ライルのホーライル侯爵家へ向かう前に、グレンの家のブルー商会に寄っていたライル、グレン、フリーダヤの三人。
 最新の魔導具があるという話にフリーダヤが興味を示したためだ。

 グレンの妹のカレンも加わって、ティータイムを楽しみながら彼女が作った魔導具を眺めていると、ピクリ、とフリーダヤとライルが小さく震えた。

 何やら王都の雰囲気がおかしい。

「何だこの変な感じ。気持ち悪ぃな」
「……ライル君。君、(リンク)を通じて索敵できるかい?」
「いや、無理だ。なんか変な邪魔が入る」
「うう。嫌な予感がするよ……! まさか本当に虚無魔力の使い手が現れたってことなのか……!」

 フリーダヤ自身、自分の頭部周りに(リンク)を出すのだが、魔術や一部の魔法の発動に阻害が入る。

「………………」

 そのままフリーダヤが目を閉じて(リンク)を通じ、この事態に唯一対処できる聖なる魔力持ちのルシウスに連絡を取ろうとするが、できない。

「ま、まずい。このままだと(リンク)が使えない」

 フリーダヤは手短かに、子供たちに虚無魔力の説明をしていった。
 魔法魔術大国アケロニア王国の学園生であるライルたちは、もちろん魔力使いのこと、魔術や魔法についてもある程度の知識がある。
 魔術師フリーダヤの語る虚無魔力の解説に三人とも青ざめた。

「通常の魔力を侵食するんだ。魔術は術式が崩壊してしまう。魔法ならこの感覚だと耐性はあるけど万全じゃない」

 ここにはライル、グレン、その妹カレンと三人ともステータスの魔力値が低い者ばかりだ。

「ということは……」
「魔力がほとんどなくて、剣術(物理)で戦える俺が主戦力か。フン、上等じゃねえか」

 自分専用の鉄剣を鞘ごと腰に差し直そうとしたライルに、フリーダヤが待ったをかけた。

「金属の剣は魔力の影響を受けやすいから、それ以外の木刀や竹刀の方がいい」
「なら木刀だな。ある程度重さがあって丈夫だし」

 ブルー商会にも防犯の護身用に木刀があるとカレンが言うので、それを一振り頂戴することにした。



 四人はブルー商会の建物の屋上に上がって、この異常な感覚のある場所を探す。

「あそこか!」
「えっ。あそこって」
「お兄ちゃんたちの通う学園じゃない!」

 学園の高等部のある場所に、不快な暗黒としか言いようのない魔力が渦巻いている。

「ま、待って、確かあそこはカズン先輩のパパさんが行ってるって言ってませんでした!?」
「チッ、カズンたちが迎えに行くっつってたな。畜生、最悪のタイミングじゃねえか!」
「………………」

 混乱する子供たちをよそに、フリーダヤはひとつ深呼吸すると、建物の屋上から周囲をぐるっと王都を見おろした。

「魔力の発動を阻害してるのは、……王都の中だけみたいだね。全域じゃない。ポツポツ穴があるけど、うーん……」

 フリーダヤは早急に、空間移動術が使えるところまで王都から離れるという。
 その地点からリースト伯爵領まで飛んで、聖者のルシウスを呼んでくるとのこと。
 見たところ、学園前を通って北東方向から王都を出るのが一番の早道のようだった。



 慌てて一階まで降りて、カレンにはライルの父の王都騎士団副団長への連絡を託した。
 ライル、グレン、フリーダヤは御者を急かしてホーライル侯爵家の馬車を学園に向かって走らせる。
 ブルー男爵家の商会から学園までは徒歩で15分。馬車なら専用道があるからそう時間はかからない。

「フリーダヤ。あんたはこのままグレンを連れて学園前の道を走って王都の外に出るんだ」
「ライル先輩!? ボクも行きます!」
「グレン、お前は商会の息子だから王都の外でも何かと顔がきくだろ。フリーダヤについて行って、便宜はかってやれ」

 行きは馬車で良くても、ルシウスを連れてきた後は馬で王都まで駆けて戻ってきたほうが早い。
 そういったものの手配には慣れた者がいたほうがいい。

「じゃあな」

 赤茶の髪に茶色の瞳の男は男臭く笑って、グレンのストロベリーブロンドの髪を撫でた後、可憐な少女のような顔の頬をぽんぽんと手のひらで軽く叩いた。

 そのままライルは馬車の扉を開けて飛び降り、学園に向かって走っていってしまった。
 扉を開けたまま走るのは危険なので、フリーダヤがすかさず閉め直した。
 グレンはちょっと恥ずかしそうに、自分の頬を押さえて俯いている。

「君たち仲良いねえ」
「まあ、……多分」
「若いねえ」
「………………」

 馬車の窓から外を見ると、学園はどんどん遠ざかっていく。