの金剛石に輝くものではない。魔法樹脂で作った透明なだけの剣を山ほど。

「わー! ヨシュア、俺たちまで串刺しは勘弁しろよ!?」
「努力はします! ……ふたりとも、すぐに退避!」
「「!?」」

 ヨシュアが浮かせていた数十本の魔法樹脂の剣が、イマージの身体に触れる前に力をなくして地面に落ち、そして消えていった。

(やはり、ただ魔力を固めただけのものでは虚無魔力に無効化される)

 鋭く離れる指示を出したヨシュアに、ライルとユーグレンが条件反射でイマージから離れた。
 拘束を解かれたイマージは笑っている。

「はは。すごいなあ、虚無魔力。ヨシュア君の魔法剣まで無効化してるよ」

 軽口を叩くイマージの胴体に、ヨシュアの持つ剣、これも魔法樹脂で創った物が斬りつけられる。
 だが相手の身体に触れる前にやはり消えてしまう。

「無駄なんじゃないの?」
「……実験してるのさ」

(付与魔法のね。……解析は終わった)

 ここからが、本番だ。