「もう。お父様、昼間から飲んでるのかな?」

 今日はカズンの父ヴァシレウスは、リースト伯爵領から持ち帰った魔法樹脂で保存した鮭イクラ丼を持って、旧知の友である学園の学園長エルフィンに会いにいっているとのこと。

 リースト伯爵領にいたときはライスワインとのマリアージュを楽しんでいたから、行く途中で酒も大量に調達しているに違いない。
 ヴァシレウスもエルフィンも酒豪なのだ。

「お父様、酔っ払うとキス魔になるのがなあ。今日は大丈夫なんだろうか」

 被害者は多数。

「ああ……やられましたね」
「ヨシュア、お前も?」
「ということは、ユーグレン様も?」

 宴会の席で深酒したヴァシレウスに、チュッチュと頬や額にキスされた記憶はヨシュア、ユーグレンどちらにもあった。
 なお、ふたりとも唇だけは何が何でも死守していた。

 馬車はそろそろ学園に到着する。



◇◇◇



 やはり魔力量の多い者となると、貴族。そして王族だろうなとイマージ・ロットが思い至るまでそう時間はかからなかった。

 イマージの知るこの国の王族といえば、やはりまず学園のクラスメイトで学級委員長のカズン・アルトレイだろう。

 しかしクラスメイトのカズンには常にあの魔法剣士で竜殺しのリースト伯爵ヨシュアが付いていて隙がない。

 隣のクラスのユーグレン王子も、常に護衛に守られている。

 イマージには人間の魔力測定が可能な人物鑑定スキルはなかったが、これまで実験した限りでは、一般人よりは貴族が、貴族ならば家の爵位が低い者より高い者の方が後に残る黄金の量が多かった。
 ならば、やはり王侯貴族の頂点である王族にターゲットを定めるべきだと考えた。

 ホーライル侯爵領で、同じロットハーナ一族の末裔だったラーフ公爵夫人ゾエを殺害し、彼女が持っていた金塊や宝飾品、ロットハーナの魔導具などを奪ってからまだひと月ほど。
 イマージは様々な場所で、ロットハーナの魔導具や、虚無の魔力を試す実験を繰り返していた。

 意外と足がつかず国側の探索の手を逃れているのは、やはりロットハーナ特有の虚無魔力のお陰だろう。
 イマージ自身が慎重に動いていることもあるが、虚無魔力は魔術を無効化するようで、魔術を使った探索術からなら、いとも容易く逃れることができる。

 手持ちの魔導具を工夫すれば、魔法のほうもすべてではないにしろ、術によっては発動を阻害できると判明した時は、笑いが止まらなかった。

(すごい。これならこの国と人々はぼくにとって、まさに宝の山)

 本来ならそれらすべて、ロットハーナの末裔であるイマージのものであったはずだ。
 遠慮は要らないと思った。



 少し考えて、イマージは自分の通う学園に仕掛けを施すことにした。
 学園には王族や高位貴族など、多量の魔力の持ち主が通っている。
 夏休み中でも制服を着ていれば校内への立ち入りは可能だ。

 その日、午後から、魔導具や補助用に仕入れた魔導具などを学園内に仕込むため、イマージは登校することにした。
 まだ夏休み中の8月。校内に生徒や教師の姿はなかった。

(校舎や敷地全体に仕込むのは現実的じゃないな)

 魔導具には魔力の増幅器というものがある。
 特定の魔力を入れておくことで、一定期間の間、魔力を保持し増幅する。
 なかなか高価な魔導具だったが、好きに黄金を“調達”できる今のイマージにとっては大した出費ではなかった。

 イマージはこの魔導具を大量に仕入れて、自分の虚無の魔力を入れ、夏休みの間に王都の要所要所に仕掛けていた。

 持っている魔力の量こそ多くなかったが、イマージが使えるようになった虚無魔力は、量より質がものをいう。
 魔導具に込める魔力は、実感としてほんの一滴でも十分だった。

 鉛筆一本ほどのサイズと大きさで、ちょっとした場所に簡単に突き刺すことができる。
 特に今は夏だから、道端には草木や雑草が伸びている場所の土に刺しておけば、人目に触れることはまずない。

 ひとまず、敷地の外周を覆うように虚無魔力を増幅する魔導具を設置していくことにする。
 幸い、今日は曇り空で日差しもなく、外に出ても涼しい。
 人もいないから、悠々とイマージは作業を進めることができた。



 ひと通り作業を終えてから、イマージは校舎の屋上に上がった。
 上から敷地全体を俯瞰して、いつどのようなタイミングで魔導具を発動させるか考えるためだ。

 すると敷地の外から、一台の豪奢な馬車が入ってくるのが見えた。
 イマージは咄嗟に後ろに下がって、馬車の御者や、後から続く馬に乗った騎士たちに見られないようにした。

 駐車した馬車から降りてきた人物とは。

(あれはカズン君の……)

 先王ヴァシレウス。永遠の国から大王の称号を与えられた偉大な王だ。
 イマージのクラスメイト、学級委員長カズンの父親だ。

 こっそり下を見ていると、ヴァシレウス大王は護衛数人に護られながら職員寮へと向かっていく。
 学園の校舎から職員寮へは、同じ敷地内だが距離がある。
 彼が学園に来て、職員寮に向かったとなると、用があるのは学園長のエルフィンにだろう。
 王族の彼なら、用があるならエルフィンを自宅や王宮に呼び出せばいいはずなのに、そのようにしていない。

 そしてイマージは夏休み前、学園でクラスメイトたちがヴァシレウス大王と学園長エルフィンが親友同士であると耳にしたことがある。

 イマージの品の良い顔の口元が、笑いに形作られる。

 さっそく、良いチャンスが来た。