「カズン様。カズン様!」

 地に這っていたカズンもよろめきながら立ち上がっていた。

「お、お父様……お父様、なんで……」

 地面に落ちた服の中にある金塊に駆け寄り、縋りついて号泣している。

 ライルが痛ましいものを見る顔になって、眉間に皺を寄せた。

「まさか、あれって」
「……はい。ロットハーナに黄金に変えられてしまったヴァシレウス様です」
「畜生。何てことだよ」

 ユーグレンは難しい顔をして、自分も泣きたい気持ちを抑え、金塊を抱くカズンの肩に手を置いた。
 振り返ったカズンの顔は涙でぐちゃぐちゃだ。眼鏡のレンズも酷い有様だった。

「……カズン。伝承が正しければ鑑定スキルでヴァシレウス様の魂と会話ができるはずだ。やれるか?」
「会話? ……やってみる」

 カズンたちアケロニア王族は、人物鑑定スキルを血筋特有のスキルとして持っている。
 本来なら金属や鉱物には物品鑑定スキルが必要だが、元が人間だからなのか、カズンの人物鑑定スキルでも金塊の情報は読み取れた。

「黄金塊。アケロニア王族、先王ヴァシレウス大王が錬金術により変じたもの。あ……補足欄にメッセージが」


『イマージ・ロットを倒すには、彼奴の持っていた武器で刺し殺せ』


「武器って、確か」
「これです、カズン様」

 ヨシュアが魔法樹脂で覆った隕鉄のナイフを差し出した。
 また金塊のステータスのメッセージが変わる。


『かつて我らの祖先の勇者も、ロットハーナ本人の持つ武器で彼奴らを倒した』


「つまり、このナイフでイマージ・ロットを殺せと。そういうことか」
「いいねえ、攻略方法がシンプルで」

 ライルが軽口を叩くも、その口調は力ない。
 ロットハーナの邪法について、話は聞いていた。だが、まさかその被害にヴァシレウス大王が遭うとは思いもしなかった。



「お父様、お父様。ごめんなさい、僕がもっと早く来ていれば。もっと護衛を連れて来ていたら」

 なおも金塊に縋りつくカズンに、ユーグレンが多分それでも無理だった、と力なく項垂れた。

「ヴァシレウス様には有能な騎士と王家の影が付いていた。それで駄目だったということは……」

 ヴァシレウスには御者も含めて六人の護衛が付いていた。三人は姿が見えず、残りの三人は倒れて死んでいる。
 油断していたつもりはなかったが、ここ何十年もアケロニア王国は国内で争いのない平穏が続いていた。
 平和ボケしていたと言われればその通りとしか言いようがない無残な結果となってしまった。



 この事態に最も青ざめているのはヨシュアだ。

 虚無魔力は魔法なら対処できそうだと聞いていたからこそ、優秀な魔法剣士の彼が王弟カズンの護衛役に任命されているのだ。
 ところが実際蓋を開けてみたら、魔法を出す間もなく虚無魔力の威力に膝を屈してしまった。
 それどころか、このままではカズンや自分だけでなく、次世代の王であるユーグレン王子の身まで危ない。

(何という屈辱。何たる無念)

 ここに来るのだって、一騎当千の自分がいたから護衛がヨシュアだけなのだ。

 それが、何たる体たらくか。



 イマージはすぐにまたここへ戻ってくるだろう。
 ライルは手短かに、自分がここに駆けつけるまでの経緯を話した。

「王都全体に虚無魔力の影響があるだと!?」
「ああ。多分、そのイマージってやつの仕業だろ。俺みたいに魔力のほとんどない奴が物理的に破壊すれば、魔導具のほうは問題ねえ」

 グレンの妹カレンには、騎士団への連絡を入れてもらっている。
 王宮の敷地内にある騎士団本部から騎士たちがやって来るのが早いか、それともフリーダヤが迎えに行った聖者のルシウスが来るのが早いか。

「だが、この調子だと虚無魔力そのものが厄介だな……。魔術を無効化するとは聞いていたが、虚無魔力自体が、魔力持ちに強い悪影響がある」

 先ほどイマージに魔導具を発動されてヨシュアとユーグレンが動けなくなったのは、ステータスの魔力値が高いことも関係していそうだった。
 カズンが這ってとはいえ動けたのは、魔力値2と低いからだろう。



「虚無魔力の影響を避けながら、物理中心に対処する必要がある。……魔法もこのままだと発動そのものを阻害されそうですね」

 ヨシュアが忌々しげに呟いている。魔法剣士の彼にとってもロットハーナは天敵のようなものだった。

「これが虚無魔力……」

 ライルが破壊した、イマージが仕掛けただろう鉛筆サイズの魔導具を、ヨシュアは慎重にハンカチに包んで観察した。
 破壊されたことで魔力の増幅器としての機能は失われたが、魔導具にはまだ虚無魔力の痕跡が残っている。

「意識を猛烈に乱す類いの魔力ですか。こんなのは見たことがない……」

 魔法と魔術の大家であるリースト伯爵家の当主として、ヨシュアは様々な魔力の種類と扱いにも精通している。
 しかし、この虚無魔力はヨシュアの知るどんな魔力とも違う。
 そもそも、その場にあるだけで人間の意識を乱し、狂わんばかりの苦痛を与える魔力などあり得ないはずだった。
 もし実際に魔力使いが先ほどのイマージのような精神汚染の作用をもたらそうとするなら、魔法で術式を作るものだ。魔力単独にこのような凶悪な作用を持たせるなど考えられなかった。

(だが、一度体験してしまえば、解析は可能だ)

 次に再び同じ虚無魔力の影響に晒されたと仮定したとき、取れる対策は何か。
 虚無魔力が意識を乱し狂わせようとする作用を持つなら、逆の作用をぶつけて相殺してしまえばいい。



「皆様、両手首と両足首を出してもらえますか。焼け石に水かもしれませんが、虚無魔力と対極の要素を付与した魔法樹脂の装具を作ります」

 外界から何か魔力の影響を受けるとき、その魔力は両手や両足から入ってくることが多い。
 直接、魔力を頭部や身体にぶつけられればまた話は違ってくるが、先ほどのイマージの行動からすれば、これである程度は虚無魔力の悪影響を減らせるはずだった。

 一同、両手首には細いブレスレット状の魔法樹脂を。両足首にはアンクレット状のものを装着することになった。

「ヨシュア、リースト伯爵領で作ってくれたペンダントにも付与してくれるか。カズン、お前も出しておけ」
「……うん」

 ユーグレンとカズンが、胸元から魔法樹脂で覆われたメダルのペンダントを取り出す。
 ヨシュアはそれらにも指先で触れて、性質付与を行った。

「あ……すごい、頭の中がスッとした」
「はい。一時的に意識の覚醒感を強める性質付与をしてあります。これで多少なら……」

 虚無魔力に対応できる、と続きを言うことはできなかった。



「おや。よく立ち上がれたね?」

 校舎からイマージが戻ってきたのだ。