「イマージ君。せめて、君のことを教えてくれないだろうか。君はロットハーナの末裔だと言うが、ではこれまで国内で起こった貴族や冒険者たちの行方不明事件はすべて君が起こしたものなのか?」

 舞台は再び学園に戻る。

 ここであえて、ヴァシレウスは下手に出て話を聞き出すことにした。
 まだ短い時間しか対していないが、口調や立ち居振る舞いからすると、気品のある穏やかな外見とは裏腹に、かなり虚栄心や自己顕示欲の強いタイプと見た。
 見たところ単独犯で、協力者がいるようにも見えない。

 ならば口は軽いだろうと思ってのことだが、案の定、イマージは自分の優位性を確信した様子で、ぺらぺらと自分の来歴や所業を語り始めた。

「僕は本当に貧乏学生ですよ。故郷の家も経済的に厳しくて、だから成績で奨学金の取れたこの国の学園に転校してきたんです」
「故郷の家は、自分たちがロットハーナの末裔だと知っていたのかい?」
「さあ……僕の家族は知らなかったかも。でも一族の年寄りに、先祖のことを知っている者がいて。彼から餞別をいくつか貰いました。それがロットハーナの遺物だったようです」
「そ、それは!」

 イマージはズボンのポケットから隕鉄のナイフを取り出した。

「これの使い方は、ラーフ公爵の奥様、ゾエ夫人から教えられました。このナイフで人間を傷つけると黄金に変えることができる。……おや、あなたはご存知のようですね」

(ご存じも何も!)

 アケロニア王族は、討伐した邪悪な錬金術師のロットハーナ一族の手口を現在まで伝えてきている。
 特殊な魔導具に錬金術の術式を組み込んでいて、ロットハーナの血族の魔力を流すことで人間を黄金に変えると伝わっていた。

「ラーフ公爵夫人ゾエがロットハーナの末裔であったことは調べがついているんだ。彼女とはどこで会ったのかね?」
「それもご存じじゃないんですか? ホーライル侯爵領ですよ。あそこの国境近くの別荘に執事となに不自由ない暮らしをしていましたよ。彼女を探したのも、僕が持っていたロットハーナの探索用の魔導具によってです」
「むうう……」

 それからイマージは、ゾエ夫人から聞いたロットハーナの邪法のこと、虚無のことなどを平気な顔をして喋っていった。

「なら、もうラーフ公爵夫人ゾエはいないのか」
「ええ。この隕鉄のナイフで黄金に変えてしまいました」
「………………」

 その後、ゾエ夫人の執事や使用人たち、またこの国の人々にロットハーナの魔導具を使い続けて実験したことを聞いて、ヴァシレウスはバックラーの持ち手を握る指に力を込めた。

(我が国の国民に、何ということを!)

 そのとき、この場に最も来てほしくない者の声が響いた。



「あっ、見つけた、お父様!」
「カズン、来るな! ロットハーナだ!」
「え……?」

 イマージの後方、生徒用の馬車留めスペースから、ヴァシレウスの息子の呑気な声がした。
 見れば、ユーグレンにヨシュアまでいるではないか。
 だが、さすがに異常を察した護衛役のヨシュアがすぐにカズンとユーグレンの前に立つ。

「ヨシュア! その二人を連れて逃げろ!」

 声の限りにヴァシレウスが叫ぶ。

「わあ。カズン君にユーグレン王子まで? 何て幸運だろう?」
「イマージ・ロット!?」

 イマージが後ろを振り向き、嬉しそうに微笑う。
 カズンたちは、A組の転校生の姿に驚愕している。

(駄目だ……駄目だ駄目だ、それだけは!)

 ヨシュアが引き止めようと咄嗟に伸ばした腕をすり抜けて、カズンがこちらへと駆けてくる。

「カズン、来るな! 来るなーッ!!!」



 ゆっくりと、カズンたちのほうにイマージが歩いていくのを見たヴァシレウスは全身の血の気が引いた。
 自分の護衛たちは少し前まで地に伏して悶えていたが、もはや誰ひとりとして動いていない。
 馬車近くにいたはずの二人の護衛の姿も見えない。既に始末された後のようだ。

(ロットハーナ。まさか、王家の騎士たちがここまで呆気なく倒されようとは。かくなる上は……!)

「お父様!」
「駄目だ! カズン、頼むから逃げてくれ!」

 ヴァシレウスの異常事態に、だが父親の懇願にも関わらずカズンが必死の形相で駆け寄ってくる。
 カズンが来るならヨシュアも、そして本来ならあってはならないことだが王子のユーグレンも後を追って来てしまう。

 大盾状だった特製のバックラーを本来の小型の丸盾に形成し直して、ゆっくりと歩いていたイマージを、ヴァシレウスは背後から羽交い締めにした。

「あれ? そういうことしちゃうんですか? カズン君のお父さん?」

 大柄なヴァシレウスが全力で締め上げても、イマージはどこか余裕を残していた。
 その理由はすぐに判明する。
 辛うじて動かせた右手の指先を、パチンと鳴らす。

 直後、ヴァシレウスも、そして近づいて来ていたカズンたちも、全身の血液が沸騰するような強烈な感覚に襲われた。
 脳内で煮えたぎった油が弾けているかのような、頭がおかしくなりそうな感覚だった。

「ははは。何も準備せず来るわけないでしょう? 今このフィールドには虚無魔力を流す魔導具をそこかしこに仕込んであるんです。……おや、まだ動けるんですか?」

 カズンたちも足が止まっている。三人それぞれ頭を押さえて今にも倒れそうな有様だった。

(ち、力が抜ける……だが!)

「いいんですか? カズン君のお父さん。ほら、どんどん力が入らなくなっていくでしょう……?」

 イマージの言う通りだった。次第に意識が遠くなっていく。

「……っ、そう思い通りになることばかりではないぞ、小僧!」

 盾剣と言われるバックラーの短剣部分で己の太腿を突き刺した。熱で灼けるような痛みで一時的に意識が明晰さを取り戻す。
 だが一瞬できた隙をイマージのほうも見逃さなかった。

「自分からぼくに近づくなんて。馬鹿な人だなあ」
「馬鹿は、どちら、だろうな?」

 僅かに拘束が緩んだ隙に、おもむろにイマージが、持っていた隕鉄のナイフを背後のヴァシレウスに突き刺した。
 ヴァシレウス自身が自らを傷つけた太腿の同じ場所を、だ。

「ふふ……ははは! ほら、見てごらんよカズン君! これがロットハーナの黄金錬成だ! これがロットハーナの術だ! さあ、偉大な父親が黄金に変わる瞬間を見届けてやるといい!」

 確かにイマージの言う通り、ヴァシレウスの肉体は崩壊が始まっていた。
 輪郭からほろほろと崩れていく。

 だがヴァシレウスは最後の力を振り絞って、自分の太腿に突き刺さる隕鉄のナイフを掴むと、それを思いっきりカズンたちのほうに投げ飛ばした。

「カズン! ロットハーナはそのナイフで……!」

 ヴァシレウスは、最後までその言葉の続きを言うことはできなかった。